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「……ということはそちらも魔法は"現象"を起こす物である、と考えてるのか?」
「魔法を使っていれば自然とそういう答えに行きつくものだと思うんだけどね……魔法使いの中には、精霊が魔法使いの意思を受けて魔法を使ってくれている、とか魔法は呪文などに特定の反応を示す世界の法則だとか、色々と言う人間もいる。答えとしては近しい場合もあるが、やはり魔力によってこの世界に魔法使いの望む特定の現象を引き起こす物、と正しく考えるものは少ない」
「なるほど」
「この現象はいろいろと面倒な癖がある。現象といいながら、実際には起こり得ないことも起きているからね。空間魔法や時間魔法なんかはそういった傾向が強い。時間は巻き戻らないし、空間は広げることも狭めることもできない。物を置いて疑似的に狭くすることはできても実際に空間そのものが狭くなることはないし、その逆で物をどけても実際の空間が広がるわけでもない。時間が戻らない、というのは当然の摂理。それを戻す魔法は通常の現象では絶対にありえないことだ。水中で物を燃やしたりとかもあり得ないことだし、そういった魔法は通常ではありえないことを起こすこともある。だからこそ現象であると断言することは普通の魔法使いにはできない。不可能なことを行っているから」
魔法使いの起こす出来事は通常の現象では説明のつかない物事も多い。風の刃や水の刃は実際に色々と実現が難しい出来事で本当にそれが可能かどうかは怪しい面もあるし、空間魔法の亜空間の作成とその空間につなぐ空間の穴の作成はどう考えても現実的な事柄ではない。酸素がないのに、燃える物がないのに、物を燃やせるのは一体何故か、水の中で炎を燃やすことができる魔法は通常ではありえない出来事を引き起こしていると言える。まあ、水中で物を燃やすことは不可能ではなかったりするのだが。そういう意味でも魔法はやはり現象であると言える。
「魔法は本来この世界にありえないとされるような"現象"も、魔力を用いて疑似的に引き起こす。そういうものだ」
「正確には魔力が現象を維持するのに必要な要素の代役になるんだけどな」
「なにっ!? それは本当かい!?」
「……ああ。炎の魔法がいい例だろう? 炎は物が燃えること、空気があること、物が燃えるのに必要な熱量があることが燃えるための条件だ。魔法の炎はそれが存在しない状態で炎を発生させている。実際にはありえないが、現実にそこに炎は発生している。魔力を断てば炎は消える。だけど、物に炎を移せば魔力を断っても消えない。それは魔力で代用する炎を維持するために燃やすための物が確保されたから、だ。熱量は炎があればそれだけで維持され、空気は周りにたくさんある。だからわかりやすい例と言えるな」
「ふむふむ……では空間系の魔法はどうだろう?」
「魔力で疑似的に空間を作成する……ものだと思う。最初に空間を作る際の魔力は大きいが、それ以後は空間を維持するための魔力になるから維持に必要な消費魔力は作る時よりも減る」
「つまり存在していない現象を引き起こす場合は魔力の消費が大きくなるが既に発生した現象を維持するのには魔力の消費は少なくなる、と。ふむふむ……」
公也の魔法への理解は公也が食らった魔法使いの知識からの物もあるが、公也自身が魔法を食らうことで魔法自体から得られた情報もある。それゆえに公也の魔法への知識は普通の魔法使いよりもより正確で情報量も多い。
「なるほどなるほど……ところで、魔法は"現象"である、というのはわかるよね? なら魔法を使うための呪文に関して疑問に思ったことはないかい?」
「特に。呪文はそもそも魔法を使うために必要な要素、情報の一つでしかないだろう」
「ほう。魔法は呪文がなくとも使える、というのかい?」
「ああ。魔法陣とか、杖で呪文の使用を緩和したりする例はあるだろう? それはつまり呪文でなくとも呪文の代わりになるものはあるということになる」
「そうだね。実際魔法薬を用いた魔法の使用もあるし、魔法陣の使用もある。儀式的な方法ので魔法だって世の中にはあるし、杖なんて多くの魔法を使える人間が簡単に魔法ができるようになるために持つことも多い。そう、呪文は魔法を使う上で絶対に必要なことではない……ならばなぜ魔法使いは呪文を唱え魔法を使うのか? いや、魔法使いはなぜ呪文を使う必要があるのか? そこに答えは行きついているかい?」
