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横須賀空襲(This is not a drill) 8

 儀堂は<アリゾナ>の船体が海中に没し、完全に姿を消すまで見送ると、高声電話を耳に当てた。


「ネシス、聞こえているか?」

『ふああ、なんじゃ儀堂?』


 気の抜けたあくび声が電気の揺らぎに変換されて聞こえてくる。


「終わった」

『そうか。お主は勝ったのじゃな』

「そうだ。我々が勝ったのだ」

『どうじゃ? 妾は役に立っただろう?』

「そうだな。助かったよ……帝国海軍を代表して、礼を言う。ありがとう」

『ふふん。お主、可愛いところもあるのじゃな』


 あやすような声でネシスは応じた。


「何を言っているのかさっぱりだが、そろそろ降ろしてくれないか?」

『ふうむ。そうじゃな。妾も疲れた。さすがにこの殻(・・・)は重すぎる』


 ふうと息をはく音が伝わってきた。場違いなほど艶を感じさせるものだった。


 赤い六芒陣がゆっくりと回転し、<宵月>は高度を落とし始めた。


――高度計が必要だな


 今後のことを考えると、あった方が良さそうだ。<宵月>を入渠(ドック入り)させたら直ちに艦政本部へ打診しようと思う。


 帰投後の対処へ思いを巡らせる儀堂へ恐る恐る興津が近づいてきた。


「艦長、その、少し速すぎやしませんか?」


 興津がやや心許ない顔で言う。


「速すぎる?」


 すぐにわかった。<宵月>の高度のことだ。三半規管が急速な落下と生命の危機を知らせている。それにどうも艦の姿勢がぐらついているようだ。これではただの墜落だ。もっとゆっくり降ろしてもらわねば<宵月>は着水の衝撃で大破するだろう。


「おい、ネシス!」


 数秒の沈黙の後で、甘ったるい声が返される。


『……んん? なんじゃ?』


 儀堂はようやく気がついた。こいつまさか……。


「ネシス、よもや眠いのか?」

『うむ……少々魔力(マナ)を使いすぎた……。魔導を用いた……は久しぶり、じゃったから……のう……』


 <宵月(よいづき)>を包む六芒星の模様が薄く消えかかる。それに伴い、落下速度が増していく。


「おい莫迦! 寝るんじゃない!! 死ぬぞ!!」

『…………はは、おかしなことを言うな。妾は……死なん』

「そういう意味じゃ無い! おい、起きろ!!」

『うるさいのう……』


 儀堂は大声で怒鳴りつけ、何とかネシスを気を保つ。<宵月>は不規則な軌道を描きながら、降下していく。その様は、蚊取り線香の虜になった羽虫のようだった。


 <宵月>の兵員は大時化(しけ)の中に放り出されたように艦の中でシェイクされた。儀堂は艦長席にしがみつきながら、ネシスを覆う睡魔の誘惑を払おうとしたがついに敗北を喫した。


『……ぐう』


 寝息とおぼしき音声を受話器から流れてくる。


「総員、対衝撃! 落ちるぞ!」


 艦内放送で呼びかけた直後、<宵月>を包む六芒の模様が消え去った。それと同時に、4000トンの船体が重力へ預けられる。高度500メートルからの墜落だった。そのまま着水すれば自重の衝撃で船体はバラバラになるだろう。


――オレは墜落で沈没した船(・・・・・・・・)の艦長第一号になるのか……。


 こんなことで歴史に名を残すなんて御免被ると儀堂は思い、自分の冷静さに呆れもした。


 <宵月>が自由落下を始め、海面まで200メートルに迫ったときだった。いよいよ誰もが全てを諦めたとき、六芒星の模様が回復した。


『ん……ギドー』

「ネシス……!?」


 どうやら意識を回復してくれたらしい。


 弱々しい蒼い方陣が<宵月>を包むと、落下速度は緩まり、制動がかかった状態で<宵月>は着水した。


「助かった……」


 興津が呟くと、その場へへたり込んだ。儀堂も腰を抜かしようなところを、かろうじて艦長席で耐え、受話器を握った。


「ネシス……」

『ううん………』


 受話器は規則正しい呼吸音を拾ってくるのみだ。しばらくして寝息が遠ざかる。


『艦長、彼女は夢の中にいます』


 御調(みつぎ)少尉はささやき声を送ってきた。



「そうか……しばらく寝かせておいてくれ。少尉もご苦労だったね」

『いいえ……』

「ところで――」

『はい?』

『君らはどこにいるのかな?』



※次回11/17投稿予定

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