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この世界には魔物と呼ばれる存在がいる。しかし、それは獣とどう違うのか?
一般的に言う獣でも、警戒烏のような特殊な能力を持つ生き物はいる。それは魔物に含まない。魔物はその特殊な能力を持つことが魔物に認定される条件ではない。例えば以前公也の出会った蟹のような蜘蛛……あるいは蜘蛛のような蟹だが、あれは魔物である。同様に、例えばグリフォンの類は魔物である。キメラなど、生物の特長を複合して持つ生き物はこの世界では魔物と認定される。もっとも、公也のいた世界では獅子と虎の交配によるライガーと呼ばれるような存在もいたりする。そういった者も魔物に含まれるのか?
そういうものでもない。似通った種が交配することによって生まれる存在の場合、あまり魔物とは認められない。蟹と蜘蛛は元々種として大きく違うものだろう。住む場所に生態、食する物、生物としての性質、持ち得る身体的特徴など。その全く違う種が融合して同種になったかのような生き物である場合、それは魔物として認められる。
また、こういった多様な種族の複合生物だけが魔物として認められるものではない。例えば空を飛ぶ蛇、例えば砂の中を泳ぐ鮫、水面に根を張り生える樹木、動く鉱物など、そういった生物なども魔物として認定される。これらの生物はそれぞれ特徴も生物としての種も大きく違うが、一つの特徴を持つ。それはこの世の摂理、正しい在り方から大きく外れているというものだ。
空を泳ぐ、ということは本来できない。まるで水中にいるように空中にいるということは有り得ない。鳥のように空を飛ぶならばともかく、まるで水中にいるかのように空を泳ぐのは無理だ。同様に砂の上を歩く走るはできても、砂の中を水中のように泳ぐことはできない。水中に存在する木々、植物の類はあるかもしれないが、水の上に水面を大地のようにして生える木々はあるだろうか。鉱物が意思を持ち生き物のように動くということはあり得るだろうか。そういった本来ならばあり得ないもの、それらが魔物として認定される。前述の複合種も、本来交配して生まれることすらありえない存在であり、ありえないゆえに魔物として認定されるというわけである。
また、多くのファンタジーに出てくる生物の多くはこの世界で魔物として認定されるが、それはそれらが魔物として一般的……多くの世界で言われるからではなく、やはり魔物としての特徴を有しているからである。例えばゴブリンだが、ゴブリンはその発生が極めて特異的だ。そもそもゴブリンはこの世界でとても多く、どこにでも、無数に存在する。一匹見れば三十匹はいる、というくらいにあまりにも多い。しかし、ゴブリンという種は人型で相応に知能を持ち、集団での狩りを行うこともあるし集団での生活を行うものでもある。まあ、弱いからこその数、ともいえるが、そのような生態でどうして数を増やせるのか。そもそも繁殖能力としては多種の雌を借り腹とするわけでもないというのに。ゴブリンは基本的に同じ種の雌を孕ませるが、それが生まれるとき、それこそがゴブリンが魔物認定される最大の要因である。ゴブリンは雌が子供を産むとき、その腹を突き破り生まれるのだ。それは一匹二匹ではない。数十匹の単位で、それもそれなりに大きな……ゴブリンの体形にたいして大きな子供で生まれてくる。生物として考えるならばそのような生態は有り得る者とは思えないが、ゴブリンは実際そのように生まれてくる。そんな生物はどう考えてもおかしい。ゆえにゴブリンは魔物として認定される異常な種であると考えられるわけである。
それ以外にも、例えば妖精や精霊なども魔物として認定されていたりする。とはいえ、彼らはまだ話して分かる相手であったりするし、協力的な関係を築けることもあるため、魔物としての認定はされているが一般的な魔物と同じ扱いにはならないだろう。ちなみに妖精と精霊はかなり似通っているものであるが、妖精はこの世界に実体を持つ存在を持つ自然の性質を持つ生物であり、精霊はこの世界に実体を持たない自然の要素の化身である存在とされている。もっとも、これは今のところ彼らを研究したうえでの現時点での結論であり、正確な断言ができるものではないが。彼らも自分たちの存在についての究明のために解剖などの生物実験を許すはずもない。そもそもそんなことができるほどに弱いわけでも安全なわけでもない。とはいえ、妖精はある程度実態の把握はできてきているが……やはり魔物認定される存在ではあるだろう。
