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幕間(interlude) 2

【アテネ】

 1946年6月30日


 また海だった。


 パナマに続き、やたらと自分は海辺に縁があるらしい。


 ベッドから身を起こし、白みがかった空と仄かに照らされた海を目にする。潮風がグレイの半身を撫でていった。傍らにはシーツに丸まった女がいた。つい先週、現地で確保した(口説いた)協力者だった。年のころは三十そこそこで、旬を迎えた色香を湛えていた。


「ノックぐらいしろよ」


 誰にともなくグレイは言った。部屋のドアが開き、人影が室内に伸びた。


「失礼。邪魔かと思ってね」


 訛りのある、日本人特有の平坦な英語だった。


「ご婦人が去ってから、出直すつもりだった」


「はは、パナマでもそうだったが、とことんあんたは間が悪い」


 女の頬にそっと口づけすると、グレイはベッドから降りた。


「事務所へ行こう。すぐそこなんだ」



 グレイの事務所は宿泊先のアパートから3ブロックほど離れたところにあった。早朝のせいか、人影はまばらだったが港の方から喧騒が聞こえてくる。港湾労働者や漁師たちだろう。


「いい場所だ」


 街並みに目を向けながら、オロチは言った。


 事務所は少し高台で港へ続く幹線道路の近くにあった。屋上へ登れば、サラミス島まで見渡せそうだった。


「ここなら港の状況を把握できる」


「そうだろう?」


 得意そうな顔でグレイは事務所のドアを開いた。申し訳程度に掛かった表札には、グレッグ商会と書かれている。


「よく潜入できたな。少し前までアルバニアにいたんだって? まさか陸路で来たのか」


 アルバニア、ギリシャ間の国境はギリシャ軍によって封鎖されている。表向きは魔獣対策のためだったが、実際のところ彼らはイタリアとドイツの再侵攻を警戒していた。


「私はそこ(・・)から来た」


 オロチは海辺を指した。アルバニアからイタリアに戻り、そこからスペインの商船に乗り込んでアテネに来ていた。


「アルバニアの仕事は一時中断だ。今の私は君と取引に来た貿易商だ」


 懐から名刺を出した。アルファベットでタジウラロウトと印字されていた。グレイは名刺をそのまま返した。彼には不要な小道具だ。


「貿易商ねえ。ずいぶんと毛色の違う畑に転職したな。それで、ご用向きは?」


「絵を買いたい。私のクライアントがエルグレコの絵を欲している。たしか君のところは絵画も扱っていたな」


「もちろん、あるとも」


 言いながら、グレイはドアのカギをかけた。そして窓のカーテンがしまっているのを確かめ、そのままデスクの抽斗をいじりだした。二重底の隠しスペースから油紙包まれた書類を取り出す。


「ギリシャ軍の配備状況だ。ここで開けるなよ」


「ああ」


 オロチは手持ちのアタッシュケースを開いた。それは片側が二重構造で特殊なカギで密閉部が開かれるようになっている。


「概要だけ聞かせてもらえるか」


「おおかたの予想通りさ。メタクサスラインの再来といったところかな」


 メタクサスラインはイタリア軍の侵攻時に、ギリシャ側が築いた防衛線だった。国境の山岳地帯と狭隘な地形を利用し、無数のトーチカと機関銃陣地を張り巡らせていた。


「だが、前と違うのはBMと魔獣の存在だ。以前のようにロドピ山脈に張り付くことはできない。ひょっとしてブルガリア側は手薄くなっていないか」


 アタッシュケースの鍵を閉め、オロチが疑問を口にする。何の気になしに、自然と出た言葉だがグレイの的を射るには十分だった。


「さすがだな。軍人の勘か」


「どうだろう。私にそのときの記憶はないが、勘と言えば勘なのかもしれない。アルバニアでバルカン半島の情勢を把握していたから、それも一因だろう。ロドビ山脈はアルデンヌの森に等しい。そう思ったのだ」


 バルカン半島の山脈部は多数のBMと魔獣によって封鎖されている。たとえ完全充足した軍隊でも迂闊に侵入できない場所だった。要塞化など全く現実的ではなかった。いつどこで魔獣の群体(セル)に遭遇するかわかったものではない。


「かつてのように要塞線を築くのなら、ギリシャ軍だけでは圧倒的に人的資源が足りないはずだ。民間人を動員しなければ完成しない。しかし、それは出来ない相談だ。だろう?」


 ギリシャの国境は地形の複雑さから、大部隊の移動に不向きだ。かつてイタリアの侵攻を受けた際、ギリシャ軍は地形に助けられた。今、その地形に助けれているのは魔獣だった。ギリシャ軍は国境地帯の魔獣を排除できず、要塞建設はままならなかった。


「おいオロチ、お前まるで見てきたかのように言うじゃないか。お前、なんだってこんなところにいるんだよ」


 苦笑するグレイに対し、オロチは首を傾げた。


「何を言っている?」


「お前のような奴は下っ端の局員じゃなくて、国防軍最高司令部(OKW)勤めの方がお似合いだ」


 褒められているのはわかったが、面白い気分ではなかった。


「なんだ、気に障ったのなら謝る」


「いいや、ありがたい話だ。だが私はドイツ人(彼ら)にとって下等人種(ウンターメンシェ)なのだ。仮には入れたとしても、きっと悪夢のような毎日が待っている」


 グレイは何も言い返せなかった。外国籍の彼らはナチスのスパイであり、故国を捨てた流浪の民だった。果たして今の悪夢に勝るものがあるのだろうか。


◇========◇

月一で不定期連載中。

ここまでご拝読有り難うございます。

弐進座


◇追伸◇

書籍化したく考えております。

実現のために応援いただけますと幸いです。

(弐進座と作品の寿命が延びます)

最新情報は弐進座のtwitter(@BinaryTheater)にてご確認ください。

よろしくお願いいたします。

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