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純白の訪問者(Case of White) 4

【東京 築地 海軍大学校】

 昭和二十(1945)年九月二十五日


 海軍大学校の一室で黒電話が鳴った。そこは、表向き戦訓研究室となっている部屋だ。真実は宮内省直下の魔導研究組織、月読機関の根城だった。


「はい、こちらは北崎(・・)商会、総務の相馬(そうま)です」


 矢澤中佐は符牒代わりの偽名を口にした。彼が手にしている電話は、秘匿回線からかかってくるものだった。第三者に傍受される恐れは皆無に近いが、ゼロではない。殊にこの部屋の主は、味方の防諜意識に大いなる疑問を抱いているがゆえ、通信系統の暗号化を徹底させている。


『営業の遠藤(えんどう)です。先だって別部門で特価販売された北海道の物産に不備があったらしく、こちらで預かっております。保存に少々難がありまして……』


 電話口の相手は、経緯を簡略化し、最後に要求を端的に伝えた。


『ついては補填措置をお願いしたく』

「なるほど……承りました。上にかけあってみましょう。暫時お待ちください。折り返し、お電話致しますゆえ」

『承知しました。何卒よしなに……失礼致します』


 矢澤が受話器を置くと、部屋の主がのそりと執務机の紙の山から顔出した。


「何があった?」

「儀堂少佐からです。どういう因果かわかりませんが、例の竜種の幼体を預かっているらしく……」


 矢澤はかいつまんで報告を行った。六反田はわずかに眼を細めると、満面の笑みを浮かべた。ヤニで黄色く染められた歯がのぞく。


「好都合じゃないか。おい、あとで御調君を寄越してやれ。その他、不足があれば全面的に援助しろ。やれやれ……連合艦隊(GF)が横やりを入れてきたお陰で、回りくどい手を打たねばならんところだったが、その面倒がなくなるかもしれん。こいつは実にいい。ついているぞ」


 戸張大尉が捕獲した幼竜は霞ヶ関で一波乱を引き起こしていた。いわゆる管轄争いである。端的に言えば「誰のものか」という話だった。


 連合艦隊は竜の幼体、シロを捕獲兵器扱いとして管理しようとした。幼体の卵を確保したのは連合艦隊所属の飛行士であり、戦利品として既に登録済みと彼等は主張した。もっともらしく、正当性のあるものだった。


 一方、月読機関は魔導具扱いとして、自身の管轄であることを主張した。彼等にはネシスという前例があった。その前例をつくるために数年かかったのだが、そのような悠長を六反田が許すわけが無かった。彼は直接GFの山口長官の元へ直談判(殴り込み)をかける覚悟だった。


 ここまでならば、六反田と山口で手打ちをすれば良い話だった。これまで幾たびも口論を繰り広げ、ときには拳を交えた二人であったが、最終的には行きつけの料亭で飲み明かして和解に至っている。矢澤などの常識人には理解できない間柄であった。


 しかしながら、今回に関して酒精(アルコール)は解決策とはなら無かった。


 さらに輪をかけて、農林省が参戦してきたのである。彼等は魔獣とはいえ畜生の類いであるから、自分たちで管理すべきだと主張してきた。これはこれで一理あった。実際のところ、家畜類の飼育法や人材の管理を管轄しており、防疫という観点からも適当に思えた。また過去に魔獣の生態について研究を行った実績もある。


 ただでさえ泥沼の様相を呈した争いに、外務省が加わったことで混沌を極めることになった。彼等は非公式のルートで合衆国が所有権を主張してきていることを伝えてきた。いわく「オアフBMは合衆国領の一部で在り、そこで得たものは一切合衆国に帰属する」というものだった。


 これは完全に火を油を注ぐ行為にしかならなかった。各省庁の担当官は一斉に合衆国を非難し、外務省へ突っぱねろと言い張った。しかし、対米関係を良好に保ちたい外務省は難色を示した。


 霞ヶ関で幾たびも不毛な調整会議が開かれ、無数とも思える書簡のやりとりが行われた。


 誰もが解決の糸口を見つけられぬなかで、ついにGF長官の山口がしびれを切らした。彼は「それならば持ちこんだヤツに任せればよかろう」と言い、戸張大尉に管理を命じたのである。


「まったく霞ヶ関の莫迦どもめが。オレと多聞丸の親父(山口多聞GF長官)で話がつけられたものを……こじらせやがって。まあ、いい。向こうから転がり込んだのならば、山口さんも口を出すまい。おい矢澤君、儀堂君へ言ってやれ。委細承知した。一切任せろとな」

「わかりました」


 受話器を取った矢澤に六反田は付け加えた。


「ああ、矢澤君、もう一つ頼まれてくれ。その幼竜を押しつけられた大尉について調べてほしい。聞けば、あの荒唐無稽な命令を二つ返事で快諾したそうじゃないか。儀堂少佐の知古というのも、なかなか興味深い。こいつは(えにし)を感じるぞ」


 矢澤は肯くと交換手へ儀堂家へ繋ぐようにいった。縁とはよく言ったものだと思う。それを口にした六反田の顔つきは新しい玩具を手にした児童そのものだった。


◇========◇

次回11月3日(日)投稿予定

ここまで読んでいただき、有り難うございます。

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引き続き、よろしくお願い致します。

弐進座



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