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暴食者は異世界を貪る  作者: 蒼和考雪
二章 魔法使い
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2


 ヴィローサは毒の妖精である。その性質は毒だが、見かけでいえばやはり通常の人型に近い。しかし、空を飛ぶその様子はどことなく虫のように見える。そしてその本性を見せているときもまたどことなく虫のように見える。特にその眼は異様だ。もっとも虫のような複眼ではない。人間的ながら、眼の無機質さ、また黒く染まった通常の人間の白目とは逆の様子、普段の瞳の色とは違うその眼はどことなく広がり尖り変貌している。全体の色合いの毒々しさはより色濃く現れている。普段も少々毒々しいが、それよりもさらに色が濃くなっているのである。見かけは可愛らしい、人間的に言えば美人と言ってもいいが、普段から色合いが毒々しくてどこかあまり関わりたくない……それは雰囲気の問題もあるだろう。毒の妖精であるがゆえに、周囲に毒を撒く、それを人の部分が抑え普段は見せないのだが、それでも周囲は何処となく彼女に近寄りたくない関わりたくないと思うだろう。まあ、本人にとってはどうでもいいことだ。それが本性を現しているとき、周囲に対する精神的な毒気として現れている。流石に彼女を壊した時ほどの効果はないが、嫌な雰囲気、近寄りたくない感じ、あるいは恐怖や嫌悪で現れる。表情は笑っているように見える……見えるだけだ。心ではまったく笑っていないと言っていい。あるいは愉しんで、愉悦に近い形で笑っているか。口角は人が普通に笑う時とは違う風にあがり、三日月のように見えなくもない。その口の内は暗く、黒く、その毒の性質を現したかのように中が見えないのも彼女の異様さだろうか。

 ともかく、本性を現しているときのヴィローサは普段見える可愛らしい妖精の姿と違い、禍々しい毒々しい虫のような人型の化け物として見えることだろう。そしてその発する毒気、またヴィローサの精神性の狂気ゆえに、それをまともに当てられる人間は怯え動けなくなる……まあ、相手の強さによると思われるが、一般的なDランク相当でようやくまともに相対できる、といったくらいで対抗するにはCランク相当の強さがいるだろう。妖精は肉体的には大して強くないものの、その能力の強みがある。特にヴィローサはその能力が異様に強い。


「ねえ、あなたキイ様に迫ってるの? 近づいてるの?」

「え……そ、れ…………は」


 女性冒険者は口が回らなくなる。近づいて、自分を見るそれを見てしまうだけで震えが止まらない。自分が何に相対しているのかわからない。怖い、恐ろしい、人間でない、妖精でもない、それは化け物である。いや、妖精だ、それは確かに自分が見たことのある妖精だ。だけど化け物だ。なぜ自分はそんなものに見られているのか。近づかれているのか。わけがわからない。怖い、恐ろしい、動けない。


「なんで? どうして? ねえ、教えてくれない? キイ様に近づく理由を。近づかないといけないの? 迫らないといけないの? どうしたいの? 何か欲しいの? 何かとりたいの? 何か貰いたいの?」

「……………………」

「黙ってたらわからないよ? 言葉も出せない? 何も言えない? どうするかもわからない? しゃべらないと先に進まないよ? それとも逃げたい? どこかに行きたい? ここではないどこかに行ってみたい? 消えてみたい?」


 言葉の羅列。それが浴びせられるだけで女性冒険者はぞくぞくと体に悪寒が走る。呪いのような、毒のような、棘のような、自分自身を侵し壊し死という闇に導くような、自分を消し去るようなそんな言葉の群れ。明らかに敵意が強く、殺意もあり、悪意が満ちている。


「そ、そんな…………こと………………」

「私はね、キイ様の傍にいるの。だからキイ様に近づく薄汚い邪魔もの、役に立たないゴミ屑は要らないと思ってるの。キイ様の傍にいるべきなのはキイ様の役に立つ存在であるべきだと思うの。あなたは役に立つのかしら? 役に立つならどのように? どう役に立つ? ずっと役に立つ? 永遠に役に立つ? 殺されても役に立つ? 使われるだけではだめ。自分から行かないと。求めるだけではだめ。与え続けないと。たとえ死んでも心をささげるの。たとえ壊されてもこの身をささげるの。たとえ食べられても生き続けるの。わかるかしら? 役に立つかしら? ねえ、わかる? 役に立つ?」

「…………………………!!!」


 毒り毒りと、言葉が彼女の中に入り侵し壊す。このまま聞いていたら駄目になる。おかしくなる。耐えきれない。壊される。死ぬ。これに触れていてはだめだ。かかわってはだめだ。何かする前に、何かできる前に、離れる前に、確実に自分が壊されてしまう。本能がそう訴えかける。


「あ…………」

「あなたが何をするべきか、わかってる? 私がどうするつもりか、わかってる?」

「…………!!」


 女性冒険者はヴィローサの言葉にうなずく。


「そう。なら後は自分が理解した通りにしなさいな」

「…………っ!!」


 がくっ、と女性冒険者が倒れこむ。


「はあ…………はあ…………」


 きょろきょろと彼女が周囲を見回すが、そこにヴィローサの姿はない。それはまるで幻であったかのようだ。しかし、先ほどまでの体験を幻であるなどと、彼女は絶対に思うことはない。


