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竜の頭、人の上半身、馬の下半身。ケンタウロスをベースに頭部を竜のものに置き換えたような見た目をしている魔物。もちろん単純にケンタウロスをメインとしたものではなく、頭部の竜の部分の影響か体には竜鱗が存在し、見た目にも屈強な様子が遠めでも確認できる。肉体的にも結構な巨体であり、頭の位置は三メートルを超えている物と思われる。まあ、これは公也が遠目で見たうえでの判断であり、実際にもっと大きい可能性もある。また、その放浪魔……ドラゴケンタウロスが持っている武器も巨大であり、その対比もあってかドラゴケンタウロスは大きくも小さくも見えてしまう。武器は巨大であるがその作りは簡素なものであり、生物の骨と岩というわかりやすい簡素さであるが、それゆえにその巨大な武器の凶悪さもわかってしまう。
その姿、その威容だけでかなりの威圧感があり、街を守るために控えた多くの冒険者たちが恐怖する。そもそも彼らのような冒険者たちのほとんどは放浪魔に立ち向かえるような実力を持たない。ロップヘブンのような大きくない街の冒険者は大半がFやEランクであり、Dであっても放浪魔に立ち向かえるほどの実力は備えていない。それでも数をそろえればまだ、というのは楽観的な判断であり、それでどうにかできるのであれば苦労はしない。
冒険者たちは街へと近づくドラゴケンタウロスを見据え、それと戦うために声を上げる。気合を入れ、あの威容、恐怖に負けず立ち向かえるように息を合わせ声を上げる。掛け声、そして威勢のいい声は冒険者たちの叫びとなり、彼らに勇気を与える。もっとも、勇気と言っても蛮勇に等しいものだが。
「うおおおおおおおおおおおっ!」
ドラゴケンタウロスへと立ち向かい挑まんとする冒険者たち。しかし、その動きを見据えたドラゴケンタウロスはその声に対抗するかの如く叫ぶ。
「グルウウウウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」
ぶわっ、と鳥肌が立つもの、恐怖で汗が一気に噴き出る者、その叫びで体が硬直し動けなくなる者、その場で縮こまる者、ドラゴケンタウロスの叫び一つで冒険者たちがほぼ使い物にならなくなった。ドラゴケンタウロスはその特徴にあるように竜の性質を持つ存在。それは顎、鱗だけに収まらず、その咆哮もまた竜の性質があるようだ。竜の咆哮は恐怖を齎す。本物の竜に比べればはるかに弱いが、ロップヘブンにいる冒険者程度では、その咆哮に立ち向かえる冒険者は少ないだろう。
しかし、一部の冒険者……それこそDランクの冒険者であれば、まだ立ち向かうことは不可能ではなかった。
「お前ら! こんなところでひるんでるんじゃねええっ! うおおおおおおっ!」
街を守るため、強い力を持つ者が敵へと立ち向かい戦う。冒険者となったものの中にはそういった英雄譚にあこがれる者もいる。実力は足りずとも、弱くとも、強き存在へと立ち向かい英雄として語られるものもいる。決して死ぬことを望むわけでもないが、街を守るために動かずいることに何の意味があるのか。ただこの場に集まり魔物に蹂躙されるだけでは意味がない。
果敢にもドラゴケンタウロスへと立ち向かう冒険者に続き、多くの冒険者たちがドラゴケンタウロスへと向かっていく。ドラゴケンタウロスはそれらを見据え、戦闘の冒険者を待つ。そして先頭にいた仲間の勇気を奮いたてた冒険者がドラゴケンタウロスへと斬りかかる。
「おおおおおおおおおおおおおおおっ!」
その攻撃は…………ドラゴケンタウロスが振るった大斧の一閃に容易く破られる。剣は破砕し、大斧の一撃に寄り体が潰れ骨が砕ける。幸いにも両断されていないが、大斧がもう少しまともであったのならばあっさりと体が分かたれていたことだろう。冒険者がそのように一撃で粉砕される様を見て、続いていた冒険者たちがその場で止まってしまう。自分たちより強い冒険者ですら一撃で完全に粉砕されるような圧倒的戦力、それを相手に立ち向かうことなどできない。ただの無謀な特攻は命を散らすのみ、それに意味などない。攻撃が通用しない、ついていった冒険者はもういない。自分たちに何ができる? 迷い、恐れ、彼らは次の行動ができなくなった。
