Lv10 ▼ 幼児に外面は難しい
わがリルザント王国は、ユーリア大陸一の大国である。
大陸内の他の三国であるアルケス国、ケルツェンベーム国、ステナ国より比較的平和で商業も発達しているが、他国と変わらず貴族階級や平民、貧民と貧富の差はなくなっていない。しかし歴代の王たちは慈悲深く、公共工事を多く行っているため、貧民街の人々も日々の食事に困らない程度の生活は送れるようになっている。
かつてリルザント王国を築いた建国の王――初代勇者と、リンカーナの乙女――初代聖女の意思は、今も確実に受け継がれているのであった。
『リルザント王国の歴史』より
ふむふむふむ。
リルザント王国は、けっこう治安のいい国なんだね。勇者と聖女様は世襲制ではないけれど、初代の勇者たちの子孫である王様たちも、ちゃんと意志を継いで頑張っているんだなあ。
『偉い人たちと関わるのは怖いからやだ』なんて言っていたのを反省しなくちゃ!
まあ、私以上に猛省してほしい人が隣にいるんですけれど。
「あの、レオン様? どうしてあなた様がここにいらっしゃるのですか」
「そんなの、ルーナ嬢の学習の様子を見に来たからに決まっているじゃないですか。大切な婚約者なのですから」
そう、今は勉強中のはずなのだ。
たしか私は、ガモンさんから分厚い歴史書に載っているリルザント王国の話を聞かせてもらって、意外と書けたこの国の言葉でノートをとっていたはずなのだ。
なのに! ふと横を見るとニコニコと満面の笑みを浮かべた、多忙であるはずの王太子殿下がいらっしゃるではありませんか!!
なんで!? いや、いずれは来ると思っていたよ? でも、さすがに初日からなんて思いもしないよね! たまーに様子を見に来る程度だと思うじゃない!! ねえ!?
アンさんとガモンさんの顔を交互に見たが、二人ともこうなることをとっくに知っていたかのように、レオン様のぶんのお茶を淹れたり、椅子の用意をしたりしている。
はあ……もう、どれだけサボりたいんですか、レオン様は。
レオン様は相変わらず、なにを考えているのかわからないきらきらしい笑顔で私を見つめている。
この人は本当に八歳なのかな。だって、よくよく考えればこんな小学二年生、日本にはいないよね? 大人びているというか、大人びすぎているというか。サボろうとしている方がまだ子供らしさがあっていいのかなあ。なんだか私と同じ精神年齢(十八歳くらい)でレオン様のことを考えていたから悪く思っていたけれど、八歳の子供だと思えばサボるのも無理ないか。そこを考慮しても、ものわかりがよすぎるくらいだもんねえ。
レオン様の顔をジーッと見ながらそんなことを考えていると。
「ど、どうしたのですか急に。僕……いえ、私の顔をじっと見つめて」
先程の余裕の笑みとはうって変わって、レオン様は耳まで真っ赤に染まった顔できょろきょろと落ち着きなく目を動かしている。
あら? ほほう、正体見たり。この八歳児は女の子から見つめられると照れちゃうお年頃なのですね? そして、今までの『私口調』は外面だったのかな? こんなにすぐに外面が剥がれちゃうなんて、だいぶ無理していたのかあ。
じゃあ、ナルシスト殿下だと思っていたキラキラ王子様は、実は頑張って女性への応答を勉強していた努力家な男の子だと。私が苦手意識を持っていた王太子殿下は、年相応に顔を赤らめているこの男の子だと。
「うふ、ふふふふ!」
つい笑いが込み上げてきてしまった。私ってば、なんて思い違いをしていたんだろう。なあんだ、ただの勉強熱心な、可愛い小学生じゃない。あー、面白い! 普通に仲良くしていれば、きっといい友達夫婦になれたのに。そのチャンスを逃していたなんて!!
「ルーナ様? なにか面白い発見でもありましたかな?」
ガモンさんのひとことで、ハッと我に返った。
あ、今は授業中だったんだ!! うわあ、これじゃ授業中に一人笑いをする変な子になっちゃうよ!?
「あっ、あの! リルザント王国は、皆さん平和に生活できているのですよね? それなら、街の様子を見に行っても大丈夫なのかなって思ったのですけれど」
私の得意技! 『それっぽい言いわけ』発動!!
ちゃんと話を聞いた上での本心ではあるんだけれどね。でも言いわけとしても最適! だってこれは面白い案だと思うの!! それとも、無理やりすぎたかな?
「それはいいですねえ。いずれこの国の上に立つ者として、市井の様子は知っておいた方がよいでしょう。公爵様にご相談して、きちんと護衛をつければお忍びで見学しても大丈夫だと思いますよ。確認がとれ次第、課外授業でも計画してみましょうか」
「…………!! 本当ですかっ!!」
なんという棚からぼたもち!! 前から気になってたお外に行けるなんて! ありがとうレオン様! ありがとう変な笑いをした私!
喜びにうち震えながらチラリと横を見ると、まだ顔を赤らめたままのレオン様が口をはくはくと開いてなにか言いたげな顔をしたが、すぐに口を閉じてしまった。
うん? これはまさか……いやいや! そんなはずないよね!?
「レオン様も一緒にいらっしゃいますか?」
わーん! 私のバカー!! なんで言っちゃったかなあ!? いくら良好な関係を築くと言ったって、王族のお坊ちゃまの相手を街に行くときまでしなくてもいいでしょう!?
はっ! そういえば、もしかしたらレオン様は下々の者の生活になんて興味がな……、
「ぼ、私も行っていいのですか?」
うっ! 眩しい!! 口をぽかんと開けて、でも目をキラキラと輝かせているこの男の子を一度見たら『やっぱりなし!』はもうできないよう。
「王太子殿下は、そうですねえ。まあでも、たまにはそういう日があってもいいのかもしれませんねえ。国王陛下と、宰相、あとは王太子殿下の指南役の許可を得られれば同行することも可能なのではないでしょうか?」
「宰相……」
レオン様が悲しげに目を伏した。ガモンさんの言い方からして、宰相様は厳しい人なのかあ。あんなに落ちこむなんて。ちょっとレオン様がかわいそうかも。
「あの、レオン様」
レオン様を慰めるために声を掛けようとした、そのときだった。
「実のところ、宰相はどうとでもできるんですがねえ。なんせまだ彼は、私には到底及ばないひよっこ愚息なもので」
「「……ええ!」」
私とレオン様が同時に声を上げた。アンさんはどうやらこの事実を知っていたようで、苦笑いをしている。ていうか、知っていたのなら事前に教えてよ!?
いやいや、愚息って! 及ばないひよっこって!! つまりガモンさんは前宰相だっていうこと!? 私、そんな凄い人から勉強教わっていたの!? えええ。
「シュワルツェ様は、前宰相様であられたのですか」
「あれまあ、言っておりませんでしたかな?」
あっけらかんと言ってのけるガモンさんに、『聞いていませんよ!?』とツッコみたい気持ちはやまやまだけれど。
「街に行けるっ!」
嬉しそうに手を握りしめているこの男の子があまりにも幸せそうなので、今はなにも言わないことにします。
よし! 結構めんどくさいけれど、一日くらいレオン様のお相手をしてあげようかな! 将来的に友達夫婦として仲良くなるための第一歩だしね。
あと、勇者伝説の世界の街並みを見るのがすっごく楽しみ!
本当は、こっちが本命なのは内緒だよ。
読んでくださりありがとうございます!!