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いつも通り、宿にて目覚め冒険者ギルドに依頼を受けに行く公也達。基本的なサイクルは公也たちのやることは変わらず、フーマルが時折休む以外はほぼ毎日冒険者の仕事である。まあ、冒険者も仕事であることには変わらず、仕事日は仕事をするのが基本、その仕事と休日の区分、頻度の違いがそれぞれの冒険者の能力や性格が影響する点だろう。そういう点では公也は実に勤勉であると言わざるを得ない。フーマルのように時々休みを求めるくらいが普通だ。まあ、公也の場合は体力的な疲労をほとんど感じない、命の危険を感じることが少ない、持ち得る能力が多く強いなど様々な点で冒険者として優秀であるから、というのもあるだろう。
まあ、そういった理由はともかく、公也は勤勉に冒険者ギルドに訪れ仕事を探しに依頼を確認している。
「っ!」
「ん?」
そんなふうに依頼を見ている時、不意に声が……いや、声というわけではないが、びくりと震えるような誰かの反応があった。多くの冒険者はそれには気づかないが、公也は感覚の鋭さもあるからか、あるいはその震える原因の一角であったからか、その様子に気づく。その震えがあった方向にいたのは女性の冒険者である。ただ、それは見知らぬ冒険者ではなく、前日公也に迫っていた冒険者だ。しかし、今ではその時の様子は見る影もなく、公也の方に恐怖の表情を向け、離れて関係ないようにふるまおうとしている。前日のことを考えると突然すぎる変わり様である。
「ん? あれ? 確かあの人って師匠に話しかけてた人っすよね」
「話しかけていたというか、パーティーに入りたいって言ってきてたな」
「でも今は…………何すか? 怯えてるような感じっすね。師匠なにかしたっすか?」
「してない。まあ、こちらに来ないならこないで別に構わないだろう。特にパーティーに誰か入れるというのは今の所考えてはいない」
現状公也の冒険者パーティーは今のままでいい。少なくとも公也はそう考えている。フーマルとしては他にも冒険者仲間がいた方がいいな、と思うところではあるものの、元々フーマルはソロで活動していたこともあって当てもないので特にそのあたりは何も言わない。公也は自身の都合もあり、仲間に入れるのであれば秘密を守れるような相手か、あるいは自分の言うことを聞く相手がいい。もしくは細かいことを気にしないようなタイプか。少なくとも暴食をバレないようにしたい。そういう意味では変にパーティーに入れるように迫ってくるような冒険者はいないほうがいい。
「しかし、あんな感じでこっちから離れていく冒険者って何人目だったすか?」
「いちいち気にしていないから数はわからない。まあ、今までも何人かいたな」
今回の様にいきなり様子の変わった冒険者は他にもいる。その全ては女性冒険者であり、前日公也に迫っていた冒険者である。
「何か呪われているんすかね?」
「何故呪われていると考えるんだ…………まあ、呪いと言うよりは……」
「言うよりは?」
「いや、なんでもない」
視線を一瞬だけ、本当にちらりと公也はヴィローサの方に向ける。今までの冒険者もそうだが、彼女たちは公也を見てではなく、その傍らにいるヴィローサを見てその反応を見せていた。これまでのその反応に公也も気づいている。そもそも、ヴィローサの性格、精神性、その在り方、今までずっと公也に対するヴィローサのスタンスを見ていれば自分のために公也に迫る女性冒険者を好ましく思うはずがない。公也の知らない裏で動いていたとしてもおかしくはない。
まあ、そのヴィローサの動きに公也は気づいている。気づかないはずがない。実際にその現場は見ていないものの、常に公也の傍にいようとするヴィローサが普段はしないような行動をして、その後に今のような反応を女性冒険者は見せているのだからその関連性を疑わないはずがない。もっともそれをわかっていても公也はヴィローサにそういった行動を止めるように言うつもりはない。公也の言ったように公也にとっては女性冒険者が自分から離れるようであればむしろありがたいくらいである。まあ、あまり過剰に脅しをかけたり、最悪の場合殺したりしてしまうのではないかという不安もないわけではない。公也にとってはどちらかというとそちらの方が不安に感じるだろう。少なくともヴィローサに対しては公也は親しく思う気持ちがあるゆえに。