「魔法は"現象"。その現象をどう発生させるのか、どのような現象を望むのか。それを叶えるために呪文がいる。魔法使いのイメージだけでは魔法は使えない。いや、魔力によって無理やり使うことはできるが、呪文などがない場合の魔力消費は増える。ただ、魔力だけでも魔法は使える。ただ、効率が悪い。呪文は魔力を魔法に変換するための式、言うなれば魔法への魔力変換式、だろう?」
「素晴らしい! まさかそこまでの答えに行きついているとわね! 僕たちの派閥でもそこまでちゃんとした答えに行きついてる人は少ないんだ! いやあ、まさか君のような冒険者になっている魔法使いの中にそれだけの知識を持っている者がいるなんてすごい話だ!」
公也の答えに魔法使いの男性はとても歓喜している。まあ、彼の言う通り公也のような答えに行きつく人間は彼らの派閥でも少ないということらしい。彼が持つ答え、それと同じ答えを持つ公也はある意味彼にとっては仲間のようなものとして見えるのだろう。そしてそこまで含蓄の深い公也の存在、それと出会ったことはとても喜ばしいことだ。ましてや公也の持つ知識は彼の持つ知識よりも深く広い部分まで伸びているのだから。
まあ、公也の場合はこの世界の魔法使いの女性の知識に元の世界の化学的な知識、魔法そのものから得た知識などがあるからであり、公也自身は知識を求める者としての性質は強いがそこまで頭がいいとは言えない。そういう点では独力でその答えに行きついている男性の方がよほど魔法使いとしての能力、才能は高いと言えるのだが、まあ狡い能力でもその能力も一つの才、そういう点では公也は極めて才能に恵まれていると言えるのだろう。
「呪文は魔法を使うための必要な工程、変換式。別に呪文でなくともいいが、魔法陣や杖では籠める意味が固定される。呪文の場合、呪文自体が意味を持つ。つまり呪文を変えることでより魔法を使う高率をよくできるし、魔法の威力の変化、使用用途の変化も可能だ」
「変換式である呪文もそうだがイメージも重要だ。よりその現象に対する認識も重要になる」
「確かに。まったく知らないことでも呪文を唱えれば発動はできる。しかし、炎を浴びたことのある人間とそうでない人間では炎の質が違っていることが多い。歴戦の魔法使いは戦闘で攻撃を受け、その結果より強い魔法を使える人間も多い。最近の魔法使いはそのあたりをより追究しようとしないからね」
「魔法を浴びたいものはいないし、怪我をしたい人間はいないと思う。当然だと思うが」
「はは、まあそうだね。でも、炎がどうやって起きるのか、その発生の原因から仕組みの解明、弱点の把握どういう状況で無効化されるのか、様々なことを調べればそれは魔法に生かせる。直接浴びずとも、手をかざし実際にどんな感じなのかの体感はしてみたほうがいいし、物が燃える様、その変化を見ると見ないでは魔法の性能も違ってくる。なにより、僕たちのような魔法使いはより研究に対し貪欲であるべきだ。やれることは何でもやってみるのが一番なんだよ」
「……確かに」
あらゆる知識を求める、あらゆるすべてを己の物にしたい、喰らい全てを得る。そんな本能的性質を持つ公也だからこそ、男性の言っていることに関して賛同できるものだと考えている。とはいえ、あまり過剰に行き過ぎるのはどうか……と自分の悪い点の自覚もあるし、それを他者に押し付けるのも良くはないという認識もある。まあ公也はそれを制御できないからこそここにいるともいえのだが、細かい話はともかく、魔法使いの男性との会話は公也にとっては面白く感じることであった。
※摂理から外れた行い……魔物が摂理から外れた生き物なら魔法は摂理から外れた力なのでは?
※呪文はそれなりに重要性のあるものだったりする。完成された魔法、多くの人間に使われた魔法はそれ自体がある程度一定の形を持つ。知る人間が多いほどそのイメージは固定され、単純に呪文を唱えるだけで発動できるようになる。誰でも一定の威力を魔法で引き出せるというのは大きな利点である。その代わり既にあるイメージ以上の力で使うのは難しくなる。ただし例外はないわけではない。




