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「あまりダメージが与えられない……攻撃力が足りないか、あるいは攻撃性能の問題か……一応斬撃だが、ベースが風だ。本来金属で刃物でその鋭さ、切れ味を研いで出す剣と違い、形を形成しているだけの風の刃では切れ味が足りていない可能性はある。いくら魔法でこの世界に現象として引き起こすとしても、その現象が厳密な意味で本物と同一のものになるとは限らないか。いや、それとも土台となる部分が……っと! 少しこちらから冒険者たちの方に意識が向いて行っているな……」
戦いながら己の武器、魔法を考察する公也。確かに自己分析を行い的確に戦えるようするのは重要なことかもしれないが、それにしても少し考察に意識が向きすぎではないだろうか。この点に関しては公也自身の性質、暴食の性質、存在であることが影響する。公也にとって得られる知識、経験として得られる情報に関しては求めるものである。それを実戦で実践的な検証ができたゆえに、そちらに意識が向きすぎたわけだ。もっとも、戦闘中であることは変わらず、相手の動きに寄り戦闘へと意識が戻される。
さて、そんな公也の検証であるが、実際公也の攻撃はあまりダメージを与えられていない。先ほどまで剣で戦っていた時と違い、現在の風の刃を使っている状態ではどうしてもダメージが落ちてしまう。これに関しては、ただ風の刃を生み出し使っている現在の状態と比べ先ほどまでは硬化の魔法と風の魔法の二つを重ねていたがゆえに威力が格段に上がっていることが大きかった。また、剣自体があまりいいものではなかったとはいえ、金属製であったことは大きな意味を持つ。同じ攻撃力を持つ武器でも、木製と金属製ではその性能は大きく違うだろう。どれだけ切れ味を鋭くしたところで木製の武器では切断は難しい。それに比べ金属の方は容易だ。木製の武器は打撃に寄り、金属の武器は斬撃による。つまり風の刃は金属の武器と同じような斬撃の性能を持ち得ないということだ。切断力はあるが、金属の武器ほどの切断力ではない。
ゆえに、攻撃力もダメージも落ちている、というのが現状だ。そして公也の攻撃がドラゴケンタウロスへの脅威とならなくなってきていることからドラゴケンタウロスに精神的な余裕が生まれてきている。それは公也だけに怒りを向ける現状から余裕を持つがゆえに周囲に意識を向けられる状態になっているということである。
現在、ドラゴケンタウロスと近接戦闘を行っているのは公也だけであるが、遠距離からは魔法や弓矢が撃ち込まれている。散発的であるし、ダメージもほとんどないようなものだがドラゴケンタウロスにとっては非常にうざったく煩わしいものとなっている。それゆえにドラゴケンタウロスとしては公也からそちらに意識を向けられるようになった今、可能な限り排除したいものである。
「グルアアアアアアアアアッ!!」
咆哮を自分を煩わせる周囲の者に向けるが、さすがに先ほどのようにはいかない。多少動きは鈍るが、一度その効果を受け恐怖により硬直した経験を経過した故に、冒険者たちは咆哮を受けた程度では怯まない。変わらず攻撃は散発的に続き、ドラゴケンタウロスはそれに怒りを見せる。
「ガアアアアアアアアアアッ!!」
公也の攻撃の合間、ドラゴケンタウロスに余裕ができた時にドラゴケンタウロスは周囲の冒険者の一部に向けて炎を吐いた。流石に周囲全域へとむけて炎を吐くことはできず、攻撃してきた者たちの内近しい時期に攻撃してきた者を対象にしたものだ。最初に突貫した者について行った冒険者に大やけどを負わせた炎であるが、さすがに遠距離過ぎる故にその炎は本来の威力としては届かず、またそれが迫る前に遠方へと逃げることもできる。彼らはその炎を以前浴びた冒険者ほどダメージを受けることはなかった。
しかし、ダメージを受けたのは事実であり、また少し遠くへと避けたことから冒険者たちの包囲網が少し弱まる。公也が抑えている現状も少しずつ変わりつつあり、それゆえにこの調子で行けばドラゴケンタウロスの行動が自由になる……そう思われる感じであった。
「……炎か」