そんな彼らにドラゴケンタウロスは咆哮をあげ、そして口を開き彼らに向ける。竜という存在の特殊性、何よりも魔物とはこの世の摂理に従わぬ力を持ち得る。竜は特にその体現と言ってもよく……ドラゴケンタウロスもまた、同様の力を持ち得る。開かれた口から、彼らを飲み込むような炎が吐き出された。
「うわあああああああああっ!!」
「ぎゃああああああああっ!!」
幸いと言ってもいいのかは不明だが、その炎は彼らを包むものの、重度のやけどを負わせ殺し尽くすほど、その骨のいっぺんも残さぬような火力……本来の竜に比べればはるかに劣る程度の炎しか吐けていない。これはドラゴケンタウロスの竜としての性質がそれほどでもないということと、巨体ではあるが竜に比べてはるかに小さい体であること、あるいは能力的に炎を吐くことがそれほどではなかったことなど、多くの理由がある。しかし、それでも炎に飲み込まれたものにやけどを負わせる程度に炎は強く、身体を焼き尽くさずともその熱量を吸い込んえしまえば、あるいは顔などむき出しの部分に浴びてしまえば無事では済まない。また、炎に包まれてしまえば体、装備や服に炎が移りそれが炎を維持するだろう。地を転がり炎を消せば、ある程度は大丈夫かもしれないが、それまでに負ったダメージはかなりものとなってしまう。
ドラゴケンタウロスの次の攻撃、それが来る前に遠距離から炎の球が飛ぶ。炎の球に限らず、幾らかの魔法がドラゴケンタウロスへと飛来する。冒険者たちの中にいる少ないながらも魔法の素養を持ち、魔法を使える冒険者たちの魔法だ。もっともロップヘブンにいるような冒険者は魔法使いとしてはそれほどではなく、初歩の簡単なあまり威力の高くない魔法を使うのがやっと。中には相応に強い魔法を使えるものもいたが、攻撃の速度を優先したか、あるいはドラゴケンタウロスの恐怖に魔法を唱えきれないと考えたか、ともかくドラゴケンタウロスに向かった魔法は初歩的な低威力のものだった。
その程度防ぐまでもない。ドラゴケンタウロスは竜の鱗を幾らか纏い強靭な肉体を持つ魔物。多少の低威力の魔法にどれほどの意味があるのか。それらを受け、耐えながらドラゴケンタウロスは咆哮をあげる。
「グルアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
その咆哮にびくりと震える冒険者たち。その冒険者たちの動きを気にした様子はなく、ドラゴケンタウロスは自分に攻撃を仕掛ける者たち、目障りな虫けらたち、目の前にある邪魔な物を蹂躙し破壊せんと一気にまだ遠くにいる冒険者たちへとむけて駆けだすのであった。その下半身は馬。そしてその巨体ゆえに、かなりの遠方にあろうとも、街へと到達する時間は極僅か、すぐに到達してしまうだろう。
「グルオオッ!?」
唐突に、その足元が陥没し陥没した大地に足が捉われるまでは。
※竜の性質のチート 一・炎を吐ける 二・咆哮で恐怖心を植え付ける 三・鉄より硬く炎耐性を持つ鱗 などなど。そもそも竜がチートじみてる存在なのでその性質を持つ時点で割とチートに近い。竜はどこでも最強に近い上位種族である。
※この世界には冒険者の英雄譚が多い。世界的な危機、今回の放浪魔のような危機的事案が割と珍しくないため冒険者という戦力が必要であり働いた結果そうなる。そういう影響もあり冒険者に対し憧れを抱き冒険者になると言う人間も多い。冒険者の扱いもそれほど悪いものではない。
※一般的な冒険者は魔法を使える程度の冒険者。魔法使い扱いはされない。そもそも魔法使い自体少々特殊な扱いになる。