この世界でもアンデッドはいるが、それらもまた魔物である。人が作ったものであろうと、自然に発生したものであろうと、また幽霊の類であろうと、この世界に存在し生きるルールに反する生態を持つ彼らはたとえ生前の記憶があったとしても魔物として認定される。まあ、妖精や精霊のように話せる相手はあまり魔物として一般的な扱いを受けない、ということはあるのだが、それでもアンデッドは本来死んだ存在が生き返った、ということもあってそれなりに忌避的な扱いを受ける。そもそも、人間であったものが魔物として復活する、ということ自体を忌避する者も多い。まあ、結局彼らを滅ぼすかどうかはその死者に関わっていた者の判断次第で、その死者に関わらない人間にはそもそも判断を下す意味もなく、滅ぼし正しく死を迎えさせるのが正しい。
さて、そんなこの世界の魔物事情であるが、魔物は普通の生物とは違うこの世の一般的な摂理、ルールから反する能力を持つがゆえに魔物として認定されるが、だからといって生態が大きく普通の生物と異なるわけではない。空を飛ぶ蛇も普通に蛇と同じような植生を持つし、砂の中を泳ぐ鮫は砂の中を泳ぐという生態以外は普通に鮫として活動している。それ以外の生物も同様で、それぞれが自分の住まう場所で自分の生き方を順守する、というのが一般的だ。
だが、世の中には例外的な存在もいる。旅をする生物、縄張りを変え移動する生物というのはいなくもないが、それでもそれには繁殖や餌場の都合など相応な理由がある生き物がほとんどだろう。しかし、この世界には独特の旅を行う生物がいる。そして、それはほぼすべてが魔物だ。
「グルルル……」
それは馬の体を持っていた。それは人の体を持っていた。それは竜の頭を持っていた。一般的にはケンタウロスと呼ばれるような半人半馬の魔物に近しい外見を持つが、その頭部が竜であるためかそれともまた別種の存在……単一で存在する、独特で独自な魔物であるだろう。たまにそういった特殊な魔物が生まれることはある。そういったこの世界にそれ以外しかいない、と思われる種は多くの場合一定の居住地を持たない魔物として各地を旅する魔物となることがある。
魔物の特徴から"放浪魔"と呼ばれるその魔物は、地面を駆けながら進む。時折それらの魔物は人里に現れ無秩序に破壊をもたらし、別の場所に向かいまた同じことをする一種の災害としても見られる存在である。冒険者や兵士のようなものが対応することもあるが、放浪魔は各地を旅することもあって中々に強い。それゆえに撃退、追い返すのが精いっぱいで街の被害を少なくする程度に留まることが多い。そうして人間と争い経験を積んだ魔物はまた強力となり、各地を巡り破壊をもたらし強くなっていく。
そうした放浪魔は一匹二匹ではなく世界にそれなりの数がいる。そして、それを強力な冒険者が討ち名をあげる、ということはよくあることでもある。もっとも、そういう結果になるのは本当に実力者が挑んで、であり、たいていの場合は街が総出でなんとか倒すというのが多い。
そんな、強者である放浪魔……放浪魔としてはおよそ真ん中くらいの強さを持つ放浪魔、竜頭半人半馬、ドラゴニュートケンタウロスとでも呼べるかもしれないそれは、ロップヘブンへと向かっていた。
※大雑把に言うと魔物はこの世の摂理に反する生物。もっともこの世の摂理は何なのかという前提が大きく困る話になるが。
※またそれとは別に多くのファンタジーで魔物と認定される生き物はそれらに対する集合的想念の関係で魔物認定されることもある。多くの場合は摂理に反する性質を有するので特に問題はない。
※放浪魔。この世界において各地を転々と移動する魔物。強さは普通の魔物よりも強く暫定Cランク相当が一般的。一体しか存在しない場合や群れを成して行動している場合もある。基本的に現れると周辺の集落、街、都市、場合によっては国の危機。




