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「…………ところでアルディーノ。一体何の用で家を訪ねに来たのかしら?」
「……ああ! すっかり話がずれていたから用件を忘れていたよ! 重要なことだったのにね!」
最大の原因はヴィローサの暴走だが、それを招いたのはアルディーノであるため結果としてはアルディーノが悪い、ということになるのだろう。もっとも誰が悪い、何が悪いということを言い合ったところで意味はない。そもそも何が原因かアルディーノ自身も特に興味はないだろう。
「何の用だったんだ?」
「僕らの魔法薬を作るのに使う材料がなくなっていることさ。僕らの仕事の一環でもあり、研究の一環でもあり、様々な魔法使いの役に立つ魔法薬、それを作るための材料の調達を冒険者ギルドに頼んでいるだろう? それが最近うまくいかなくなっていることは気づいているかい?」
「そうだったのか?」
「そうだったの?」
「まったく……! この二人は自分の興味以外は基本的に意識を向けないな! 特にロムニル!」
研究者としてはとても優秀……と言ってもいい二人だが、それ以外の面ではずぼらだったり雑だったり適当だったりする。ただ、家庭的なこと……夫婦に関わる事案、料理とかそういう方面は手を抜かないのがリーリェである。ロムニルは本当にだめだが。家事は割と普通にするが、家のことはあまりしない。矛盾というか、どこか間違っている気はするが、夫婦関係を良好に保つための家に関することはちゃんとする、というのがリーリェのスタイルである。
まあ、細かいことはともかくそんな二人であるため、外界のこと、家の外の色々なことは魔法使いに関わることであっても研究に直接関わってきていないのであれば基本的にあまり興味は持たず、どうでもいい情報として処理される。最近魔法薬の材料となる素材が冒険者たちによって収集されていないことは彼らは気づいていなかった。彼らが作る魔法薬の材料は既にある程度十分な量が確保されているためである。もっとも、それが無くなり依頼を出さなければならなくなったら気づいただろう。
「君は気づいていたかい?」
「……俺は冒険者だから何が起きているかは知ってる。ただ、そこまで問題になっていたのか」
「やっぱり知っていたか……」
「何? 何が起きているのかしら? 面倒なことになりそうなの?」
「実はこれは定期的に起きていることだから先に言っておくけど、まあまあ面倒事かな」
「定期的?」
「そう、定期的」
アルディーノは今回の出来事……魔法薬の材料が取れなくなることは定期的に起きている出来事である、と言っている。これに関してはアルディーノがエルフであるということが大きな要因となる。
「僕はエルフ、長寿の種族。だから今までもここオーリッタム近辺で起きる魔物の増殖に関することは知っているんだ。魔物の増殖は定期的に起きて、その結果その魔物が魔法薬の素材を荒らす。その結果魔法薬の材料が取れなくなる、冒険者が集めることができなくなるわけだ。魔物のせいで」
「……なるほど。しかし、定期的に起きているなら対策くらいは打てるんじゃないのか?」
「打ってもねえ。実はいくらか事前に対応したこともあるんだよ。魔物が増殖するならその魔物を減らそう、とかね。あとは魔物自体をこの地域から根絶するとか。でもダメだった。魔物はそもそもその発生要因が明確じゃないんだ。ゴブリンとか、とんでもない繁殖能力を持つことは解っている。でもゴブリンを根絶すれば繁殖能力が高かろうが低かろうが関係ない話だよね? だから実際に一地域で絶滅に近い状態に持ち込んだことがある。草の根をかき分けてまで探してね。でも、なぜかゴブリンはある程度の期間いなくなっただけで、すぐに戻ってきた……他の地域から流入したのではなく、突如何処からともなく現れて、ね」
「………………」
「魔物の中には二種の特長が混合した生物もいるけど、それらだってそもそもそれらの生物がかけ合わさって生まれた物ではないはずだ。人と馬がかけ合わさることは有り得ないだろう? まあ、魔法という特殊な技術もあるけど、それだってそういった存在を作るには至っていない。じゃあなぜそういった魔物は生まれるのか? それに関してはわからない。でも、今の所魔物は基本的に自然発生的にどこかにいきなり出現するものである、という考え方で見られている。増殖に関しても同じで、その魔物がなぜか一気に増えてあふれる、そういう出来事が起こる。たとえどのように対処したとしても。まあ、それらの素材を守る壁でも作ればいいんだけどね? そうしようとしてもそちらだと予算がねえ……魔物が増えて壁に攻撃してくるから消耗も激しいし、その一時のために壁を作る予算を出すって言うのもね。そういうことで、基本的には対策はされておらず、それが起きた時に対応する状況になっているんだ」
アルディーノは魔物の出現とその不思議について語る。魔物はこの世界においてなぜ発生するのかもわかっていない謎の存在である。ただ、それは自然の流れで発生する生き物ではないということは明確だ。そもそも魔物が魔物と呼ばれるのは魔物がこの世界の摂理に反する存在であったり、その能力を有するから。ありえない二種の生物の混合した生物、妖精や精霊のような親を持たない自然的な特殊能力を持つ生物、そういった異常な生物であるがゆえに対策の打ちようがない。打てる対策も対処療法的な物であったり、相手ではなくこちら側、つまりは素材の方を守る手段でなければならない。
だが、それを守る側にはいろいろな策がある。護るために必要な予算、壁を作る手間や費用、土地の確保と安全の維持、素材が自生できるように環境を維持する手間、現在の状況を維持するのならばともかく、守るために新しい状況を作り上げると手間が格段に増える。ゆえに、増えた時にその魔物を間引くことで対処することを選んでいるのが現状である。まあ、その分素材に被害が行くのだが、ちゃんと対処すれば素材は自然に回復する。もともと何もしなくとも素材はずっとあったのだから対処しなくとも素材自体はこれからも維持されるだろう。その代わり人間が確保する余裕がなくなるのが問題となるわけである。
「そういうことで、どうにかして魔物に対する対処をしたいと思うんだ。ロムニル、リーリェ。行くよ」
「いや。行くよじゃないぞ?」
「そうよ。別に参加しないとは言わないけど、いきなり連れていかれても困るわ」
その対処ということでアルディーノはロムニルやリーリェを巻き込むつもりだったようだ。これまでも同じようにエルフである彼は人間の魔法研究者を巻き込み対処してきていたのだろう。もっとも、いきなり連れていかれても何もできないと思われるのだが。
「……それは別に俺も参加していいんだよな?」
「キイ様、私も手伝うわ」
「ん? ああ、君たちも参加してくれるのかい? そうか、冒険者だったか? ならぜひ頼みたい!」
当然公也もその催しに参加する。まあ、魔物退治のついでに素材の確保と維持を行いたいという意図もある。後はエルフに関して少し興味があり、アルディーノの観察を行いたいというのもあるだろう。また、魔法研究者が戦う様子がどのようなものか、それを見たいのも一因か。ともかく、公也にとっては得る知識の多い出来事である。手伝わない手はない。
※エルフは長生きなので昔起きた出来事を含めた周期的出来事にそれなりに詳しい。
※魔物の発生は基本的に明確な生物などの何かをきっかけにしたものではない。世界の摂理からずれた、通常の生物にはありえない何かで発生している。なので絶滅させたところで本当に絶滅したとは限らない。
※以前対策を打ったこともあるのに他の人は知らないの、という疑問。そもそも何時誰がどこの国が対策を打ったのか。そもそも定期的、というのはどれくらいの期間かという問題。この世界は情報が中々いきわたらないし国の興亡も結構激しい。果たしてアルディーノが話したことは何時行われたことについての話なのか。




