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海獣(cetus) 19

 魔導機関の昏い筒の中で、ネシスはローンの写真を見つめていた。


「この色付き紙に写っているのは、禍津に飲み込まれた同胞(はらから)よ。そやつの思念が焼き付いておる。ギドーよ……」


 ネシスは、躊躇いがちに続けた。


「あのローンとかいうの、なかなかの食わせものじゃぞ」


『だろうな。しかし、そいつのおかげで俺たちは助かる。そうなんだろ?』


 念を押すと、ネシスは乾いた声で嗤った。


「左様。あやつのおかげで、妾は同胞を看取ることが出来る」


『看取る……ああ』


 ある可能性、残酷な事実に気が付いた。


「もし悪しき夢に囚われているのならば祓い、寝かしつけるのが妾にできる唯一じゃ」


『確かに、そいつはお前が行かなければならないだろう。好きにしろ』


「あいすまぬ」


『ただし、ひとつ約束しろ。すべきことを為したら、全力かつ速やかにここから出るぞ。いいな。俺たちは弔いのために食われたんじゃない。ましてや弔われるためでもない』


 いつもと変わらない口調だったが、しつこいほどに儀堂は念を押した。悪い気はしなかった。この男なりに案じているのだ。


「分かっておるよ。恐らく禍津も妾らに感づいておろう。妾が同胞と会えば、きっと何かを仕掛けてくるであろう。そのときこそ好機よ」


『大丈夫なのか?』


「はは、おぬし、この期に及んで妾のことが信じられぬか」


 苦笑交じりで返す。実際のところ、おかしな心境だった。これまでも何度かあったが、自分よりも遥かに儚い男に慮られるとは慣れないものだった。


『違う。お前は心を殺しきれないからだ』


 不意打ちを茶化すことは出来なかった。


『それがお前の最大の弱点だ。身内への情けが深すぎる。百数十年も生きながら、なおも心を殺しきれていない。演技でも方便でもなくお前は心を曝け出してしまう』


「言ってくれる」


 震えを抑えきれなかった。


『ああ、白状するが羨ましさすら覚える。とっくに俺がどこかに捨て去ったものだからな』


 ネシスは言い返すことが出来なかった。一切の嘘が感じられなかったからだ。もちろん嫌味でもない。


『今さら誰かが死んだところで取り乱すこともない。5年ほど前に──いや、どうでいいな。とにかく俺には無理なことなのさ』


「ギドーよ」


 かける言葉が見つからないまま、ネシスは呼びかけた。


『そのままでいろ』


 機先を制して、儀堂は遮った。


『お前は、そのままでいろ。さもなくば、ただの鬼になる』


「妾は鬼じゃぞ?」


 やっとのことで、ネシスは憎まれ口を叩いた。


「人を喰らい、地平に臓腑で撒き散らし、夜空を血染めにする。挙句、この世に魔性の獣を解き放つのが月鬼よ。おぬし、見くびるなよ」


『はっ、これは失敬。余りのしおらしさに、あやうく忘れるところだった』


 憎まれ口を叩き返しながら思う。


 ただの鬼が哭くものか。


 まもなく<宵月>は降下を開始した。


 被写体に辿り着いたのだ。



 艦橋から臨むと、浮島のようなものが見え、その上に小さな集落が出来ていた。青白い海原ににポツンと湧いたように、周囲から隔絶している。


 <宵月>の高度が落ち始めたところで、儀堂はネシスとの視界共有を切断した。珍しいことに、ネシスの方から切ってきた。


 しかたなく儀堂は双眼鏡を手に、最大倍率で集落に焦点を合わせた。失明した右眼をよそに、左眼の視野だけが鮮明になっていく。やがて写真とまったく同じ光景が再現されているのが、わかった。


 集落の通り、もしくは広場のような開けた場所で、数名の子供たちが一列に手をつないでいる。誰も彼もが額から角を生やしていた。


 じっと高倍率レンズの向こうを観察しながら、写真と同様に違和感が覚える。敢えて表すのならば、非現実的で何かが欠けている気持ちだ。その光景が幻だからではない。そんなことはとっくに承知していた。


 一列に並んだ子どもたち、彼らの顔は俯き加減でよく見えなかった。しかし、悲しんでいる様子でもない。手がぶらぶらしていて、力がこもっていないからだ。


 自問自答して、儀堂は気が付いた。


 俺は莫迦だ。


 子どもが集まってやることなんて、決まっているではないか。


 こいつは、遊びだ。


 きっと花いちもんめのように、対になる遊びだ。だとすれば、顔が俯いているのも説明が付く。少女たちが視線を下に向けなければ、見えない相手なのだ。


 真相の輪郭がわかりだしたとき、蜃気楼のように集落が消えていった。あとに残されたのは、見慣れた銀色の筒(マギアコア)だった。


 かつてオアフBMに突入したときに見たものと同じマギアコアだった。


 筒は五本あって、墓標のように浮島に突き刺さっていた。


 やがて<宵月>は浮島のそばに着水した。ちょうど横付けするようなかたちになった。まもなくしてネシスが甲板に出ていったと見張り員から報告が上がる。すぐに儀堂は双眼鏡でネシスの姿を追った。


 ネシスは一度だけ艦橋へ向けて振り向くと、舷窓から望む儀堂へ何かを言った。


 行ってくる、そんなところだろうと儀堂は思った。直後、か細い後姿が消えていく。舷から、そのまま飛び降りたのだ。


 浮島に降り立った鬼の姫は、踏みしめるような足取りで銀の筒へ近づいていく。筒の墓標にネシスがたどり着くが見えた時、強烈なフラッシュバックを儀堂は覚えた。


 5年前の東京、安田講堂に設置された臨時の死体安置所。そこで小さくなった自分の家族を儀堂は抱えた。


 昏い感情が心に芽生えそうになり、儀堂は静かに押し殺した。


 浮島に刺さった墓標(マギアコア)は、ネシスの身の丈の半分にも満たなかった。つまり、そのサイズに収まるものが中に入っている。


 花いちもんめの歌がリフレインした。


『勝ってうれしい花いちもんめ』


 何が、嬉しいものか。


 当たらなくても良い予感ばかりが当たる。


 ふいに少女の悲痛な叫び声を思い出した。禍津竜がBMにとり着いたときに聞こえた声、あれはきっと……。



 小さなマギアコアを前に、ネシスは腰を下ろした。


 五つ並んだうちの一つに、そっと手を当てる。微弱だが魔導の波を感じた。本来ならば結界で封印されていたはずだったが、竜の腹は結界すら劣化させていた。


 埃を祓うように撫でると、マギアコアの中身が露わになった。


 人形のように小さな幼女の面差があった。亡骸かと思うほど微動だにしなかったが、まだ生きている。


◇========◇

twitter(@BinaryTheater)で各話の挿絵をランダムで公開中。

月一で不定期連載中。

ここまでご拝読有り難うございます。

弐進座


◇追伸◇

書籍化したく考えております。

実現のために応援いただけますと幸いです。

(弐進座と作品の寿命が延びます)

最新情報は弐進座のtwitter(@BinaryTheater)にてご確認ください。

よろしくお願いいたします。

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