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その日、ロップヘブンの裏組織……というほどでもないが、いわゆるヤクザかマフィアか、少なくとも暴力的な傾向のある犯罪よりの組織である一つの組織……組織というよりは集団、つまりは暴力団というのにも届かないような、頭のいいチンピラ上がりの悪人とチンピラの集まり的な集団が一つの動きを見せる。彼らがそのようなあまり凄い悪の組織ではないというのは元々ロップヘブン自体がそれほど大きな街ではないというのが大きいだろう。大きな犯罪組織がロップヘブンで活動する理由がなく、それゆえに街の裏にいる闇の組織、悪の組織というのがせいぜいがチンピラ上がりの集団ということになってしまっているわけである。
さて、それは関係のない話であるが。その集団のボスが何やらイライライライラした様子で机に体を預けている。
「ボス? 朝からずっとそんな感じだったみたいですけど、どうしたんですか?」
「…………ずっと嫌な予感がしてな」
「ボスー……今日はせっかくの大物取りなんですから、そんな不吉なことを言わないでくださいよ」
「俺にそう言われても困るんだが」
彼らのボスは朝からずっと、何か嫌な予感がしてそれゆえにイライラしているのである。彼は街の裏組織の一つ……まあ、この街でも一番の規模、というには少々弱いが、そもそもロップヘブン自体普通のあまり大きくない街であるため、彼らくらいでも大きな組織であり、ロップヘブンの裏組織でも上位といった具合なわけであるが。まあ、そんな組織の長、あるいは頭、ボスと呼ばれるよう存在である彼らのボスは相応に能力がある。いや、まあこんな小さな街の裏組織の頭なんかやっているわけだから能力と言っても大したものではないのだが、彼はなんとなく嫌な予感という形で自分たちの行動の結果繋がる未来、その時に起こり得る危機を感じることができる。
そもそも予感というものは基本的にその人物の経験や感覚による、一種の未来予測による結果だと思われるものだ。本当の意味で未来予測をしたり相手の心を読んだりするわけではない。よく言う女の勘も、本当に相手の心の内を読むのではなく、相手の視線や表情声色などで相手の感情を察することではないか……と考えたりもする。まあ、そもそもそれ自体が一種の特殊能力な気もするが。さて重要なのはそっちではなく。彼らのボスはなんとなく、予感という形で未来のことを察することができる。これは感覚や経験からの未来予測とはまた違うものだろう。まあ、ここが異世界だからこその特殊性なのかもしれないが。
ともかくそういった予感があるため、イライラしていた。朝からずっと。その日大きな稼ぎとなる仕事があるというのに。
「しかし、そうか……あれを奪ってくるんだったな」
「まあ、なんかちょうどいい感じらしいですし。いつも通り、誘導しての人払いをして、襲撃って形ですね」
「……………………」
「ボス?」
「ああ、確か妖精を攫ってくるんだろう?」
「ええ」
「じゃあ、できるだけ早くに売り払う。ついでに売り払う相手もここなんかとは違う場所の奴になるだろうから、そのとき一緒にここから出ていくことにしよう」
「おお! もしかして大きなところで仕事をするとか!?」
嫌な予感はいまだに消えない。部下が仕事を終え、戻ってくるだろう……そう思っても不安はぬぐえない。そもそも妖精という存在自体、彼らには手の余るような存在と言える。それを連れている男のことはよく知らないが、受けている依頼やその仕事の内容からして大した男ではないだろう。単に妖精を仲間にできる幸運にありつけた、ラッキーマンでしかない。そう、彼らは考えている。いや、そう彼らは思いこみたい。
本当の意味で今回襲う相手が幸運に恵まれただけ、とは思えない点もないわけではないだろう。だからこそ彼らのボスは不安を感じているわけである。それに、妖精……それも冒険者登録した妖精などは希少な存在である。それがいなくなる、ということが何を意味するか。もちろん妖精とそれを連れている男を狙う輩は多いわけであるが。一応依頼の帰りを狙うことで依頼の失敗で死んだ、と思わせることはできるかもしれないが、不安は不安だ。
「ああ、そうするかもな」
「それじゃあ今日は皆で打ち上げでもしましょうや」
「ふっ」
そんなふうに、不安に苛まれながらも部下と楽しく会話をするボス。しかし、ずっと感じている嫌な予感は消えず。その危険は向こうからやってきた。
「なっ! てめえな」
「ひっ!? お、おい、いったいなんのつ」
「ぎゃああああ」
「うわっ!? なんだ」
急激に、建物の中が騒がしくなる。
「…………おい、一体どうなってる?」
「いきなりですからよくわかりませんが……カチコミとか?」
「すぐに行って調べてこい」
「了解!」
だっ、と部下が部屋の外へと出ていく。外は既に騒がしくはなくなっていた。
「いったい何が……」
「あっ! おま」
「…………」
部下の声、それが一瞬で消える。本当にいったい何事だ、と思う事態である。こんな事態になりながらも、ボスは動かなかった……いや、動けなかった。本来なら、彼は動いて何が起きたのか調べ対処するべきなのだろう。しかし、動くことはできなかった。得体のしれない何かが、訳も分からない事態を引き起こしている。それは外で何かをして、部下たちをどうにかしてしまった。なんとなく、彼にはそうなったのではという予感がある。
そして、それは彼の目の前に現れた。
「お前がここのボスか」
「………………お前は、妖精と一緒にいる男か」
