表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

171/469

月獣(Moon Beast) 4

 このとき、B-29"トール2"の機長の目には高等学校(ハイスクール)の開けた競争路(トラック)が目に入っていた。それは、この巨人機の羽を休めるのにおあつらえ向きに見えた。


 トール2は自力で帰還不可能な状態だった。右主翼にある二発の発動機(エンジン)に月獣の黒針を食らっていた。一発は完全停止し、火を噴いている。もう一発はかろうじて生きているが、虫の息だった。本来なら燃料に引火する前に停止すべきだが、機体の安定を保てなくなる恐れがあった。左主翼も似たような状況だった。二発中、一発は完全に破壊されプロペラが吹き飛んでいる。不幸中の幸いだったのは、もう片方の発動機は無傷だったことだ。


 機長は自由が効かなくなりつつある操縦桿を操りながら、機体がロールしないように平衡を保ちつつ、グラウンドへ向けて着陸態勢をとった。高度三千メートルを切ったところで、ようやく彼は慌ただしく駆け回る存在に気がついた。


 見慣れぬ戦車の群れと兵士(ライフルマン)たちだが、少なくとも敵ではないだろうと思った。彼等の敵は今のところ魔獣以外にあり得なかった。それよりも、先客がいたことに彼は少しばかりの後悔を覚えていた。下の連中はさぞかし驚いているだろうが、機体は着陸態勢に入り、進路変更は不可能だった。


 降着装置(ランディングギア)を作動させ、車輪を展開させようとしたが、上手くいかなかった。どうやら月獣に攻撃された衝撃で壊れたらしい。腹に反応爆弾を抱えたまま、胴体着陸するしかない。


「アーメン」


 機上と眼下の者に対して、祈りを捧げると、トール2の機長は速度を緩めていった。

 高度千メートルをきったところで、一際巨大な戦車(モノリス)に目がつく。他の車両や兵士達が退避する中で、その車両だけがトール2の着陸予定地点(ランディングポイント)へ向かってきていた。巨体に似合わない素早さだった。


「何を考えている。死にたいのか!?」


 トール2の機長は呻くように言った。しかし、彼に結論をだす余裕はなかった。地上は直ぐそこまで迫っている。


 高度計が五百を指したところで、車両に刻印された旭日(ライジングサン)のエンブレムが見えた。


 数秒後、トール2の機体は地表へ接触(コンタクト)した。



 刹那の瞬間に向けて、本郷はマウスを走らせた。百八十トンを越える車体が滑るような動きで着陸予定地点(ランディングポイント)へ向う。それは重力とは無縁の機動だった。


 事実、このとき鋼鉄のモノリスは重力の軛から解き放たれていた。マウスの車体を取り囲むように、うっすらと緑の方陣が展開され、車体重量を軽減していた。


『ホンゴー、あれを助ければ良いの?』


 車体前部の操縦席からユナモが尋ねてくる。


「ああ、あの銀色の飛行機を無事に降りれるようにしてほしいんだ」


 見えない操縦手に向って、本郷は肯いた。内心では拭いきれない申し訳なさと焦りがあったが、おくびにも出さない。


―シカゴ上空を飛び交うB-29など、ひとつしか考えられない。反応爆弾を搭載した……。


 確信はなかった。本郷が合衆国軍が派遣したB-29の機数を把握していたわけではない。しかし、十分に予測できる事態だった。合衆国軍がシカゴBM相手に一発の反応爆弾で済ませるとは思えなかった。確実に消滅させるためなら、複数機をもってあたるだろう。


 ひょっとしたら、一発目の反応爆弾を投下した機体かもしれないが、そのような保証はどこにもなかった。本郷は悲観論者ではなかったが、軍歴(キャリア)によって最悪の事態を想定するよう条件付けされている。


―万が一、墜落によって信管が誤作動したら、ここは地獄になる。


 シカゴを一瞬にして灰燼に帰すような威力なのだ。起爆した場合、彼の中隊は壊滅を免れないだろう。


 額に汗を浮かべながら、本郷は展望塔(キューポラ)から身を乗り出した。


 もはや双眼鏡を使わずに目視できるほど、B-29は高度を下げている。マウスは黒煙に包まれた機体の横腹へ向けて、突っ込むような針路をとっていた。目測で相対距離は二百メートルほどだった。発動機の音と黒煙の臭いが感覚器を刺激する。


「ユナモ、B-29と並走させてくれ」


 マウスの右履帯のギアが回転速度をあげる。右方向への加速度がかかり、本郷は天蓋の縁に掴まって耐えた。

 マウスが旋回を終え、本郷の望み通りB-29と並走するようになったとき、巨人機は地面へ胴体からなだれ込んだ。

 すぐに右主翼がもぎ取れたのがわかった。着地の瞬間、わずかに平衡が崩れ、右主翼へ負荷が掛かったのだ。右回転(スピン)しそうな巨人機を前にして、本郷は叫んだ。


魔導索(マギーコード)展開(ヴァライシュテイン)! 頼む! あれを止めてくれ!」

了解(ヤヴォール)


 マウスから方陣が放たれ、土と黒煙にまみれた機体を包み込んだ。四十トンを越える質量が重力から解放され、機体の回転に徐々に制動がかかる。


 B-29は機首がやや右向きになりながら、危なげなく地表を滑走し、ついには完全に停止した。


 本郷はマウスを機首へ寄せると、放心している合衆国の二人の操縦士へ向けて怒鳴った。


早く出るんだ(ゲラアウト ナウ)!」


◇ 


 B-29の機長は夢を見ているような心境だった。右主翼がとれたとき、彼の脳裏に妻の面影がよぎり、最期を覚悟したが、杞憂に終わった。トール2はまるで魔法にかけられた(実際にその通りだった)かのように、軟着陸(ソフトランディング)を果たした。


 副操縦士が何事かを告げてきた。彼は機外を指さした。


 東洋人と思しき兵士が険しい顔で呼びかけてきているが、内容はわからなかったが、身振り(ジェスチャー)で意味はわかった。


「総員退去!」


 機内無線に命じる。幸い、搭乗員は全て無事だった。手近な脱出口から次々と出て行く姿を確認し、最後に機長は副操縦士と去ることにした。


「すまない、ウェンディ」


 操縦席を振り返り、長らく連れ添った機体に別れを告げる。

 トール2とは別に、彼が付けていた機体名だった。

 由来は伴侶のファーストネームだ。

 五年前、シカゴBM出現時に神の御許へ旅立っている。


◇========◇

次回投稿7月21日(日)予定

ここまで読んでいただき、有り難うございます。

もしよろしければ、ご感想、評価やブックマーク、ツイートをいただけますと励みになります。よろしくお願い致します。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「TEAPOTノベル」でも応援よろしくお願いいたします。

もし気に入っていただけましたら Twitter_logo_blue.png?nrkioytwitterへシェアいただけますと嬉しいです!

お気に入りや評価、感想等もよろしくお願い致します!

ツギクルバナー cont_access.php?citi_cont_id=681221552&s 小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