ドラゴケンタウロスの炎を見ていた公也は一つの手を考える。相手の強力な炎を利用すること。相手が竜の性質を持つ魔物であるとはいえ、それは表面上に留まり、ドラゴケンタウロス自身は炎に対しそこまで極端に高い耐性を持つというわけではない。もっとも公也はそれを理解しているわけではなかった。ただ、公也は炎と風を合わせた力を使えばそれなりに有効なダメージを与えることができるのではないかと考えた。炎と風の合わせ技に関しては創作でも珍しくはなく、木の性質と風の性質が近しいとされることもある五行において木生火、また弱い風は火の盛りを助けることから風と火は比較的相性がいいものと言える。そういった考えもあり風で炎のブレスを取り込む手立てを考える。
「風よ渦巻く炎を取り込みその身に纏い力と成せ」
風の刃に新たな性質を与え、ドラゴケンタウロスが吐いた炎のブレスを取り込むように改変する。あとはブレスを吐かせるだけ。先ほどのように攻撃してくる冒険者を相手に吐かせたものを纏う、というのもありだが、やはり間近で自分に向かって吐いてくるものを使いたい。
「風よ球となりて相手を撃て! ウインドボール!」
簡単な詠唱、それっぽい雰囲気を持たせた詠唱で基礎的な魔法を使う公也。それはドラゴケンタウロスへと当たるが、ダメージはない。これに関しては威力は重視せず、ドラゴケンタウロスの意識を自分へとむけさせることこそが重要だった。そして意識を向けさせ、公也は少し離れる。その大斧が届きそうにない、しかし離れきっていないという位置に。
ドラゴケンタウロスからすれば一歩踏みだし大斧を振るえばいい距離であるが、だが微妙に間があるがゆえに、近づいて攻撃するよりも炎を吐いて攻撃する方がいい、楽だと判断する。そもそも今まで近づいてきていた相手がゆえに、近距離攻撃が当たらない可能性もある。であればできる限り攻撃範囲の広い己の炎の方がいいのではないかと判断するのも変な話ではないだろう。
「ガアアアアアアアアアアッ!!」
先ほどと同じように、しかししっかりと公也へと向かいドラゴケンタウロスは炎を吐く。そしてそれは公也へと向かっていき……
「纏え!」
魔力を込め、炎を纏う性質を活性化させ、公也は己の風の刃に炎を纏わせ炎の力を内包させる。それに驚いたのは周囲の冒険者、そしてドラゴケンタウロス。驚いていないのはその魔法を使う判断をした公也自身と、公也に狂信的な信頼を寄せているヴィローサくらいだろう。
「はあああっ!!」
風の刃を公也は驚き動きが硬直したドラゴケンタウロスへと突き刺す。斬るよりも突き刺すほうが威力としては高く、ダメージも大きい。だが本命はそれではない。突き刺すことで相手に傷口を作り、また刃を相手の肉の奥に差し込むことが目的だった。斬撃でも傷はできるものの、浅くてはダメであるしまた刃が離れると威力も落ちるし効果も下がる。深く突き刺し、そこで炎を解放する。相手の内側から炎で焼き尽くす。完全完璧にできることではないが、それこそが今回の公也の攻撃の目的であった。
「ギアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!」
内から焼かれドラゴケンタウロスが悲鳴を上げる。大暴れするドラゴケンタウロスに巻き込まれてはたまらないと公也もさすがにドラゴケンタウロスから離れた。しかし、ある意味それは悪手だったと言える。いくら強力な一撃であったとはいえ、内から焼かれただけではドラゴケンタウロスは死ななかった。高い生命力、魔法という形に押し込めることで威力が下がった炎、そして本来の竜種よりもはるかに落ちるとはいえ、ドラゴケンタウロスは炎への耐性を有していた。その耐性を超えてダメージを与えることはできたが、その耐性がダメージを軽減する。公也の攻撃はドラゴケンタウロスを殺すには至らなかった。
それでもダメージは大きい。しかし、そのダメージの大きさゆえに、仮に自分が死んでも……とドラゴケンタウロスが思うくらいに、ドラゴケンタウロスは公也へと怒りを向けていた。それこそ気の弱い物であればその視線だけで心臓が止まっていたかと思うくらいに、憎悪と憤怒に塗れた視線であった。
「グアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!」
咆哮が彼方まで響く。怒り、それも激怒、憤怒と言ってもいいくらいの猛烈な怒り。憎悪、この世の何よりも恨み憎み殺し尽くさんばかりの憎しみ。それらがこもったその咆哮は先ほど咆哮に耐えた冒険者たちですら、その動きを止めさせるものであり、またドラゴケンタウロスの咆哮に対し硬直する様子を見せなかった公也でさえ、びくりと体を震わせるくらいの力に満ちていた。
