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獣の海 (Mare bestiarum) 28

【Uボート<U-219>】


 思念に導かれるままに、魚雷は深海の底へひた走っていた。細長い機械の柱が歪な航跡を描きながら、向かっていく。決して直進ではなく、意志を持った海洋生物のようにしなやかな泳法だ。海底に横たわる<宵月>を見定めるや、4本の魚雷は螺旋を描いて最終加速に入った。


 そのときだった。


 <宵月>の全身から小さな点が飛び出し、四方へばら撒かれる。直後、周辺から無数の泥の柱が上がり、あたり一面を灰色の幕が覆いつくした。


 目前に巨大な塵の塊が生まれた瞬間、4本の魚雷に戸惑いが生じた。僅かに速度を緩めるも、突入を止めることはできなかった。


 赤く輝く4本の槍は螺旋を描きながら、包み込むように灰色の幕を穿ち、信管を作動させた。


 少しの間を置き、鈍い波動が<U-219>を揺らした。


 ハインツは司令塔内の配管につかまり、震動を耐えた。じっとりした感触が手のひらに浸透してくる。配管は濡れていたが、果たして自分の汗なのか、あるいは結露か、漏水によるものか判断が付きかねる。恐らく、その全てだろう。


──どんな無茶を俺の艦に強いているのやら。


 苛立ちと不安で胃がキリキリとしている。揺らぐ自身の内面を、部下に悟らせないためにハインツは表情を固定していた。できれば額に浮かぶ汗も抑えたいところだった。


「近いですね」


 すぐ横にいたフラーが耐えきれずに言った。懸命に押し隠しているのだろうが、瞳から怯えが見えていた。


「ああ」


 当たり障りのない返事をハインツは返した。


 ハインツの脳裏に実家に残してきた甥っ子の顔が浮かんでいた。数年前にドレスデンから郊外へ疎開してきた後、ずっと住み着いている。あと数年もすれば、どこかの軍に入ることになるだろう。本人は海軍(マリーナ)を望んでいるが、願わくば水上艦勤務となりますように。


「我々はいったい……」


「ド派手にやりあっているようだが、さっぱりわからんな」


 ハインツは遮って答えた。先任、それ以上は言うな。俺だって、この先どうなるかわからんのだから。


「開戦以来、大半の日々を水面下で過ごしてきたが、こんな経験は初めてだ」


 自棄に聞こえないように、ハインツは言った。実際のところ、お手上げだった。これまで常に<U-219>は彼とともにあった。暗く閉ざされ、外を拝むことができなくとも、<U-219>を取り巻く状況を脳内に描くことが出来たのだ。しかし、今は全く不可能だった。艦の指揮はクラウスと月鬼によって強奪され、<U-219>が何をしているのかすらわからなくなっている。


 クラウスの方を見ると、ハインツは少し驚いた。


 珍しく不機嫌そうな顔で何事か呟いていたのだ。


「見破られた? 命中は……そうか。それは仕方がないね」


 首筋に手を当て、クラウスは眉間に皺を寄せていた。あの妙なマイクで月鬼と話をしているらしかった。


 クラウスの耳にかかったレシーバーから、くぐもった少女の声が木霊していた。


『はやく、はやく、次の玩具をちょうだい。たぶん、あの子は生きている。生きているのなら、ちゃんと殺さないと』


 低い呟き声の懇願で、生気と言うものが感じられなかった。クラウスは良くない兆候を感じていた。いつも通り無感動な声音だったが、どこか余裕が消えたように聞こえた。


「うん、わかったから少し……」


 待とうねと言いかけて、思いとどまる。少々子ども扱いしすぎだ。これでは逆にへそを曲げてしまう。


「少しだけ時間をくれないかな? 君の魔導を使っても、魚雷の装填には時間がかかるんだ」


『あのお人形さんたちが遅いのかしら。それなら私が身体をもらうわ。私が操れば、あなた達人間はもっと力が出せるでしょう』


 大変不味い申し出だった。月鬼は<U-219>だけではなく、乗員もろとも自身の支配下に組み込むつもりなのだ。


 クラウスは眉間の皺を解くと、呼吸を整えた。ここで返答を誤れば、その先は阿鼻叫喚の地獄絵図が待っている。もちろんクラウスとて、タダでは済まないだろう。


 思わず口元が歪んでしまった。心の底からぞくぞくする。


 クラウスにとって人生とは刺激に満ち溢れているべきものだった。今こそ、まさに人生の只中に在った。


「とてもありがたい申し出だけど、それはやめておこう。僕らは、この人たちのお世話になっているんだからね」


『まだ必要なの?』


「そう、まだだよ。たぶん、これから先も必要だ」


 クラウスはレシーバーを片方の耳から外し、じっとこちらを窺うハインツと目を合わせた。


「艦長。前部と後部の魚雷を再装填してください」


「ああ?」


 ハインツは小首をかしげた。まだやる気かと表情が問いかけてきた。


「残念ながら……仕留め損ねたようです。しかし、追い詰めることはできました。どうかご安心を。次で終わりです。その後は、あなたにこの艦をお返ししますよ」


「ああ、そうしてくれ」


 投げやりな口調でハインツは返事をすると、前部と後部の魚雷発射管に再装填を命じた。クラウスは人懐こそうな笑みで礼を言い、レシーバーをかけなおした。


◇========◇

毎週月曜と水曜(不定期)投稿予定

ここまでご拝読有り難うございます。

弐進座


◇追伸◇

書籍化したく考えております。

実現のために応援いただけますと幸いです。

(弐進座と作品の寿命が延びます)

最新情報は弐進座のtwitter(@BinaryTheater)にてご確認ください。

よろしくお願いいたします。


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