「そうだ。まあ、あまり名前は知られてはいないのかな? 名前をわざわざ使う機会も誰かに話す機会もないし、そうなるか……ヴィラの方が知名度でいえば恐らく俺よりも上だろうし」
公也である。もっとも、公也に関しては妖精と一緒にいる冒険者ということでは知られているが、その個人名まではあまり知られていない。ヴィローサに関してもその名前はそれほど知られておらず単に妖精と呼ばれることの方が多い。ある程度情報を知るものならば妖精はヴィラと呼ばれていることくらいは知っているし、公也がキイ様とヴィローサから呼ばれていることも知っている。しかし、それ自体はあまり重要な話でもないので調べる必要もなく、知っている必要もない。
「何の用でここに来た?」
「それをそちらが問うのか。今日、帰り際にお前たちの部下に襲われた。もちろんお前の指示で、だ」
「…………証拠はあるのか?」
「単に指示しただけなら証拠なんてあるはずがないな。だが、別に証拠なんてものは必要ないだろう? お前の部下がこちらを襲ったことは誰も目撃者が存在しないから知られることはない。だが、直接その被害にあった俺はわかっている。それだけでいい。そして、お前たちが襲われても、その情報は誰も知り得ない。ここにいる人間は皆殺し、目撃者はいない。死体も証拠も残らなければ、果たしてそれが誰の手によるものか、なんてわかるものかな?」
「…………」
公也は自分たちを襲った組織に対して容赦をする気はない。ある意味見せしめともいえるような苛烈な行いになるが、そもそもこの組織が公也たちを襲ったことは何処に知られているというわけでもないため、見せしめという意味合いはあまり意味がないだろう。自分たちに手を出せばこうなる、という意思表示でなければ見せしめにはなりえない。
ならば公也はなぜこんなことをしているのか……というのは、今後自分を襲うだろう相手を抹殺し将来の憂い、禍根を絶つこと、そしてその組織の持っている資金や物資、その人的資源、記憶や知識などの情報、そういったものが手に入れられるから、というのもあるだろう。人間相手に暴食の力を使うのは通常ならば気が引けるのだが、相手が屑の犯罪者ならば……罪悪感はかなり薄れる。まあ、必要ならば一般人だろうと善人だろうと容赦なくその能力を使うが、相手が殺してもいい相手ならば躊躇いはほぼなくなる。そういう点でこの組織は襲ってきてヴィローサを奪おうとした、自分を殺そうとしたという理由を免罪符に殺しにかかっていいわけであり、都合がよかったのが理由だろう。
「そもそも、俺に手を出そうとしなければこんなことにはならなかった。まっとうに仕事をして働けばよかった。そうだろう?」
「それができる奴らばかりじゃない」
「そうだな。だがそれは俺の知ったことではない。殺されかけたから、襲ってきた相手を殺す。殺さなければまた殺しに来るかもしれない。殺られる前に殺れ。シンプルな話だな」
「………………俺をどうする気だ?」
「殺す。ついでにここにあるお金を奪う。まあ、ある程度慰謝料をもらっていくだけで、後はギルド辺りに提供して街の発展にでも使ってもらえるように添え書きでも残しておくくらいだろうけど」
「そんなことをして何の意味が……!」
「別にお金が欲しくてやっているわけじゃない。それに、人殺しなんて悪いことをするんだからちょっとは善行をして相殺したほうがいいかもしれないだろ?」
公也としてはそれほどその行動自体を重要視はしていない。ただ、なんとなくお金目的で押し入ったと思われるといやだなあ、と思っただけである。お金はあくまでついでであり、最大の目的は自分を襲ってくる相手を潰して将来の禍根を絶つことでしかない。ゆえに、公也の目的はここにいる者すべての殺害、全滅、殲滅。
「ま、隠している資金とかもあるかもしれないが……それはお前を殺して知ることにする」
「な……どういうこ」
頭が消える。人間を殺す場合、暴食の力で一番簡単に相手を殺すのは頭部を食らうこと。もちろん全身でもいいし、半身でも食らえば殺せるわけだが、四肢、胴体を除く五つの部分ならばやはり頭部。狙いやすいしイメージもしやすい。見た目的にもインパクトは強い。そして何よりも、知識を手に入れるうえではその部分が一番重要になる。他の部分は他の部分で生命力や魔力量の増強などにつながるが、やはり最重要は相手の持つ知識や記憶。
「こういうことだ……まあ、聞こえていないか。さて、夜が明ける前に……ドタバタが他に知られる前に、色々と後始末だな。あと、わかりやすい報復行動である示しと、ギルド前にここの資金を土の箱にでも入れておいて、添え書き……いろいろと手間がかかるな」
単純に相手を潰すだけならば問題なかっただろう。しかし、無駄な行動をいろいろとするつもりのある公也には、どうしてもやるべき仕事が多い。それを襲撃を終えたのち、朝に街の人間が起きてここの周りに来たり、ギルドに出向いたりする前に行っておかなければならない。地味に面倒な話だが、公也はやらなければいけない。そうするつもりであると決めた以上は。公也は自分で決めたことながら、ため息を吐きつつ気が重そうにやり始めるのであった。
※危機的直感。未来にある危機を感じる特殊能力。一応は特殊能力だが本人には自覚がない、第六感的なものとしか思えない程度の特殊能力。
※公也の能力は完全犯罪が可能。こちら側にいるなら犯罪よりもゴミ処理で大活躍する。
※強盗的な行いをしているが迷惑料の徴収。必要以上の金銭を奪うつもりはなくそれ以外のお金はテキトーに処理する。