そんな公也の様子を気にせず、ドラゴケンタウロスはこの一撃で公也を殺さんと一気に駆けだそうとする。大斧を全力で振るおうとする。その程度で公也は死なないものの、流石に体を切断されてからの復活は異常に思われるだろう。しかし、硬直している以上動けない。思考が加速しどうするべきか、と迷いが生まれ……結局どうしようもない状態には変わらなかった。
だが、そんなドラゴケンタウロスが動きを鈍らせる。がくり、とその場で足を落とし、一瞬倒れこませたのである。
「っ!!」
気合を入れ、硬直を解く公也。
「風よ刃となり全力で相手を切り裂け!」
詠唱は短いものの、全力で魔力を込めて杖の先に刃を作る。その刃を持って、倒れこんだドラゴケンタウロスへ、公也は駆ける。倒れこむのは一瞬であったが、動きを止めた故にドラゴケンタウロスは次への攻撃が一歩遅れる。その一歩の間に、公也は既に相手の懐へと踏み込んでいた。風の刃は首へと振り下ろされる……本来、それはドラゴケンタウロスの肉体を切り裂くのには届かない一撃である。しかし、公也の最も強い力は魔法ではない。邪神より受け取った暴食の力だ。それを大っぴらに使うことはできないが、その一撃を使えないわけではない。かつてフーマルの前で使った時の世に隠れ蓑さえあれば使えないわけではない。風の一撃はドラゴケンタウロスの首を落とすには届かない。しかし、それを周りの冒険者が知ることはない。であれば、その斬撃が通ったという形にし、暴食の力で首を切り離す。それが今回公也が打った手段であった。
ごろりと転がるドラゴケンタウロスの首。そして、崩れ落ちる体。持っていた大斧を大地に落とし、その身体は地面にどうっ、と倒れ伏す。一瞬の静寂が周囲に満ち……勝利に冒険者たちの歓声が上がる。少ないながらも犠牲が出た物の、ロップヘブンという街にとっては放浪魔の脅威を排除したという大戦果である。本来ならばもっと多くの犠牲が出てもおかしくなかったゆえに、多くの者が喜びの声をあげている。
「ふう…………」
流石に今公也が戻ったら面倒なことになりかねない、と冒険者たちの元に戻ることはしなかった。そんな公也の後ろ、ドラゴケンタウロスの方から近づく小さな影がいた。
「キイ様、凄い! このでかいの倒したのね!」
「ヴィラ……」
ふいに、公也はフーマルの方を見た。この場にフーマルはいない。フーマルがいるのはロップヘブンの方角。先ほど冒険者たちを運び、公也へと近づくことはできず遠距離攻撃手段も持たず、それゆえにそちらにいることしかできなかった。ヴィローサは本来なら、フーマルと一緒に街の方にいたのでは、と公也は思う。そして逡巡する。なぜここにヴィローサがいるのか……正確に言えば、何故ヴィローサが街の方からフーマルを伴って飛んできたわけではないのか、と。
「ヴィラ、ありがとう」
「わからないけど、その言葉はうれしいわ」
「……そうか」
ヴィローサは公也の突然の感謝の言葉に、笑顔で答えた。分からないと言っているが、ヴィローサにとっては自分のしたことなど関係なく、全ては公也の戦果であると言いたいことだろう。
先ほどのドラゴケンタウロスが倒れ動きが止まったあの時。ヴィローサはあの時ドラゴケンタロスの傍まで来ていた、ということだろう。ヴィローサの毒はあらゆる生物に効果のある物である。もちろんどんな時でもどんな相手にも無条件で発生させられるわけではないものの、あそこまでダメージを負ったドラゴケンタウロスであれば近づいて毒を体の中に発生させることはできた。ヴィローサがドラゴケンタウロスの方から公也に近づいてきたのはつまりそういうこと。ドラゴケンタウロスを倒したのは、ヴィローサと公也である、そういうことなのである。もちろん他の冒険者の手助けの影響がないわけではないが、有効的な効果があったのはヴィローサの毒と公也の攻撃である。もっとも、それを知るのは二人だけである。ヴィローサにとっても、公也にとっても、それでいいという話であったが。
※風の刃はそれなりに切れ味があるが実体がないため威力は落ちる。
※わりと戦闘中でも思考する……しすぎることの多い主人公。後々にも同じようなことをして戦闘中断してしまうことも。
※暴食の能力を使うのに多大な手間をかける……そこまでして隠す必要はあるのだろうか。バレたら面倒なのは確実とは言え、やり様はもっとあったかもしれない。




