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招かざる予兆(Scirocco)11

「ソナー員は誰だったか?」


 唐突にエヴァンズはマーズに尋ねた。答えはすぐに帰ってきた。


「クリスです」


「クリス……クリスか」


 クリスは最古参のソナー員だった。対潜課程の成績も優良で、何度か<マイソール>の危機を救っている。


 エヴァンズは僚艦の<ズールー>を呼び出した。彼が乗る<マイソール>と同じトライバル型の駆逐艦だ。


「シェパードよりグレイハウンドへ。これから本艦は前方へ進出、警戒を行う。グレイハウンドは、すぐに船団先頭へ遷移されたし」


『グレイハウンド、了解。これより船団先頭へ移動する』


 シェパードは<マイソール>の、グレイハウンドは<ズールー>のコールサインだった。<ズールー>は船団左側、南方を警戒していたが、それを船団前方へ遷移させようとしていた。今まで<マイソール>が前方を警戒していたのだが、代わってもらう算段だ。


「両舷全速前進。取り舵10度」


 エヴァンズは<マイソール>を変針させた。船団前方を大きく迂回し、北側に出るつもりだった。船団の進行方向の左側だ。これまでの戦闘経過から、敵潜はそちら側にいる可能性が高かった。ただし、あくまでも確率の話でしかない。


 船団内部に潜り込んだのなら、中心部にいる<ロータス>が捉えるだろう。逆に船団の針路上へ先回りしているのならば、やはり北側に潜伏していたほうが潜水艦にとって都合が良い。


 南側はアフリカ大陸に近く、水深が浅い。それに敵潜からすれば、下手をしたら陸地に逃げ場を塞がれてしまう。あくまでも、エヴァンズたち護衛部隊が執拗に敵潜を追い回した場合の話だが──。


 もちろんエヴァンズ自身には、そんなつもりは全くなかった。守るべき羊たちを放り出して、狩りに興じるなど牧羊犬にあるまじき姿だ。そんなことは、狩人と猟犬にでもまかせておけばいい。


 <マイソール>の細長い船体が大きく、左側に傾ぐと艦首を乗り越えて波濤が甲板を洗っていった。波しぶきが打ち上げられ、艦橋の窓まで届いたほどだった。


 エヴァンズは大きく傾いた船内で重心を巧みに移動させた。手慣れたものだった。北大西洋の荒海に比べれば、揺りかごのようだ。隣にいるマーズ大尉も一見すると耐えきっているように見えたが、顔色の悪さは隠しきれなかった。


「舵戻せ」


 エヴァンズは直接、操舵室へ伝えた。


『イエス・サー。舵、戻します』


 操舵手が反対方向に操舵手が当て舵を行った。僅かな反動の揺らぎが後方から伝わってくる。


『舵中央』


 進路変更を無事に終え、艦は直進し始めた


「よろしい」


 エヴァンズは満足げに頷いた。


 <マイソール>は全速で十数分ほど航行した後で、再度変針をを行った。


「面舵いっぱい、針路090」


「面舵……針路090……舵中央」


「両舷原速……十二ノットまで落とせ」


「十二ノットまで落とします」


 <マイソール>の速度が落ちるにつれ、艦首が切り裂く波が小さくなり、揺動もやや抑えられた。それでも気を抜くと、よろめきそうなほどだった。


「ソナー、アスディック捜索開始。異常があれば、すぐに報告しろ」


 エヴァンズは聴音室へ命じると、暗い海の向こうへ視線を投じた。


 <マイソール>の艦首、その船底にあるソナーが起動し、深海へ向けて音の波を投げ始めた。


 連絡員より<ズールー>が位置についたと知らせてきた。ふと時計を見ると夜中の二時を回ったところだった。


「夜明けまで三時間ほどですね」


 マーズが静かに言った。祈るような口調だった。


「ああ……」


 エヴァンズは何事かを考えている様子だったが、間もなく結論が出たようだった。


「司令部へ救援要請を出す」


「……それは」


 マーズが何かを言いかけたが、先にエヴァンズが結論を述べた。


「傍受されるかもしれない。それは承知している」


 エヴァンズたちを襲撃している勢力が、無線を傍受、解読して船団に対して更なる増援を送ってくるかもしれなかった。その場合、針路上で伏撃され、手痛いダメージを追うことになるだろう。


「だが、その可能性は低い」


 一昨夜から今にかけて、短波方向探知機(ハフダフ)に反応がなかったからだ。短波方向探知機は、短波無線を傍受して発信先の位置を特定する装置だった。かつてUボートとの戦いに用いられ、事前に敵潜の潜伏海域や針路の特定に役立てられていた。


 対BM戦争がはじまり、ドイツとなし崩し的な休戦が成立した後では、ほとんど用いられることはなかったが、稼働は続けていた。英国はドイツに対して、全く気を許していなかった。今でも建造中の艦船には標準装備として実装されている。


 <マイソール>も例外ではなかった。開戦時から比較的早い段階で改装を受け、搭載されている。


 エヴァンズは深く理由の説明は行わなかったが、マーズは察することができた。同時に差し出がましいことを言ったことを恥じた。


「電文はいかがしますか」


「そうだな……」


 できるだけ簡潔に状況を伝えなければ、せっかくの支援も間に合わなくなってしまうだろう。


 ジブラルタルの司令部が救援要請の電文を受け取り、解読、上級指揮官に到達するまで三十分。そこから会議やら手続きを経て、付近の航空基地へ命令を飛ばすまで二時間。航空部隊の発進は……恐らく三十分もかからない。最後に、エヴァンズのいる海域に哨戒機が到達するのに一時間いや二時間と言うところか……。


「敵潜と思しき集団と戦闘中。至急、救援を求む。位置、時間……以上だ」


 マーズはメモに書きつけると、すぐに電信室へ伝えた。


 ちょうど、そのときだった。連絡員がソナー室からの報告を上げてきた。


「ソナーより感あり。方位112。距離不明」


◇========◇

次回10月14日(木)に投稿予定

ここまで読んでいただき、有り難うございます。

引き続き、よろしくお願いいたします。

弐進座


◇追伸◇

書籍化に向けて動きます。

まだ確定ではありませんので、

実現のために応援のほどお願いいたします。

(主に作者と作品の寿命が延びます)

詳細につきましては、作者のTwitter(弐進座)

もしくは、活動報告(2021年6月23日)を

ご参照いただけますと幸いです。



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