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「……………………」
「やあ、ここいいかい?」
「…………別に構わない」
「そうか。なら座らせてもらうよ」
公也は今日も図書館に来ている。ずっと図書館で、というわけではないが、必要がある限り図書館で色々と情報を得ている。いや、公也にとっては情報を得ること自体、本を読むこと自体が重要、知識を得るということを求めるうえで本を読むのはもっとも簡単な手段である。それゆえに本を読み知識を得る。もっとも、知識を得るだけではあまり意味がなく、その知識の実体、事実が正しいのかどうかを調べる意味合いもあり、己の行動でそういった内容に関わることを調査したりもする。なので図書館ばかりにいるわけではない。まあ、この日は図書館で知識を得ていた、ということになるが。
そんな公也だが、図書館に来る魔法使いからは大なり小なり興味を持たれている。一つは公也の身なり、格好の奇異さ。一応公也は比較的冒険者らしい装いであるが、そもそもその装いもかなり大雑把である。他の見た目部分、身体的特徴も別に気にかかるというわけではない。一番気にかかるのは公也が冒険者であるらしい、その事実の方だろう。図書館に冒険者が来るということ自体がそもそも異常だ。まあ、魔法使いの冒険者ならばまだおかしくないのだが、公也はどう考えても普通に剣士にしか見えない。それゆえに変に思われているのである。冒険者だって時々図書館に来るが、公也の場合はその頻度がおかしいので余計に。
また、見た目とかそういう部分以上に、連れている存在がまずおかしい。妖精の冒険者ということ自体そもそも奇異なのだが、冒険者が妖精を連れて冒険者業をしているということもまたおかしい。それ以上に妖精が人間に自分の意思で一人の人間に従い続けているというのも珍しい。妖精は基本的に気まぐれですぐに別のことに意識を向ける傾向がある。それゆえに一人の人間に従い続けるということはほぼない。いや、そもそも人間に従うこと自体かなり珍しいケースである。妖精は自由であり、気まぐれであり、幼稚であり、自然である存在。それゆえに妖精は一つ事にとらわれず、自分の在り様のまま自由にやりたいように、成したいように生きる。だからこそ妖精を従えたいのであれば、その力を封じて従えるしかなく、ペットという手段でしか傍に置けない。危険性もあるゆえに。その点でいえば、ヴィローサは極めて特異な事例と言える。だからこそ、公也の傍にいるヴィローサに対して興味を持つ魔法使いも珍しくない。それが通常では見られない、野生の妖精に近しいのであればなおさらだろう。もっとも、それはつまり危険性も普通の妖精に近いということなのだが。
「…………なにかしら?」
「え? ああ、いや、珍しいので見させてもらっているよ」
公也の隣に座った魔法使いの目的はヴィローサであるようだ。ある意味勇気があるというか、遠慮がないというか、それを目的に公也の隣に座るのはどうなのか。もちろんそれが一番ヴィローサを調べる、確認する、見るうえではいいのだろう。ヴィローサは公也の傍に座っているわけである。机の上に。ちなみに土足ではないし、座る部分には布を敷いて机が汚れないように気を使っている。なお、公也の指摘ではなく自発的なもの。これは公也に迷惑をかけないための彼女なりの配慮である。
ついでに本も読んでいるヴィローサであるが、そのヴィローサに向けてぶしつけな視線を送っている魔法使いに少々ヴィローサもイラっとしている。まあ、彼女は別に他者に興味はないし見られる程度でどうにかなるわけではないが、じろじろと見られればそれはそれで嫌なものだ。
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
「……キイ様、これ何とかして!」
「………………」
「いや、さすがに他人をどうこうするのは……」
「見ているだけだけど、ウザいの! 何とかして……くれない、かしら? キイ様……」
「………………」
「……まあ、こういっているわけだが」
「………………」
「………………」
「………………」
