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パンツァー VS ドラゴン(Panzer vs Dragon) 4:終

 戦闘後、本郷は降車し、中村少尉に合流した。

「中村君、無事か?」

「え、ええ。かろうじて五体無事で済みました」


 どうやらやせ我慢というわけではなさそうだった。顔に擦り傷をおっているが、姿勢はしっかりとしていた。

 中村は本郷の背後にあるものへ唖然とした視線を送っていた。


「少佐、こいつは、その……戦車でしょうね?」

 本郷は苦笑しつつ、肯いた。

「ああ、そうだよ。これは戦車だ」

「アメさんの戦車ですか?」


 本郷は首を横に振った。「では、どこの――」と言いかける中村に対して、本郷はマウスの砲塔側面を指さした。ドラゴンの血しぶきで汚れているが、その漆黒の紋章は、とある列強陸軍の象徴(アイコン)として知れ渡っているものだった。


独逸国防軍(ヴェアマハト)

 中村は、呟くように言った。忘れるはずようのない、独逸陸軍の鉄十字(アイアンクロス)の模様だった。

「なんで、独軍がこんなところに……」

「もっともな疑問だが、僕も理由は知らないんだ。それに――今はやるべきことがある」

「ええ、確かに……」


 二人は周辺を見渡した。倒壊した家屋の群れ、燻った戦車の残骸、そして獣の死肉が耐えがたい異臭を放っている。本郷は惨状になれた自身に気づき、酷い嫌悪感を覚えた。もちろん、それを表に出しはしない。彼は今でも中隊の指揮官だった。


 本郷は中村に生存者の救助と隊の再編を命じた。彼の隊はかつてないほどの甚大な損害を負っていた。ボッティンオーに着いたとき、中隊の装甲車両は15両はあった。それが今では5両に減じている。ちなみに、その5両の勘定(カウント)にマウスは入っていない。本郷の認識では、あくまでもマウスは借用したものだった。いずれは持ち主に、戦車(これ)を返さねばならないだろう。戦死者については、生存者から逆算した方がより正確な数字が出せそうだった。彼等の大半は戦車兵であり、二体の巨竜との戦闘で鉄の棺桶ごと火葬されていた。遺体の回収は容易ならざるものだろう。概算だが、今日の戦闘で彼の装甲戦力は7割近い戦死者を出していた。


 実質、彼の中隊は今日をもって壊滅したと言っても良い。


 彼が北米の地で味わった現実の中でも、最も過酷なものとなった。

 もっとも、それは現時点での話である。この先、さらに最悪な事態が待ち受けているかもしれない。


 本郷は、表面上は決然として指揮官として取るべき姿を演じきった。彼の内面で僅かな恐怖が生じていた。今回の戦闘で生じた被害、そこで負うべき責任に対してではない。彼はこの戦争という演目において、指揮官という役に染色されつつあった。今だって、戦死者の報告を眉一つ動かさずに聞き届けている。その事実に何の疑問も感じていない。


 かつて生家で本の虫として過ごした日々が遙か遠くの、別人のことのように感じはじめていた。

 飲まれつつある。いや、もう僕は戦争に飲み込まれたんだ。


――本分をまっとうする人間は最後には報われるものでございます。


 「嵐が丘」だったかな。猛烈に書物を欲したくなってきた。何でもいい。そうだな。せっかく北米にいるんだ。「グレートギャッツビー」がいいだろうか。ああ、しまった。この前、ロスの書店で見かけたときに買っておけば良かった。


 中隊を再編し、本郷は合衆国の将兵や非戦闘員の救出を中村少尉に命じた。続いて本郷は、生き残った合衆国将兵から医官と救護兵を見つけ出し、臨時の野戦病院を仮設させた。彼が戦闘から退避していた一式半装軌装甲兵車の無線機を用いて、大隊本部へ連絡取ったのは昼頃だった。本郷の報告を受け、大隊長の東島は伝えるべき事実を簡潔に述べた。合衆国軍がまもなく救援に駆けつけるらしい。


 本郷は、そこでやるべきことを思い出した。

 借りたものは返さねばならない。

 彼はマウスに乗車すると、ボッティンオー空港へ向った。

 独逸の老人は、格納庫の前に佇んでいた。どうやら彼等の帰りを待っていたようだ。



◇========◇

ここまで読んでいただき、有り難うございます。

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弐進座


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