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百鬼夜行(Wild Hunt) 2


【駆逐艦<マイソール>】


 そのとき駆逐艦<マイソール>は、船団の北側に位置していた。船団全体の進行方向に対して、左前を先行している状態だ。


 <マイソール>の周辺には地中海艦隊の艦船が連なっていた。彼女らは、あらゆる観測機器を全力で稼働させている。特に忙しなく動いていたのは、レーダーだった。対空と対水上のアンテナが風見鶏のように蠢き、四方へ電波の網を投げかけていた。海面下では聴音器が静かに作動し、水測員が神経が尖らせている。


 特段、脅威の兆候を捉えているわけではなかった。英国海軍にとって1939年以来、怠惰を許さぬ状況が続いている。41年までは日独の海軍に対して、そして41年以降は魔獣に対して過剰ともいえる警戒態勢を敷いていた。


「やはり、乱れているな」


 ヴィンセント・エヴァンズ中佐はPPIスコープの光点をじっと見つめていた。目の前にはレーダー要員が神妙な顔で座っている。


 PPIの光点は数十個に及び、不規則に並んでいた。本来ならば歪ながらも直方体の陣形をなしてしかるべきだった。


「急な転進でしたから」


 副長のサムナー・マーズ大尉が厳しい顔で傍らに控えていた。


 エヴァンズは対照的に何の情緒も見せていなかった。ただ現状を淡々と注視しているように見えたかもしれなかったが、内心は異なっている。胸中がさざ波のようにざわつき、無視できない不安に蝕まれつつあった。


──あの夜を思い出す。


 エヴァンズが守る船団が底知れぬ怪異の餌食になった夜だ。生粋の海軍軍人のエヴァンズにとって、屈辱以上の傷を負った夜だった。未だに、その傷は癒えていない。恐らく今後も癒えることは無いだろう。


「<ヴァリアント>から船団指揮官へ陣形維持の命令を出さないのでしょうか」


 マーズは納得しがたい面持ちで首を捻っていた。護衛艦隊の旗艦、戦艦<ヴァリアント>は船団後方に控えていた。当然のことながら、レーダーを作動させており、乱れた陣形を捉えているはずだった。


「朝を待っているのだ。各船の間隔が狭まっている。下手をすれば、衝突事故を起こすだろう。覚えておきたまえ。我々が守っているのは、一介の民間人が乗る船だ」


 レーダーを駆使して、船団の陣形を再編するには相応の技術が必要だった。たとえ軍属の艦船であっても容易ではない。一般的に英国商船の操船技術は高かったが、ここ数年の戦争で練度も徐々に落ちてきている。ベテランの船乗りから真っ先に死んでいったからだ。


「サー、失礼しました」


 マーズは畏まった態度で返事をした。エヴァンズは追及はしなかった。確信があったからだ。いずれ、彼も身をもって知ることになるだろう。船団護衛とは常にあらゆる局面で忍耐を強いられる戦いだった。


 そして前触れが突然に訪れる。


『水測より艦橋へ異常音響を探知。目標方位左060。距離は不明』


 ソナー員のクリスからだ。今は連絡員を介さず、直接艦橋と応答できるように繋いでいる。


「正体は?」


 エヴァンズは水測室へ問い直した。


『遠すぎて不明です。確信はありぁせんが、恐らくは魔獣の可能性大。こいつぁ聞いたことのない音です。敢えて例えるのならば、遠吠えのようで』


「遠吠え? 犬のような?」


『いえ、どちらかというと狼ですかねえ。とにかく、こんな吼える音は機械は出しませんぜ』


 遠慮のない口調で、クリスは断言した。


「音はまだ遠いな?」


『遠いです。近づいているかもしれませんが、まだ何とも──』


「わかった。何かあれば、すぐに上げてくれ」


『イエス・サー』


 すぐにマーズと目が合い、エヴァンズは肯いた。


「<ヴァリアント>に伝えます」


「そうしてくれ」


 細かく指示を伝えなくとも良かった。マーズは必要十分な情報量を電信室へ伝え、旗艦<ヴァリアント>へ発信させた。


 <ヴァリアント>から返信は早かった。「引き続き警戒を厳にせよ」とのことだった。確かに、それ以上に言えることも出来ることもなかった。こちらから仕掛けることなく、殺気に包まれながら粛々と進むしかない。


──たとえ死の影の谷を歩もうとも、私は災いを恐れない。


 旧約聖書の詩編を暗唱し、エヴァンズは思った。まことに残念なことに我々がいるのは緑の牧場ではなく、紺碧の海なのだ。


 レーダー員がPPIスコープに顔を近づけるのが見えた。災いの予感を覚えた。


「レーダーに感あり。反応は3。方位右150。距離は30マイル」


 エヴァンズは眉を潜めた。30マイル? いくらなんでも近すぎる。今まで、なぜ気が付かなかった? 彼の疑問をレーダー員がかき消した。


「目標より新たな高速飛翔体を捕捉! 砲撃の可能性大!」


◇========◇

毎週月曜と木曜(不定期)投稿予定

ここまでご拝読有り難うございます。

弐進座


◇追伸◇

書籍化したく考えております。

実現のために応援いただけますと幸いです。

(弐進座と作品の寿命が延びます)

最新情報は弐進座のtwitter(@BinaryTheater)にてご確認ください。

よろしくお願いいたします。

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