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「ふう…………なんだ、今回の護衛は楽だな」
「おう、確かに魔物が出なくて楽だがよ。油断はするんじゃねえぞ?」
「わかってるよ」
街道を進む冒険者と馬車。冒険者はそれなりの人数で馬車の護衛をしている。馬車は恐らく商人の馬車と思われる馬車だ。ちなみに商人は馬車の中にいて、馬車を動かしているのは専門の御者である。そんな感じの馬車での移動だが、彼らはここに来るまで特に問題なく進むことができていた。通常街道とかでも魔物や獣はそれなりに出ることがある。ある程度魔物避けが設置させている場所もあるが、そういった仕組みを全ての場所に適応できるほどこの世界には安全でもそれを設置する国もお金があるわけでも労働力があるわけでもない。どうしてもそういった魔物避けが充実していない場所は多い。まあ、基本的にメインとされるような大きな街道にはそういった仕組みが仕込まれているものだが。
彼らはその大きな街道へと向かって進んでいる。街から街道に入り、そのまま大きな街へ。彼らの向かうのはこの国の首都への道だ。しかし、彼らはそんな道を進む中、特に魔物や獣に出会うことがなく進むことができていた。彼らにとっては安全であるためとてもいいことなのだが、やはり一切魔物が出てこないというのは少し奇妙に感じられるだろう。
「…………」
「どうした?」
「いえ、すこし……ちょっと悪寒がするんで」
「悪寒ねえ……」
護衛の中の一人、彼ら冒険者の中でも少しだけ勘の鋭い冒険者が呟く。悪寒、勘の鋭い人間とはこの世界にもそれなりに存在する。そういった人間は何らかの特殊能力を持つ、あるいは第六感が鋭い、または本能的な部分が強いか、あるいは特異な才があるか、ともかく何らかの資質はあるのだろう。それゆえに現在の状況に何らかの違和感、悪寒を感じていたのである。
「お前はそれなりに勘がいいからな……何か魔物が出てこなかった理由があるってことか?」
「わかんないです」
「ま、そりゃそうだな。わかってりゃ俺たちももう少し上に行けるぜ」
「おいおい、身の程は知っておいた方がいいってもんだろ。俺たちはあんまり大層なことができるほどじゃねえよ」
「そうだな。ははは!」
「ははは!」
「………………」
軽く笑い合う冒険者たち。しかし、やはり悪寒を感じた少し勘のいい冒険者はどことなく嫌な予感を感じてその冒険者たちのやり取りには入れないでいた。
「ん?」
「どうした?」
「いや、何か…………」
特に何事もなく進んでいた彼らであるが、道の先に枯れた木があるのに気づく。街道の傍にある枯れた木、通常ならばなかなか見られない。基本的に街道回りはある程度の規模の街道であればそれなりに整理されている。枯れた木なんかが存在すれば放置されることなく、切り倒されるなりしているだろう。少なくとも枯れたまま放置されることがない。もちろん今枯れたばかりならばそこまでおかしな話ではないが…………それは逆に奇妙な話になる。今、完全に枯れきった木に遭遇するということそのものがおかしいのだ。
「なんだ?」
「わかんねえ。でも、あの木……いや、木だけじゃねえぞ?」
「おい! ちょっと馬車を止めてくれ!」
問題なく進む道程、その先に起きている異変。枯れた木、それ以外にも周囲にある草木は枯れ、草木以外の生命の息吹もほとんど感じられない。
「…………どういうこった?」
「おい、もしかして悪寒の原因ってこれか?」
「………………わからない。でも、近づいている感じは…………っ!」
「どうした!?」
ぶるりと震える悪寒を感じた冒険者。ここに来るまでにもそれなりに彼は悪寒を感じていたわけだが、ここに来てさらにその悪寒は強くなり、そして今一気に悪寒は跳ねあがった。ぞわりと寒気が肌を撫で、一気に鳥肌が立つ。周囲の空気、周りのすべてが敵に回ったような、いや、周辺一帯そのものが彼に対し、忠告をしているような、そんな空気である。
