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発動(Zero hour):1

【アイオワ州 ウィンターセット近郊】

 1945年5月2日 早朝

 

 本来レジスタンス(抵抗組織)とは、支配体制の圧政に対し、あらゆる抵抗を行う組織を意味している。文字通りあらゆる抵抗(・・・・)であるからには、その手段はサボタージュ、プロパガンダから武力行使まで多岐に渡っていた。近代史における代表的な例を挙げるのならばフランス軍のルール進駐に対する大規模なストライキ、もしくはナチスドイツの占領地域における現地住民の武力抵抗など枚挙にいとまはない。レジスタンスの組織形態や抵抗手段、呼称も地域によって異なっている。イタリアではパルチザンと呼ばれ、支那では結社もしくは党と呼称される。時代が移り、場所は変われども、ただ一つだけ共通した事実がある。彼等が抵抗する対象は常に同じ人類(・・)だった。


 しかしながら、新大陸(アメリカ)ではレジスタンスの抵抗対象に新たな定義(カテゴリ)が加わった。なにしろ彼等が抵抗(レジスト)する対象は人類(・・)ではなかった。かつて祖父達が大英帝国から独立(レジスト)して築いた故郷は、禍々しい(ファッキン)黒い月(ブラックムーン)魔獣(ビースト)によって奪われた。いまや合衆国東部におけるレジスタンスは、大小合わせて100近い組織を形成している。彼等は修正第二項(抵抗権)の精神を独自解釈して、各地で闘争を繰り広げていた。


 早朝、キンケイドはレジスタンスが拠点とする旧庁舎の屋上で準備に取りかかっていた。複数の機材と部品を古びたトランクから取り出していた。複雑なパーツによって構成されているが、キンケイドは手慣れた様子で迷い無く、組み上げていった。彼の予想ではもう間もなく、絶好の機会(シャッターチャンス)が訪れるはずだった。


 キンケイドが所属するレジスタンスは、自警団から発展した小規模なグループだった。彼がレジスタンスに身を置いたのは、いくつか理由があった。まず第一に、彼は高齢だった。30年ほど前ならば、合衆国軍が規定する年齢制限に引っかかることも無かっただろう。実際、彼は第一次大戦のときは陸軍に入隊し、後に彼個人のキャリアに繋がる実績(・・)を残している。彼が私物として持ち込んだカメラ(ライカ)で蒐集された戦場の風景は、大手の新聞各社の一面を飾った。キンケイドの撮影技術は卓越しており、彼の作品の一部(・・・・・・)は、戦時国債の調達と兵士の募集に一役買った。


 第一次大戦が終結した後、政府や大手新聞社からの誘いを断り、キンケイドは自然科学誌の専属カメラマンとなって世界中を巡った。彼は新聞社が見向きもしなかった写真に価値を見いだすようになっていた。具体的には「無表情で戦友の骸を積み上げていく兵士」や「破壊された廃墟を彷徨う老婆」などだった。彼にとって、それらが戦場の真実だった。


 5分ほどかけて、キンケイドは三脚に愛用しているカメラを備え付けた。先日、闇市で手に入れたカラーフィルムがあと3枚ほど残っている。


 やがて朝日がウィンターセットの全景を照らし出しはじめ、キンケイドが望む瞬間が訪れた。

 ウィンターセットを覆う小麦畑が一斉に黄金に輝くと同時に、彼はボタンを押した。


「フランチェスカ、今年も豊作だよ」


 亡き妻へキンケイドは告げた。妻が愛した黄金の風景(ゴールドビュー)だった。フランチェスカは彼の戦友の妻だった。第一次大戦終結後、無言の戦友に代わりキンケイドが遺品を届けたのが最初の出逢いとなった。以来、世界を巡りながらキンケイドとフランチェスカは文通を続け、1925年に籍を入れた。1941年、彼の妻はBMの襲来と共に天へ召された。彼がレジスタンスに入った第二の理由だった。彼は妻が愛した故郷を最期まで守り抜くつもりだった。


 背後でドアが開く音がした。


父さん(ダッド)、やっぱりここに居たのね」


 彼の娘が呆れたような目で見ていた。


「キャリー、どうしてもこの風景を残しておきたくてね」


 キンケイドは少し弱ったように肯いた。


「母さんの畑?」

「ああ。見事だろう」


 彼方を見る目で、キンケイドは言った。


「この畑を収穫できる日が早く来て欲しいよ」


 彼等の居る地域は未だに魔獣の勢力圏内にあった。そのため、いくら実りのある畑でも収穫することはできなかった。下手をすると、自分の命を魔獣に刈り取られることになる。


「昔、お前が生まれる前に母さんと内緒でここの屋上へ来たときを思い出すな」

「そうなの? 初めて聞いたわ」

「そうだったかな? 父さんはそこで母さんに指輪(リング)を渡した。そして帰り際、婚姻届を出したんだ」


 彼の娘は少し目を見張ると、弾けるように笑った。亡き妻の面影がそこにあった。


「まったく、それ狙ってやったの? そうよね? 母さんたら、意外とロマンチストだったのね」

「そうさ。ただ、お前の母さんは素直じゃなかったよ。だからこそ、有無を言わせない演出が必要だったのさ」

「なるほど、さすがはレジスタンスのリーダー、戦略家の父さんね」


 娘は笑った拍子に出た涙を拭うと、紙切れを差し出した。


「なにかな?」

「西海岸からの報せよ」


 キャリーは表情を少し硬くさせた。


「軍から……?」


 娘の様子から内容を察したキンケイドは、すぐに確かめた。


「一週間後か……」


 電文から小麦畑へ視線を戻した。ついに、この畑を収穫することができそうだった。



 5月9日、連合国軍の反攻作戦エクリプスが発動した。


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次回3月14日(木)投稿予定



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