「まあ、そういったことを気にしていないで依頼を探すぞ」
「そうっすね。でも、結構いろいろ受けてきたけど何を受けるっすか?」
「そうだな…………」
公也は現在Dランクの冒険者となっている。しかし、基本的にランクが上がったところで受けられる依頼は極端に増えるということにはならない。そもそも今公也のいる街ロップヘブンではDランク冒険者の数はかなり少ない。根本的にロップヘブンはあまり危険な依頼や仕事として重要な依頼なんかはなく、多くの依頼はEランクFランクで出来るものが主体である。一応少し難易度の高い依頼もあるが、Dランクでなければ受けられないというほどでもなく、Dランクになったところで受けられる依頼はほとんど増えない。増えた依頼に関してもすでに受けて処理している。今までも受けられる依頼は可能な限り受けており、冒険者ギルドの中にある依頼は基本的にほとんどすべてを受けたと言っていいだろう。得意なこと不得意なこと、色々とあるかもしれないが公也はいろいろと応用が利く魔法を持つゆえに様々な依頼を種類難易度危険性など気にせず受けている。
しかし、現状これ以上他に新しく受ける必要があるような依頼……いや、公也の受けたことのない依頼、というのはほぼない。あるにしても公也ができるものではない……あるいは公也ができるにしても時間がかかるものであったりして、公也としては今受けることは少々考えざるを得ない依頼くらいしか受けたことのない依頼が残っていない。
「…………とりあえず、これを受けよう」
一つの依頼を取り、それを受ける。ただ、難しい顔をしながら公也はその依頼を見ている。
「フーマル。依頼を終えて戻ってきたら宿の俺の部屋の方に来てくれ」
「え? も、もしかして呼び出しっすか!? そ、そういう目的で……!」
「フーマル?」
「脳無し? 冗談でもそういうことを言わないのが身のためよ? 死にたい?」
「も、もうしわけありませんでしたっす!」
その手の冗談は流石にシャレにならないと言うか、あるいは質が悪いと言うか。ともかく、その手のネタに関しては嫌悪や怒りを見せる公也とヴィローサ。流石に二人共を怒らせる内容だったことに素直に謝る姿勢を見せるフーマルであった。
この日も順調に依頼を遂行し、街に帰って来て冒険者ギルドに報告し宿へと戻る三人。依頼によっては翌日に報告になるようなこともあるが、この日の依頼は普通に一日で済ませられるものであったようだ。そうして宿に戻ってきた三人であるが、フーマルは一度部屋に戻った後、公也の部屋を訪れる。
「師匠、いるっすか」
「ああ。入っていいぞ」
公也の部屋は二人部屋。通常の冒険者であれば男二人で二人部屋をとるのかもしれないが、公也のパーティーの場合公也とヴィローサが二人部屋である。一応男女同室というのは問題がありそうなものだが、公也は気にせずヴィローサはむしろ望ましいと感じているもので、特にヴィローサは毎日公也の寝ているところに潜り込むくらいだ。もっとも、男女の間違いみたいなものは起きていない。ヴィローサにとっては間違いが起きてくれた方がうれしいものと思われるが。
「二人ともいるっすね」
「当たり前よ。それで何の用?」
「いや、師匠に呼ばれてるっすからね?」
朝に公也に呼ばれたので来たわけである。ヴィローサにとっては二人の時間を邪魔されてむかつくといったところだ。だからこそ理解していてもそういった言葉が出てくるのだろう。流石に公也の事情で呼ばれていることを理解していないわけではない。
「で、何の用事っすか?」
「ああ……今後についてだ」
普段するような雰囲気での言葉。そのため、その言葉の意味を深く考えなかったフーマル。しかし、次の言葉で不意打ちを受けたかのようにフーマルは驚いた。
「そろそろロップヘブンを出ていきたいと思う」
「へっ?」
ロップヘブンを出る。公也はそうするつもりであるらしい。
※ロップヘブンは地方寄り。田舎の方。
※男女の間違いは起きない。そもそもサイズが違うので難しい。




