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「フーマル、早くそれ運んで」
「いや、運んでじゃなくてっ……ヴィローサさんにはできないっすからしかたないっすけど!」
「キイ様……」
「師匠なら大丈夫っすよ!」
「なんで断言できるのかしらねっ! ぶっ殺すわよ!!」
「ひいっ」
フーマルとヴィローサは公也に頼まれていた通り、冒険者たち……まだ死んでいない、炎に焼かれた冒険者たちを運んでいる。もっともヴィローサはサイズの関係上運ぶことはできない。ヴィローサにできることは毒を生み出すことであり、せいぜい彼らの痛覚を鈍らせたり操り人形にするくらいしかできないだろう。それで運んでも構わないところではあるが、その場合彼らの生死が厳しいことになる。大火傷した状態で動く場合体へのダメージが心配になる。ゆえにフーマルが運んでいるわけだ。
もっとも、一人ではどうしようもない。
「っていうか! 他の冒険者達も動くべきじゃないっすかね!?」
「なら頼んでみたら? 私は知らないわ」
「ちょっとお!? って、まあヴィローサさんはしかたないっすけど!!」
何故フーマルだけが倒れた冒険者を運んでいるのか。そもそも他の冒険者たちは一体何をやっているのか。そう言いたいところである。しかし、ドラゴケンタウロスの恐ろしさを見てしまえば彼らもやはり街を守るためとはいえ、行動しづらい。フーマルやヴィローサが行動できているのは公也がドラゴケンタウロスに向かって行ったからであり、他の冒険者はその行動を見て戸惑いどうすればいいか迷っている状態である。
だからこそ、他の冒険者に手伝いを頼む……ということを考えることもできるわけだが、残念ながらヴィローサは他の冒険者とのつながりはないし、そもそも冒険者と仲がいいわけでもない。彼女が仲良くする気があるのは今の所公也だけであり、フーマルですらちょっと便利な下僕程度の考えである。本当にフーマルの扱いはひどい。
頼むのであれば、ヴィローサではなくフーマルがやったほうがいいだろう。そもそも妖精の冒険者という時点で普通の冒険者からの印象はあまりよろしくない。まあ、そのパーティーメンバーという時点でフーマルの扱いもよろしくない可能性はあるが、まだヴィローサや公也よりはましだろう。
「ちょっと! 誰かそこにいる冒険者の人たち、少し手伝ってくれないっすかねえ!? そもそも何のためにここにいるっすか! 少しは行動するっすよ!?」
フーマルが動かない冒険者たちに向けて叫ぶ。流石にその叫びに触発され、彼らも本来自分たちがするべきことを思い出した、ドラゴケンタウロスによる影響の硬直から抜け出したか、フーマルを手伝い冒険者たちを運びだす。彼らも生きてはいるが、治療は必須、中にはすでに死んでいる者もいる。
「ふう……まあ、こっちはこれでいいっすけど、師匠の方は……ぐう、俺じゃあ手伝えないっすね、あれ……」
傷ついた冒険者たちを運ぶ必要はもうなくなった以上、今度はドラゴケンタウロスとの戦いに参加するべきである。しかし、フーマルの実力では今ドラゴケンタウロスと戦っている公也の姿を見ると明らかに自分では戦えないとわかってしまう。そもそも放浪魔は普通の場合Cランクの冒険者パーティーが相手をして倒すようなもの。ランクにしてE相当であるフーマルが挑んで勝てる可能性はない。公也もランクでいえばEなのだが、公也の場合は本人の強さが異常で、そもそも冒険者ランクの上がり方が強さではなく実績の関係であるため、ランクが上がらず強さに限ってはランク詐欺という状態なわけである。
まあ、ともかく相手の強さが異常であるためフーマル程度では相手にならない。故に何もできないわけである。
「どうしたらいいっすかねえ……」
「フーマル、馬鹿」
「ええっ!? 酷くないっすか!?」
「石でも投げる、弓矢で遠距離攻撃するとか何でもやり様があるわ。っていうか使えない冒険者たちに魔法や弓矢で応戦してもらえるように頼みなさい。ああ、もちろんキイ様の邪魔にならないようにね。邪魔になったら殺すから」
