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ドラゴケンタウロスは足元が陥没し、それに足が捉われて周囲を破壊するような形で大きくこけた。しかし、それで死んだり弱るほど肉体的に弱くはない。そもそも強靭な肉体を支えるその肉体は筋肉も骨もかなり頑強であり、かなりの勢いはあったものの衝撃に耐えることはできている。不安があるとすれば足の骨が折れるくらいであるが、それもどうにかなっているようで、すぐに転がってから立ち上がろうとする様子が見える。ダメージによってよろよろと立ち上がる様子はなく、またこけたことによる痛打もないようであるが、さすがに衝撃は大きかった様子で、ダメージはあるようには見える。しかし、意思は全く衰えているようには見えない。
冒険者たちはそんなドラゴケンタウロスの様子を見ているだけであり、自分たちはどうすればいいのだろう、と思い近づくことすらしていない。今こけて相手が行動しないときにどうにかするべきであるが、そもも彼らではドラゴケンタウロスに勝つことはまず不可能であり、その躊躇があるからこそ行動には移れない。
そんな中、一つの影が駆けてドラゴケンタウロスへと向かう。
「フーマル、ヴィラ、後は頼む。あいつは俺が足止めをするから」
そう、仲間の二人に告げた公也である。戦闘能力からみてロップヘブンにまともにドラゴケンタウロスと戦えるような冒険者はいない。仮に囲んで戦おうとしたところで一気に突破されるのが関の山、街の守りをしようにも、冒険者たちの数を頼みに戦おうとも、そのすべてがあっさり突き破られることは間違いない。そもそも放浪魔は大抵の場合強い魔物であり、高位ランクでなければ倒せないのがほとんど。たまに低ランクでも数さえそろえば何とかなることもあるが、それでも多大な犠牲は免れないものである。そして、今回のドラゴケンタウロスのような場合、高位ランクでなければまず対抗手段がない。相手に通用しない攻撃をいくら敢行したところで意味はない。
そこで唯一戦いとなるのが、山一つを己に吸収しその生命力と生体質量を有するその肉体に対し明らかにおかしい強靭さを持つ公也である。魔法も使え、ドラゴケンタウロスの攻撃にも耐えうることができる公也であれば、またドラゴケンタウロスに痛打を与えることもできる公也であれば、少なくとも相手の目標を誘導させることくらいはできる。
「行くぞ」
剣を抜き、公也はドラゴケンタウロスへと向かう。すでに立ち、武器を取り直し、ドラゴケンタウロスは自分へと向かってきている公也をその視界に収めている。公也は見た目としては強くは見えないし、気配を感じても普通の人間のようにしか見えないが、それでも脅威は脅威。先ほどの魔法を公也が使ったとわかっていればまた行動は違ったかもしれないが、普通に公也の攻撃に対応するようにドラゴケンタウロスは行動した。その斧で公也を吹き飛ばそうとしたのである。
「っ!」
公也自身は吹き飛ぶことはなかった。ただ、剣が砕け散る。その剣の砕け散るさまを見て、感じて、その結果攻撃が自分に当たる、と思ったため自分から跳んだ。流石に公也の持つ武器ではまともに相手の武器と打ち合うことはできない。これは先ほどドラゴケンタウロスと戦った冒険者の姿を見ればわかっていたことのはずだ。まあ、攻撃は避けたのでよかっただろう。別に避けずとも公也が死ぬことはないのだが、さすがにあの大斧の攻撃を受け全くの無傷、あるいは傷を受けても回復するさまを見られれば明らかに公也のその性質を異常に思われる。だから公也は避けることを選んだ。まあ、攻撃を見て避けるという時点で十分おかしいのだが、そこは単純に身体能力の高さゆえ、と考えればまだありえないことではない。もっとも、公也は今までの活動的にそれほどの能力があるか、と言われると多くの冒険者は疑問に思うと考えられるのだが。
「くそっ、武器がダメになったか……空よ開け」
空間魔法にて作られた異空間。様々な物資を保管しているそこに存在する予備の剣をとる。もっとも、その剣は先ほどの剣と同じで大した武器ではなく、武器同士が打ち合えば同じ結果になることは間違いない。
