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「っと! フーマル!」
「大丈夫っす!」
「キ、キイ様! 揺れるっ!」
「ヴィラの飛行速度だとよけるのは難しいから掴ませてもらった! 問題ないよな!」
「は、はいぃっ!!」
体を掴まれてぶんと振り回された感じだがヴィローサは嬉しそうだ。まあ掴んでいるのが公也だからだろう。仮に公也にされるのであれば虫のようにすぱんと地面に叩き落とされることですら問題なく受け入れるだろうし。
「しかしまさかこっちに来るとは……」
「そんなこと言ってる場合じゃないっすよ!」
声も上げずに白い魔物は襲ってくる。白い魔物は単純に見る限りでは四足の魔物に見える。ただどこか奇妙だ。それは犬に見える。それは蜥蜴に見える。それは獅子に見える。それは虫に見える。それは人に見える。いや、それらに見える部分もあればそれらに見れない部分もある。その魔物は様々な生物の特徴があるように見えるのに、どの生物が大本であるかを判断できないような見た目をしている。白い魔物はただ白いというだけではなく見た目も奇妙だ。その白さも生物的な一般的な白さには見えずまるで色がすべて抜け落ちてその色にされたかのような見た目である。
「……アルビノ? それにしては目が……っと!」
「きゃうっ!」
「っと、ヴィラ、自分で飛べるか?」
「と、遠くに放してくれればいいよっ!」
「わかった。ちゃんと飛行状態に戻れよ!」
ヴィローサを後ろの方に投げる。ヴィローサは妖精であり一般的な生物的な飛行手段を使わない。だからたとえ放り投げられたとしても空中で飛行の制動ができる。そうだと判断し公也は投げた。ヴィローサも言われた通り、そもそも落下したりそこらにある木々にぶつかりたくもないし枝に火かかったりするのも嫌なので自分で飛行状態に戻す。
その間にフーマルと公也は白い魔物と戦闘を行う。
「うおっ!? 流石にこれは……!」
「フーマルだと厳しいか?」
「大丈夫っすよ! しかし力強いっすね!」
公也が様子を見ながら参戦の機会を伺う。現時点ではフーマルがメインで戦ってはいるが、まずその機動力と力が厄介である。フーマルと戦いながらも公也を襲うこともしていた相手である。あらためて公也は魔物の様子を観察する。動きが的確で素早い。見た目が白いのであルビのかと一度考えたが目はアルビノらしい特徴はなかった。もちろん単純に体表面、体色にのみアルビノ的な遺伝欠陥が作用したとも考えられるがそもそもアルビノという異常が起きたと考えるのは現時点では早計である。
一番の特徴はその動き。動きが的確で遊びがない、余裕がない。
「……機械的? 通常の魔物のような野生じゃない、か?」
野生生物にしてはあまり野生生物のような感覚が見れない。こちらの様子を伺うような動きがない。動かないでこちらを伺うときもあるが、その時ですら伺う動きを見せない。別にこちらの様子を伺っていないというわけではなく、伺っているがその様子を動作に表していないのだ。そして急に攻撃に転じる。予備動作、こうしようとする意志が見られない。眼に意思の光が見られない。
「っと、そんなこと考えている場合じゃないな。フーマル、代わるぞ!」
「えっ、あ、了解っす!」
フーマルが下がり公也が白い魔物に襲い掛かる。戦う相手が公也に変わったとたん白い魔物はいったん退き公也の動きを見る。
「ふっ!」
白い魔物は公也の攻撃を避ける。可能な限り実力を発揮してはいるが公也も全力で戦うということはしない。手加減しているというわけではなく、そもそも本気で戦う場合その力の規模が違いすぎる。一般的な人間の規格に合わせたうえでの実力、全力で戦うといった感じだ。それゆえにただ本気で戦うだけならば白い魔物だろうと何だろうと一撃で粉砕できる公也でも、通常時はなかなか普通の戦いとなってしまう……手を抜いているわけではない。公也の場合自分の欲求を満たすための相手の行動の観察という意図もある。
そもそもこの白い魔物はいったい何がきっかけで発生したのか不明な未知の魔物である。その情報を得たいと判断した。仮に今後またこの地域で発生するのならばその情報はあった方が都合がいい。暴食の力で頭部を食らえば一瞬で終わるができれば死体は原型を残して渡した方がいいだろう。まあそこまで考えて仕事をする必要性はないのだが……そのあたり公也も情報が欲しいと思ったところがある。それは単純に魔物の危険、脅威だけではなく魔物の奇異さもあっただろう。
「避けるか」
「あ」
白い魔物は一瞬動きを止め、しかしすぐに逃げの手を打とうとする。
「逃げるなっ!」
そこをヴィローサが毒の力を白い魔物に発生させる。しかし白い魔物は少し動きが鈍った物の、すぐに逃げ去った。
「……逃げられたか」
「ごめんなさいキイ様! 止められなかった!」
「……いや、別にいい。一応相手の組織は手に入れたし、これを基に情報を追う」
公也の剣の一撃は一応掠っていた。それゆえにその剣の先に相手の組織が残っている。それに公也に限らずフーマルが戦った分の情報もあるだろう。むしろ公也が戦った時よりもフーマルのほうが戦っている。これは相手が戦っても問題ないと判断したからであるわけだが、そういう点ではフーマルのほうがいい仕事をしている。公也の場合相手は戦う相手が強いと判断して逃げた、今回の仕事は相手を倒せなければ意味がないのだからより戦える可能性が高いほうがいいのである。
まあ相手の組織を得てその情報を調べられる、相手の組織から相手の生体情報を基にその動きを追える、そういう点では掠る程度のものとはいえ攻撃を当てた公也の行動には意味があっただろう。
「……しかしヴィローサでも動きを鈍らせる程度か。毒が通じないのか?」
「うーん……実はねキイ様、私最初にあれを発見したんだけど……」
「あの時反応してたな」
「うん。でもね、変なの。あれ毒を感じなかったのよ」
「……毒を感じない?」
生物である以上毒というものは様々な形で有する。極端なことを言えばアルコールも毒であるし、トラウマや怒りなどの精神的なものもある種心の毒であると言える。生物の食らう食物の中にも軽度な毒はあるだろう。それを毒と認識しないにしても。ヴィローサの能力であればそういった毒はあらゆるものを察知できる。しかしまだ生物的な肉体の毒はまだ少し把握できたものの、それ以上に心の毒を一切感じないのがヴィローサにとっては奇妙だった。肉体の毒も通常の生物よりはるかに少なくおかしいとしか感じなかった。それゆえにあの時よくわからないという感じでヴィローサは反応したのである。
「……やっぱりその可能性はあるかな」
そしてその情報から公也は今回の魔物がどういう性質で生まれたのかの推測に至る。一応これまでの動作でも推測できるものはあったが確定ではない。まだこの時点でも確定はできていないが……この後魔物を見つけ倒せば確定できる可能性はあるだろう。
※不自然なほどに白色なのでアルビノを疑うが、目の色がアルビノとは違うので別物かと考える。
※ヴィローサの感じた違和感は毒を感じないこと。生物であれば持つ毒素、生体内に存在する毒素……それだけではなく精神の毒も。人のような精神性をしておらずとも言い切る以上精神に毒と見られる要素は生まれる。それがないのは不自然。