「な、何かが………………」
ぞわりぞわりと、空気が加速的に変化する。悪い方向に。
「に、逃げ……!」
未だ昼の世界に、光を遮るような闇が下りる。いや、それは闇ではない。ただ光を嫌うがゆえに、光を遮り流し失わせる、それだけのもの。
「なっ!?」
「アンデッド!?」
「や、やばっ!! 逃げるぞっ! おい! そっちの馬車! 反転させろ、逃げるぞっ!!」
「ちっ! 魔法使いがいねえからどうしようもねえ! せめて誘導くらいはできるか!?」
アンデッド。それも実体を伴わない霊体のアンデッドである。ゴースト、悪霊などと呼ばれることのある存在。しかもそれはたった一体ではない。一体ならば脅威ではあるが恐ろしくはない。倒せずとも、逃げることも容易、避けることも難しくない。しかし、それは複数だった。群れているわけではない。いや、群れではあるのかもしれない。言うなればそれは集まってできた球。無数の霊体が寄り合わさり生まれた怪物。巨大な一個の悪霊群体。
「だ、ダメだ! 逃げないと! 勝ち目はない! 倒せない! 全員、飲み込まれるっ!!」
そう叫び、一人その冒険者は逃げた。悪寒を感じ、恐怖を感じ、それゆえに彼は恐ろしすぎてその場から逃げ出した。
「あ! おいっ!」
「今は気にするな! 仕事の方を優先しろ!」
「後で引っ捕まえて教育しなおすぞ!」
悪霊群体の誘導のため、冒険者たちは行動しようとする。しかし彼らは相手の強さ、相手の恐ろしさ、相手の大きさ……アンデッド、それも霊体の実体を伴わないアンデッドに関してかなりの無知だった。実体を伴わないアンデッドは魔法使いでなければ倒せない。それは攻撃できないからだ。実体が存在しないアンデッドに物理攻撃は一切通用しない……まあ、物理攻撃ではない物理攻撃も世の中にはあるためそういった例外はある。まあ、普通は攻撃できない。
攻撃が通用しない相手、一切の脅威ではない相手……そんな相手に誘導される存在がいるだろうか。そして、攻撃できないということはその逆もまたしかり。悪霊に対して抵抗できないということでもある。元来人の持つ霊体、霊質、アンデッドとなり果てる要素である霊の部分はそういったことに対する抵抗力はあるが、問題は相手の量。質よりも量である。水滴が大波に抵抗できるはずがない。
「うわああああああっ!」
「ぎゃああああああっ!」
「ひいいいいいいいっ!」
冒険者たちは悪霊に飲み込まれる。肉体は残ったが、そこに命の息吹はない。霊体を食らいつくされ、悪霊の群体の一部にされたのである。ただ、彼らにとっては幸いか、最後の仕事は成し遂げた。彼らが食われている間に馬車は反転し逃げることができたのであった。
「………………………………だれか………………………………たすけて………………………………」
悪霊の群体の中、小さく呟かれたその声を聞くものは誰もいない。伝わる報はアンデッド、悪霊の群体が現れたということだけ。馬車に乗り逃げ延びた商人と、怯えた果てにその場から逃げた一人の冒険者から伝わったその内容だけである。
※魔物避けは人通りの多い場所、あるいは魔物が出現しやすいため出現頻度を抑えたい場所などを中心に仕込むことが多い。魔物避けと言っても仕組みのつくりはいろいろ。
※第六感、あるいは勘など特殊な能力とは別なまた特殊、特異な才能もこの世界にはある。
※アンデッドの類はこの世界では魔物。いや、魔物という以外にはない。元々生ある者が死した後よみがえると言うのは明らかに世界の摂理に反するがゆえに。
※アンデッドには魔法が有効。基本的にすべてのアンデッドにはそうで、実体無きアンデッドは魔法のみが有効、というのが一般的認識。とはいえ餌を見つければ攻撃が通用せずとも誘導される可能性はある。それがまともな意思や本能的感覚があるのなら。