「ちょっと!? なにキイ様を無視してるのよ!? 殺すわよ!?」
「おお!? これは……妖精の姿? 本来の妖精の姿か!?」
「………………」
「何!? いきなり興奮しだしたんだけど……!?」
「ふむ、これが妖精の本来の姿……大昔妖精は今のように人の姿を持たず、もっと原始的な姿をしていたという話もあるがもしやこれがその……」
「………………」
「ちょ、や、やあっ!? キイ様、なんとかしてちょうだいーっ!!」
「ふむふむ、ちょ、ちょっと待ってくれ! さっきのをもう一度、もう一度!」
「………………」
「キイ様ー!」
「頼む! もう一度やってくれ!」
「……なんだこれ」
思わず頭を抱えたくなる公也。このオーリッタムにいるような研究馬鹿の魔法使いはこんな感じで少し頭の可笑しい面倒くさいのが多かったりする。そんな魔法使いに絡まれ、色々な意味で人間、公也以外の人間全般にトラウマを持ちそうなヴィローサを助けるために公也が動こうとしたところで、別の所から横やりが入ってきた。
「お客様方」
「……あ」
「誰!」
「なんだ!? 邪魔をするな……」
そこにいたのは、図書館の職員である。基本的に図書館は本を読む場所であり、研究をする場所でも話し合いをする場所でも、ましてや叫んだりするような場所でもない。あんな風に大きな声で言い合いをしている場合、他の通常の客にとても迷惑なわけである。とうぜんながら、そんな行動をしている者を止めに職員が来るのは当たり前だ。
「本日のこれ以上の図書館の使用を禁じます。今回は注意です。以後、同じことがあれば警告とし、さらにもう一度同じことがあれば……図書館の使用を禁じさせていただきます。よろしいですね?」
「……はい」
「…………キイ様と同じく」
「…………わ、わかった」
流石に図書館の職員に対して文句を言うことも逆らうこともできず……三人は従うのであった。
「すいません、書物の本棚への返却をお願いできますか?」
「はい、もちろんです」
どさりと置かれている公也が持ってきた本を返す手間をさせるのは少し心苦しいが、使用を禁じられた以上留まるわけにもいかない。そういうことで三人は図書館の外に出ることになった。
「さて、妖精の観察を……」
「なあ」
「なんだ?」
「悪いが、これ以上は勘弁してもらおう。ヴィラは見世物じゃない。本人の意思を尊重してもらえるか?」
「……………………」
「妖精に興味があるのならば、自分で従えてみたらどうだ? ヴィラみたいに、人についていきたいと思う妖精もいるかもしれない。実例があるのなら他にも同じような存在がいるかもしれないだろう? 自分で試すほうが他人が従えている妖精で調査するよりも検証結果も出しやすいと思うが」
「ふむ、確かに。それならば…………」
ぶつぶつと考え始める魔法使い。そんな魔法使いを横目に、公也はヴィローサを連れて図書館から離れる。
「え? あれ、いいの?」
「ああ。あの調子ならそのうち自分で妖精を捕まえに行くようになる。いなくなればいいんだが……まあ、そう都合よくはいかないかもな。もっともこれ以上図書館でかかわってくるようなことはないと思うが」
流石に図書館を完全に出禁になるような行いはしない……と信じたい。まあ、研究馬鹿ではあまりそういうところでは期待できないことの方が多いためあまりに相手を信じるのはよくない。
「ま、しばらくは図書館を使うのは控えるか……フーマルも冒険者としての仕事を従っているし、しばらくはそちらに従事するか」
「別にフーマルのことを気にしてやる必要はないと思うわ。キイ様がしたいようにするのが一番よ」
「そうだな。だから冒険者業をしばらくやるのでいいさ」
「そう。キイ様がそれならそれでいいわ」
別に図書館にいなければいけないというわけではない。ある程度、必要な分さえ読み終われば冒険者としての仕事を全部経験したのち、また別の街へと向かうのだから。そう思いながら、翌日の冒険者業について考えつつ、公也はヴィローサと街を巡る。たまにはそういう感じでのんびりと過ごす時間があってもいいだろう。
※頭のおかしい妖精だが頭のおかしい人間を相手にするのは苦手らしい。