「鉄よ硬く固く強靭に、あらゆる攻撃を防ぐ盾となれ。ハード……シース?」
自分で考える詠唱はともかく、呪文の点でどう言ったらいいかと悩んだ公也。自作の魔法、自分で使う魔法を考える場合のネックになる点だが、そもそもわざわざ外国語を用いる必要はない。まあ、雰囲気の関係なのだろう。ともかく、魔法に寄り剣に強固な守りを付与する。これにより剣を破壊される可能性は大幅に減る。もっとも、それだけで耐えきれるほど公也は楽観しない。
「風よその身に触れる者の切っ先を逸らし護れ。エアロカバー」
剣に風が纏われる。触れたものを微かに逸らし、その攻撃の一撃、衝撃を一点に伝えず逸らす。もっとも、完全ではないが……先ほどの防護とあわせると簡単に破壊されるような剣ではなくなった。
「もう一度」
試す意図もあり、公也はそのままドラゴケンタウロスへと近づく。一度防がれ避けられた……しかし、剣を容易に破壊することはできた。それならばもう一度、とドラゴケンタウロスも考えたのか、躊躇なく公也に向けてその大斧を振るう。
「っ!」
ぎしりと剣から嫌な音がするものの、一撃でどうにかなるものではなく、また公也自身も大地をしっかりと踏みしめ踏ん張った。しかし、さすがにその力はすさまじく公也が少しその勢いに弾かれる。公也自身はドラゴケンタウロスに力負けはしないが、大地の方がドラゴケンタウロスの力とそれに耐える公也を支えきれない。足を踏みしめ地に埋め込んでいれば話は違うが、さすがにただ立って踏ん張るだけでは厳しい。
少しその身を浮かせ、体が弾かれるものの、吹き飛ばされるというほどではなく、まだドラゴケンタウロスの近くにいる。ドラゴケンタウロスは武器を振り切った姿であり、また公也が切り裂かれることもなく、その武器が破壊されることもなく、吹き飛ばされる様子もなく、自分の力に自信を持つがゆえに、絶対にありえないその光景に驚愕しその身を硬直させている。それは公也にとっては大きな隙だ。
「はあああっ!!」
その隙を狙い公也は剣を振るう。公也の力はドラゴケンタウロスに匹敵する……というよりは、ドラゴケンタウロスよりも本来ならば上だ。ただ、その力の振るい方、公也自身の現在の肉体総量、また武器を振るう関係上、本来振るえる力そのものが完全に振るうことができるわけではない。それゆえに、ドラゴケンタウロスに大きな傷を与える程度の結果に留まってしまう。一撃で倒せれば楽だったのだが、それを行うには首や頭部を狙うくらいのことをしなければならない。内臓も狙い目ではありかもしれないが、その程度で死ぬほど相手は生易しい生物ではない。
しかし、そんな中途半端なダメージを与えるにとどめてしまったためか……ドラゴケンタウロスを怒らせる結果となってしまう。
「グルアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」
怒りのまま、ドラゴケンタウロスは公也に大斧を振るう。先ほどのようにまともに受けることはせず、避ける、懐に入る、逸らすなど、公也はその攻撃を防ぎ相手を自分に引き付ける。それは公也としては予定通り、目的通りである。街へ行かせない、他の冒険者に意識を向けさせない。公也自身にその意思を向けさせ、消耗を狙い、また他の冒険者たちに攻撃の機会を与える。いや、そもそも公也自身、自分だけで容易に勝てるとは思っていない。ゆえに他の冒険者の力を借りようとそういう形にしているわけである。まあ、そううまくいくかは怪しいところであるが。
※主人公であれば勝つことは容易だが色々と見せられない事案が主人公にあるので戦いづらかったりする。
※呪文詠唱は日本語、英語らしい。世界のシステムにより現地言語に翻訳されているものと思われる。また現地言語での詠唱や呪文を使うこともある。そのあたり主人公はその時その時で自由に選択している。
※他の冒険者の遠距離攻撃はほぼ役に立たない。辛うじて魔法が多少有効な程度。近接戦はまず巻き込まれて肉片に。実質主人公のみの戦いとなる。




