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百鬼夜行(Wild Hunt) 18

 <マイソール>はトップスピードを維持したまま、敵艦隊を追い越すと、再び取り舵を行った。そのまま左へ大きな弧を描きながら180度の回頭を行う。


 艦橋内でエバンズは操舵の指示以外は、押し黙ったまま舷窓の外へ目を向けている。マーズは、その横で沈黙に耐え続けていた。本心では、これからどうするつもりなのかエバンズに明言してほしかった。あるいは自分からエバンズに問いただすべきなのかもしれないが、どうにも無粋さを感じて、思いとどまらざるをえなかった。


 彼が知る限りエバンズは命令に当たり、己の意図を明確に伝える指揮官だった。一方的にあれやこれやと命じられた記憶はない。


 それが今になって沈黙を貫き、指揮に没頭している。いったい何を考えているのか、さっぱりわからなかった。


 もちろん彼なりの仮説はある。


 巨艦に対してまともな武装を持たない<マイソール>が出来ることは限られている。やはり、<ターター>と同じ末路になるのだろう。


 現に<マイソール>は敵艦隊との交差針路をとりつつあった。向きは反航状態、つまりお互いに艦首を向けて、正面から向き合いながら近づいている格好になっている。わざわざ敵艦隊を追い越してから、反転したのも先頭の敵戦艦への突入を確実にするためだと理解していた。


 正面から近づくのならば、<マイソール>を指向できる敵の火力も限定される。上手くいけば、先頭の敵戦艦のみしか指向できないはずだ。問題は、そいつを食らって<マイソール>が無事で済むかだが……。


 マーズはかなり前に宣誓を済ませている。軍人であること、そして義務を果たすことに対して疑問は抱いていない。もちろん死への恐怖はあるが、そんなものはこの大戦中にさんざん味わって慣らされてきていた。


 マーズは気づいていなかったが、彼は焦りを感じていた。あるいは罪悪感なのかもしれない。明確な命令を得なかった彼は、手持ち無沙汰になっていた。だからこそエバンズの意図を汲んで、自分がやるべきことが何かはっきりとさせたかった。


 エバンズは先ほどから一言も発しない副長(マーズ)を横目で捉えた。はっきりと表情は読み取れなかったが、おおよそ考えていることは予測できた。逆の立場ならば、悲壮感と決意、そして得体のしれない焦りに囚われているところだ。


 同時にエバンズには不本意な確信もあった。


 恐らくマーズは自分の意図を著しく誤解をしているに違いなかった。ただ、それはマーズの能力の限界によるものではない。<マイソール>において、自分の意図を読めるものは誰もいないだろう。


 だいたい当のエバンズですら、あまりにも自身の考えが莫迦げていると思っている。


 エバンズが行動の意図を語らなかったのは、決死の覚悟からではなかった。彼は莫迦げた自分の意図を晒すことで、艦内の士気を乱すのを嫌った。ついでに加えるのならば、肋骨の傷が痛みで、無駄にしゃべりたくなかった。


 敵艦隊には次々と味方の支援砲火が注がれつつあった。<ヴァリアント>と<サフォーク>だけではなく、<アキリーズ>と<エイジャックス>まで加わっている。先頭の敵戦艦はともかく、後続の艦は艦上構造物が跡形もなく吹き飛んでしまっている。しかしながら沈む気配は全く見られなかった。それどころか速度を増して船団を追いかけようとしている。


 エバンズは疑問を感じずにはいられなかった。いったい何がそこまでさせるのだろうか。あの怪異艦隊にとって、船団の何が魅力なのか理解できない。仮に相手が魔獣であっても同じだった。敵意の源泉が何なのか不明だった。短絡的にはBMの存在が回頭になるのだろうが、説明には不十分だ。結局のところ、不毛な戦いの理由(わけ)は知りえなかった。


「あるいは──」


 思わずエバンズの口からこぼれ出る。


「我々が気づいていないだけで、連中にとっては相応の対価があるのか」


 幾万ものを屍を積み上げ、再起不能な損害を押してでも、我々人類を屠ることで得られる対価があるとしたら……。


 エバンズは頭を振ると、迫りくる脅威へ目を向けた。


 とりあえず生き延びてから考えれば良いことだ。


「面舵一杯」


 一連の戦術行動へ向けて準備する。


 <マイソール>が右へ傾いだところで、再び舵を中央に戻す。小さな─直径数メール─の水柱が船尾から離れたところで立ち上がった。急な回頭を読み切れず、敵戦艦の砲弾が外れたところだった。


「舵そのまま、現針路を維持せよ」


「イエス・サー」


 相対距離が1マイルを切ったとき、マーズが違和感を覚えた。彼の予測と異なった動きを<マイソール>>はしていたからだ。


「艦長、このままでは<マイソール>は敵先頭艦を横切ります」


 面舵の時間が少し長すぎた。あるいはタイミングが早すぎたのかもしれない。


「速度を落とすか、取り舵をしなければ──」


 案の定かとエバンズは思った。根本的に自分は誤解されていた。やはり何も言うべきではなかったと思い、自分の判断に満足する。


「体当たりはしない」


 静かにエバンズは断言した。マーズは裏切られたような顔を浮かべた。あるいは怒りすら籠っていたのかもしれない。


◇========◇

毎週月曜と木曜(不定期)投稿予定

ここまでご拝読有り難うございます。

弐進座


◇追伸◇

書籍化したく考えております。

実現のために応援いただけますと幸いです。

(弐進座と作品の寿命が延びます)

最新情報は弐進座のtwitter(@BinaryTheater)にてご確認ください。

よろしくお願いいたします。

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