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獣の海 (Mare bestiarum) 40

 レールネには殺意しか無かった。身体も心も、行動も理念も、感情も理性もあらゆる事象が殺意に塗りつぶされていた。


「殺さないと、殺さないと……絶対に今度こそ」


 今や彼女は<U-219>と完全に一体化していた。手さぐりで操艦していたときとはわけが違う。Uボートの乗員を全て取り込み、知識と経験を飲み込んだことで、より一層思うがままに動かせるようになっていた。


 霊力もドイツ人を食らったことで、十分に満たされている。<U-219>の後部をネシスのBM内に置き去りにしたのは本当にもったいないことだったが、それでも有り余るほどの力があふれていた。この世に、<U-219>(レールネ)を追えるものはなくなった。


「どこ、ネシス?」


 漆黒の深海をレールネは見渡した。どこにもネシスの姿は見当たらない。彼女(レールネ)が速すぎたからだった。自身の速度にレールネの認識が追いついていなかった。とうの昔に<宵月(ネシス)>は遥か遠く十数浬の彼方へ置き去りになっている。


「ああ、そういう……」


 ようやくレールネは力加減を誤ったことに気が付き、その場で変針した。イルカのように滑らかで、艶やかさを感じるほど綺麗な機動だった。


「ネーシースー、出てきて」


 思念と音波の両方でレールネは呼びかけた。魔導の耐性のないものには、猛毒に等しい怨嗟の叫びだ。不幸にも<U-219>の近く─と言っても、半径数十キロ以内─にいた脊椎生物の認識が狂わされた。多くは海中で気絶し、ゆっくりと深海へ沈んでいった。


「ネーシースー」


 怨嗟の嵐をまき散らしながら、<U-219>は元の海域に戻ってきた。


「なに、かくれんぼ?」


 レールネが小首をかしげた。ネシスの気配はするが、居場所を特定できなかった。レールネは停止すると、小刻みに震えだした。


「……くくっ」


 嗚咽に近い声が喉奥から奏でられる。


「くく……く……は、はは、ふふ……くふふふ、ひひひ……ははははははははははは」


 たどたどしく、連なって聴こえた嗚咽のようなものは、やがて壊れた嗤い声へと変じていった。


「はは、おかしい。あなたが隠れるの?」


 ひとしきり嗤いあげた後、唐突に<U-219>の前部発射菅から4本の魚雷が放たれた。


「ねえ、もしかして怖いの? それとも遊んでいるのかしら? でも──」


 魚雷は紅い光を纏いながら、通常ではありえない速度と角度で突き進んだ。


「かくれんぼは終わり」


 海底に魔導仕掛けの魚雷が突き刺さり、大爆発が生じた。火山のように粉塵を巻き上げ、<U-219>は周辺の海域をごっそりと灰色に染め上げた。その一部は海面にまで到達していた。


「邪魔ぁ!」


 レールネが一喝すると、<U-219>を中心に巨大な渦が発生した。あっという間に巻き上げられた泥が一瞬にしてかき消されていく。


「ふう……ねえ、見つかったぁ」


 レールネは心底嬉しそうだった。海底にぐったりと横たわる<宵月>の姿があった。


「やっぱり、そこいたのね」


 <宵月>は海底の泥で船体を覆い、偽装していたのだ。そのため目視が出来なかった。気配を感じられなかったのは、きっとネシスのせいだ。昔からネシスは、苛立たたしいほどに自身の存在を消すのがうまかった。


「ああ、かわいそうなネシス。もう、そこから這い上がる霊力も残っていないのね──鬼謀の首魁も見る影もない」


 前部魚雷発射菅が開く


「なんて、あっけない。そして、つまらない。でも、終わりなんて、いつもこんなものなのね。ねえ、そうでしょ。さよう──」


『ぺらぺらぺら、御託を並べおって』


「……ネシス?」


 突如、<宵月>を中心に黒い波動が放たれ、<U-219>を包んだ。ネシスがBMを一気に展開したのだ。BMに取り込まれた<U-219>は海底へ落下しそうになったが、レールネは方陣を展開して宙に浮かせた。


「結界、まだ、こんな力があったの? すごい、すごいわ、ネシス」


 我がごとのように、レールネは無邪気に喜んだ。そして周囲を漂う霊力の波に違和感を覚え、身体中が熱くなった。


「ああ、この残滓。わかったわ。くく、ふふ……あははははははは、ああ、なんて憐れ!」


 例え僅かな間でも自身の一部だったものが、忌まわしい仇敵に食われたと知り、おぞましさで心が震え、漆黒の天を仰いだ。


「あさましい! そこまで落ちたの? ねえ、ネシス、あなた、私の<U-219>(残りかす)を食べたのね。ああ、汚い、汚い、不潔の極み……!」


『やかましい』


「でも、とても正しい選択。だけど残念ね。そんな残りかすを食べても、私には到底及ばない。そんなことはあなたもわかっているに、なんでこんなことを──」


 <宵月>に視界を転じれば、自分に向けて舷側を向けていた。まるで撃ってくれと言わんばかりだった。


『そうさの。お主の言う通りじゃ。だから、分けて(・・・)もらうぞ』


「え?」


『レールネ……そこにおれよ!』


 <宵月>の船体中央から白い噴煙が巻き上がり、爆発したかに見えた。コンマ数秒後、白煙の中から橙色の尾を引いて、巨大な矢がレールネへ急襲してきた。


◇========◇

毎週月曜と水曜(不定期)投稿予定

ここまでご拝読有り難うございます。

弐進座


◇追伸◇

書籍化したく考えております。

実現のために応援いただけますと幸いです。

(弐進座と作品の寿命が延びます)

最新情報は弐進座のtwitter(@BinaryTheater)にてご確認ください。

よろしくお願いいたします。

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