「ええっ!? なんで俺にそれを頼むっすか……いや、まあ、ヴィローサさんにはできないっすからしかたないっすね……これさっきも言ったような気がするっすよ」
直接戦いには参加できずとも、戦いができないわけではない。遠距離から弓矢を打ち込んだり魔法を打ち込んだり。戦いのやり方は別に近づいて戦う以外にも手段はある。もっとも、相手にダメージを与えられるかどうかについては疑問だ。最初に魔法で攻撃した時大して聞いていなかったゆえに、魔法を撃ち込んでもそれほどの痛打はないと考えられる。しかし、意識をそちらに誘導する、あるいは目くらましのようなことはできるかもしれない。ダメージはなくとも無意味でなければ支援としての役割はあるかもしれない。
フーマルがヴィローサに言われ、冒険者たちに提案をする。そして彼らは行動を開始した。
「何か周りに人が増えてきたか。まあ、攻撃はありがたいんだが……あまり余所に意識を向けられるとそれはそれで面倒だなっ!」
冒険者たちがドラゴケンタウロスへの攻撃を開始した。それによるドラゴケンタウロスへのダメージは基本的にないものの、公也としてはドラゴケンタウロスの意識が自分から逸れることで自分の攻撃を叩き込みやすいという点が大きな利点となる。ただ、それによりドラゴケンタウロスが公也へと意識を向けなくなることは別の意味で厄介だ。根本的に冒険者たちの役目は街を守ることである。そもそも公也が一人で戦っているのは自分以外でまともに戦える冒険者がいないというのも理由であるが、そもそも他の冒険者を巻き込まないことも理由である。他の冒険者はまともに戦えない、ということはそちらにドラゴケンタウロスが行くと犠牲者が増える。また、それにより街の方へと行って逃げてしまえば公也でも追うことは難しくなる。自分へと意識を向けさせ、どうあっても自分を殺したいとドラゴケンタウロスに思わせることによって今の場所に釘付けにしているのである。それが攻撃によって逸らされるのは少し厄介な状況になりかねない。
「っと……そろそろやばいか?」
周りの冒険者たちとその攻撃、公也の攻撃、基本的にそれらは拮抗……いや、どちらかというと公也の方に意識が引き付けられるようにしているわけであるが、その均衡がそろそろ良くない状態になってきている。と、言うのも。公也の扱っている武器の問題である。公也は魔法による二重の強化を行っているが、扱っている武器自体は普通の武器だ。それも冒険者のランクとしては適正と言えるようなもの。元々は公也自身が自分で手に入れた物ではない……が、それは今回は関係のない話だろう。ともかく、その武器の耐久性に限界が近づいている状態だ。いくら強化したところで放浪魔の相手をまともに行える武器ではない。それで斧の攻撃を受けていればどうしても厳しいことになる。
「壊れる前に決着をつけ……れないかっ!」
武器が耐久力を失い、折れる前にどうにかできないかと思っていたが、相手を倒す前に相手の体を切り裂く途中で剣が折れる。
「こっちを使うしかないか」
剣を取り出すような余裕はない。とっさに杖を掴む。
「風よ刃となり実を受ける剣を象れ」
風魔法により剣を作る。実体のない風の刃だが、それを実体の攻撃を受ける刃として形作る。杖の先に。杖を覆う風の刃、ある意味先ほど使っていた剣への逸らす鎧に近いものだ。ただ、籠める魔力を増やしている。武器を変え、その新しい武器にて公也はドラゴケンタウロスとの戦いを再開する。しかし、先ほどまで使っていた剣とは違い杖であり、斬撃の威力は風の魔法に依存する。ゆえに、攻撃力はかなり落ちる。その状態で先ほどと同じような結果は出せない。状況が変わろうとしていた。
※フーマルの扱いがひどいのはほぼヴィローサが悪いのでは……? このころの彼女は大分情緒不安定で後の彼女よりも結構荒れ荒れである。生まれ直したばかり、主人公という存在に対しての情報が足りないなどいろいろな意味で彼女が荒れる要因が多いため。行動や発言の免罪符にはならない。
※冒険者のランクは冒険者の実績に依存して上昇する。例外は多々あり。