「……手を出しちゃダメだったんだ」


 あれはあまりにも、恐ろしすぎる。絶対に手を出してはいけない、届かない異質で異様な存在。関わってはいけない。あれは近づいてはいけない。二度と手を出してはならない。今度こそ、本当に死ぬ。


「……っ!」


 彼女はその場から逃げ出し、自分の拠点へと戻る。今出会った恐怖の存在を振り切るかのように。






「あれもダメね。はあ、まったく。キイ様に近づくつもりならもう少しまともな精神性をしなさいな」


 そのまともな精神性を持たない筆頭であるヴィローサが、自分から逃げ出した女性冒険者を見下ろしながらつぶやく。彼女は女性冒険者が見回した周囲の方には居ない。彼女の頭上に存在し、その動向を見守っていた。


「別に私はキイ様に近づく害虫を全部排除するつもりはないのよ? それが認められるべき相手であれば、私は認めてあげる。それこそキイ様に相応しい存在なら、私は全力で手に入れるのを応援するし。キイ様は私の王子様、王子様が複数のお嫁さんを持つのは当たり前だものねえ?」


 かなり歪んだ形ではあるが、別にヴィローサは公也に近づく存在すべてを排除するという考え方でいるわけではない。ただ、その選別に関してはしっかりとおこなうつもりではある。少なくとも自分のために公也に近づくような存在はあまり受け入れたくはない。まあ、それが公也の役に立つようであればその価値次第では構わないと思うところであるが、少なくとも今の女性冒険者はダメだ。


「本気でキイ様に近づくなら、私の圧力くらい超えてくれないと困るわ。私はキイ様から離れるつもりはないのだもの。たとえ壊されても、犯されても、殺されても、食べられても。だって私のすべてはキイ様のもの、今更そのすべてを奪われたところで構わないわ。キイ様は私の王子様、お姫様の私は王子様の物、私のすべては王子様のものなのよ。あなたたちもそう、求めるのなら、求められるべきよ。あなたのすべてはキイ様のもの。そうでなければキイ様に相応しくないわ。隣に立つべきは私と同じお姫様。そうなることすらできないのなら、いらないわ。それにしても、私はわかってる、ってきいただけなんだけどね。何をわかっていたのかしらね?」


 ヴィローサは決して失せろ、お前はいらない、みたいなことは言っていない。ただ、言葉をうまく使っているだけだ。殺すとも言っていない。そもそもヴィローサに相手を殺すつもりは一切ない。まあ、本人が殺すつもりがないからと言って本当に殺さないかは自分自身ですらわかっていないのがヴィローサの精神性なのだが。彼女は頭がおかしいのでニュートラルが異常なのだ。

 わかっている、というのは相手に恐怖を与え、そこからうまく意識を誘導させているからこそのセリフだ。今目の前にいる時点で自分が死ぬかもしれないという恐怖を受けている。もしかしたら殺されるかもしれない、そう思わせることでヴィローサの存在への恐怖ゆえに関わるべきではない、関わってはいけない、手を出してはいけない……ヴィローサが手を引け、と言っているように聞こえる。実際彼女はそう思う部分がないわけではないが、公也のために仲間となるのならそれはそれで仕方ない、構わないと思っている。だが、結局のところ相手の受け取り次第。今回のように、ただの打算、軽い目的で近づくものはヴィローサに追っ払われることとなる。

 ちなみにヴィローサがこういうことをしているのは女性冒険者相手のみ。男性冒険者はあまり公也に対し積極的勧誘や参入をしない。これは公也がパーティーリーダーであるというのもあるし、その異様性への嫉妬などの気持ちもあるだろう。そもそも、公也自身の人との関わり方ゆえか、あまり接触してもいいとは思えないと思う者の方が多い。力があるのは確かだが、どうにも扱いづらいという判断である……実際公也の存在は扱いづらいだろう。独自の精神性、スタイル、行動理念ゆえに一般的な冒険者は公也についていけなくなる可能性が高い。そういう意味では男性冒険者のように断られたらそれまで、というのは悪くないだろう。そしてヴィローサが女性冒険者を追い払うのも、決して悪いとは言えない。


「キイ様のお姫様は私だけでいいの。ほかにはいらないの。ああ……キイ様…………」


 何を考えているのか、恍惚な表情で空を飛びながら公也のいる宿の方へと戻っていくヴィローサ。はっきり言っては何だが、夢見がちな精神破綻者である人外の彼女は一般的な人間的感覚を持っていない。彼女に正しいも間違いもない。彼女にある理念はただ一つ。己のすべて、役目から何まで公也のために捧げること。王子様とお姫様、自分を救った王子である公也のために、救われたお姫様である自分はその献身のすべてを捧げる。それは愛、それは狂気の愛。ゆえにこそ、彼女は強い毒の妖精としてこの世に在るのである。己の在り様が狂っているがゆえに、


※ヴィローサの恐怖は本能寄り。人間には比較的効果が薄い。それでも最低Cランクくらいの強さでないとまともに相対しづらい。慣れればその限りではないが。

※ヴィローサ=お姫様・主人公=王子様。王族は複数の嫁を持つものという認識があるので自分以外がいても一応問題ない、理解し納得する。感情的に許容するかはともかく。

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