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喪失第一号(Lost No. 1) 8

【マイセン】

1946年6月7日


 マイセンはザクセン州南部にある。そこはBMの惨禍を免れた稀有な都市だった。


 古来より陶磁器が有名で、こと白磁は18世紀より特産品として盛んに作られている。当時この地域を治めていたのはザクセン選帝侯アウグスト2世だった。


 彼は公私にわたって浪費家だったが、こと公の部分においては始末に負えなかった。ポーランド王位をめぐって戦争に明け暮れ、ザクセンは財政難に喘いでいたのだ。


 マイセンの陶磁器産業は彼の膨大な借金を返すため、重要な収入源となる。18世紀において白磁はアジアから輸入品で占められており、それらは高値で取引され、白い金と呼ばれるほどだった。金策に追われるアウグスト2世は白磁の開発に執念を燃やした。もし欧州で白磁の生産に成功すれば、ザクセンは白い金を錬金術のごとく無尽蔵に売りさばくことができる。


 多くの犠牲と資金を費やした結果、マイセン製の白磁が生まれる。それは欧州初として市場に革命をもたらし、ザクセンの国庫を潤していった。


 その後にドイツ帝国の勃興、ナチスドイツの台頭を経てもマイセンの白磁は輝きを失わなかったが、1941年に最大の危機が訪れた。


 1941年12月、BMが世界各地に出現した。欧州も例外なくBMの惨禍に覆われ、大量の魔獣が原野を埋めつくした。


 マイセンの住民は避難し、磁器工場も閉鎖された。磁器職人たちは窯の火を落とし、街からも明かりは消えた。


 彼ら彼女らが街へ戻って来れたのは、2年後のことだった。瓦礫の山を覚悟したが、実際のところ街の被害はほとんどなかった。ほかの都市部の被害状況に比べれば、奇跡に等しかった。


 数キロ離れたところにあるドレスデンなどはワイバーンの大群に空襲され、半壊していた。そのほか周辺の都市も同様の被害に遭っている。にもかかわらず、マイセンのみが柵で覆われていたかのように手つかずだった。


 唯一、避難前から大きく変わったところがある。市街の中心にそびえる古城、アルブレヒト城に鍵十字(ハーケンクロイツ)の旗が掲げられた。戦前まで一般公開され、市民の誰もが入ることができた。しかし今となってはナチ党の親衛隊、その一部しか入れなくなっていた。


 先ほど城へ続く道に入った黒塗りのワゴンにも、その一部の中の一人が乗車していた。フリッツ・クラウスSS大尉だ。地中海での困難な任務を終え、その後処理に忙殺されていたところ急遽呼び出されたのだ。


「ご機嫌ななめかな」


 傍ら座る少女に語りかける。黒いドレスに身を包み、透き通るような白い肌と髪の色をしている。あからさまに場違いな存在だった。


 クラウスの問いかけに少女は答えなかった。それが答えだった。


「レールネ? 君に聞いているんだよ。それとも君ら月鬼は目を開けながら眠ることができるのかな?」


「ばかなことを言わないで」


 我慢しきれずにレールネが拗ねた声を出した。不機嫌なのには理由があった。食事の途中、無理矢理に連れてこられたのだ。


 ワゴンは城内の駐車場へ止まると、運転手が降りる前にクラウスは降りていた。反対側のドアを運転手が開き、レールネも憮然と降り立つ。


 まず目に入ったのがゴシック様式の大聖堂、そして取り囲むように並び立つ城館だった。大聖堂が漆黒に対して、城館は白い壁に映えるオレンジ色の屋根を乗せている。ところどころの窓からハーケンクロイツとSSを象徴する髑髏の旗が掲げられている。


 人影はまばらで外には衛兵が数名いるくらいだった。


「さあ行こうか」


 クラウスが促すも、レールネはじっと動こうとしなかった。やれやれと思う。やはり青酸カリで眠らせて(死なせて)から、連れて(持って)くるべきだったのかもしれない。


──あまりやりすぎると適合しそうだからなあ。


 心中でクラウスはぼやいた。月鬼の解毒能力はすさまじく、睡眠薬程度では大人しくさせることはできない。殺さずに無力化するためには、青酸化合物で仮死状態にするしかなかった。ただそれも効き目が薄れてきているように思えた。次はいっそのこと放射性物質でも試すしかないのかもしれない。


「何を笑っているの?」


 いっそう不機嫌そうにレールネが言うと、クラウスは取り繕った。


「いやなに、可愛いなと思ってね」


「死にたいの?」


「いいや」


「なら二度と、そんな感想を口に出さないで」


「了解、お嬢さん(フロイライン)


 連れだって二人が城館へ入ると、すぐにレールネが足を止めてしまった。さすがにクラウスも勘弁してほしかったが、表情を見てすぐに考えを改めた。


 この少女は彼の前では無表情か不機嫌のいずれかしかあらわさなかった。しかし、今は珍しく困惑しているのだ。


「どうした?」


「ここの空気あまり好きじゃない。何か嫌なものがあるわ」


 レールネの瞳は城内の奥へ向けられていた。ちょうどクラウスたちが向かおうとしている方向で、その先には城主の部屋がある。


 彼ら二人を呼び出した人物が、控えている場所だった。ちょうど目を向けた先から人影が現れた。シルエットから女だとわかる。


「クラウス大尉とレールネさまでいらっしゃいますね。私はエリーゼ、この城の案内を仰せつかっています」


 スーツ姿の女性で、どこかの令嬢のような気品が漂っていた。美人のたぐいだが、クラウスには異質な雰囲気を感じていた。まるで磁器で作られたように生気が感じられず、言葉も空々しく聞こえてしまった。


「エリーゼ、出迎えありがとう」


「いいえ、さあこちらへ。我が主(マインヘア)がお待ちしております」


 先導するエリーゼの背中をクラウスは凝視した。今度はクラウスが戸惑う出番だった。


 『我が主(マインヘア)』など、現代で耳にするとは思いもよらなかった。


◇========◇

月一で不定期連載中。

ここまでご拝読有り難うございます。

弐進座


◇追伸◇

書籍化したく考えております。

実現のために応援いただけますと幸いです。

(弐進座と作品の寿命が延びます)

最新情報は弐進座のtwitter(@BinaryTheater)にてご確認ください。

よろしくお願いいたします。

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