8
「……魔物すら寄ってくる気配がないっすね」
「別にいいじゃない。面倒がなくて」
「いや、俺としてはちょっとは魔物と戦って体を慣らしたいっすよ……」
現状公也たちは森の中を探索しているが特に魔物が襲ってくるということはない。基本的に公也たちは強者である。ヴィローサはどことなく持っている毒ゆえに一般的な生物は自然に驚異に感じるものである。メルシーネは竜であるため普通は近寄らない。一応人間の姿をとっている彼女は竜の姿のときよりはその威圧感は抑えられているがそれでも魔物や獣の多くは無意識にその気配を感じる。公也は持ち得る存在の量、これまでに食らったすべての者をその内に有するためその存在の圧が違う。肉体的に見ればただの人間だが存在的に見れば竜と遜色ない、竜以上に恐ろしい存在であると言える。この中で本当に一般的な人間、冒険者といえるのはフーマルくらいだろう。それでも単独でDランクであるくらいの実力はあるのだが。
ともかくそういう存在がそろっているということもあってあまり一般的な魔物は近寄ってこない。まあ明らかにやばい雰囲気をしている相手に近寄る魔物は余程頭が悪いやつでもなければいないし、それが三つもそろってるとなるとたとえとんでもない脳無しでも近寄ったりはしてこないだろう……余程鈍感か、思考を制御されているか、あるいは調教されていたりして命令に従順だったりするか、あるいはそんな怖ろしいものよりも怖ろしいものに従っているか、そういったことでもなければまずない。一般的な森の魔物や獣にはない。
「確かにちょっと魔物戦ってこのあたりの魔物を相手にする場合の感覚を鳴らした方がいいか?」
「そういうことでもないと思うのです。例の魔物はこのあたりで戦う冒険者じゃ相手にならないやつなのです。つまりこのあたりの魔物より強いのです。強さの基準を周辺の魔物基準にするのは良くないと思うのですよ。アンデルク城あたりの魔物の強さを基準にするほうが相手が強くても困らないと思うのです」
「……それもそうか」
「近くにいた魔物たちと同じくらいの強さっすか……」
「それなら楽に殺せるからいいんじゃないの? あの周辺の魔物はフーマルでも倒せるくらいだし」
「そういう点だと一番危ないのはヴィラなんだけどな。しかし……やはり周囲に気配は感じない。他の魔物そうだが例の白い魔物もいなさそうだな」
魔物は寄ってこない。それはこの周辺の魔物もそうだが例の話に聞く白い魔物もそうだ。単純に現時点ではこの周辺にいないのか、あるいは他の魔物と同様に公也達の気配を察して寄ってこないのか。
「一度わたしは離れてみたほうがいいのです?」
「……そうだな。少し頼めるか?」
「わかったのです。ちょっと忘れ物したっぽい雰囲気で戻ってみるのです。戻ったらすぐにここまで戻ってくるのです」
メルシーネがサッと元来た道を戻っていく。これで一般的な生物が感じる中では一番やばい竜の気配を持つメルシーネがいなくなる。ヴィローサの毒の気配はある程度近づかなければわからないし基本的に普段はまだ控えめである。公也の持つ存在の圧は公也が対外に自分の意識を強く向けなければ発揮されない。まあ両者とも普段からある程度はそういった気配を発しているので何もしないで気配を抑えても完ぺきではない。そもそも抑えようとして抑えているというものでもない。
「さて、これで来るかな……」
「そもそもメルさんやヴィローサさん、師匠の気配で寄ってこなかったってことっすか? 単純にこのあたりにいなかっただけとかじゃないっすよね?」
「ありえなくもないけどな……他の魔物は寄ってくるかもしれないぞ?」
「それはありがたいっすね」
倒すべき魔物以外の魔物が寄ってくるのはそれなりにありがたい。仮に例の魔物が公也達の様子を観察しておりその様子から行動するというのであればある程度戦っている様子を見せなければいけないだろう。そして戦っている様子でも魔物を圧倒的な力で屠っている場合その強さを危惧し寄ってこない危険もある。そういう意味では公也もある程度力を抑えて戦う必要があるだろう。
「……一応言っておくが、魔物がこちらを観察している可能性もあるから俺は手加減して戦うからな?」
「……いや、俺だけで戦ってもいいっすけど?」
「それはあんまりよくないんじゃない? 全員の力を見せたほうがいいかも」
「……思うんだが、俺たちよりもメルのほうが弱そうだと考えてそっちに寄って行くったりはしないよな?」
「………………」
「………………」
現時点で男性二人に妖精一体の三人組よりも、女性だけで戻っていった一人のほうが戦う面で言えば安全性が高いとみられるだろう。ただ魔物はそもそもなぜこちらを襲うのかがわかっていない。襲われても食われたり死体を持ち帰ったりする様子はないらしく、ただ襲われ、ただ攻撃され、ただ倒されているだけといった感じである。弱い相手だから襲うのか、何か理由が合って襲うのか。まあそれを判明させるために倒しに来ているわけだが。
一定数以上ならば襲ってこない、相手の強さ次第で襲ってこないがならば弱ければ襲うかといえば厳密には不明。メルシーネだけのほうが見た目上は弱そうだが竜の気配を感じるならばそれを感じ公也達を襲うかもしれない。そうはせずに見た目だけで判断してメルシーネを襲うかもしれない。そこはわからない。
「メルを戻す……いや、そう簡単にはいかないか? 魔法でも俺が届けるなら容易だが向こうからは厳しい」
「前に使ってた戦場での魔法はどうなの?」
「あれは……明確に範囲がわかっているからこそ使いやすいものだったからな。今どこにメルがいるかわからない。それだとこの森全体を対象にするしかない……まあここまでの道方面なら割とどこでもいいが、問題は対象を選ばないという点もある。メル以外にも誰かがいればそちらにも届く。魔物も生物だからそういうのにも届くな」
「結構面倒な仕組みなのね……」
「いや、そんなこと言っている場合っすか? メルさんが襲われているかもしれないってことっすよね?」
「仮定の話だ。正直魔物がどういう目的や判断でこちらを襲ってるかわからないからな……」
今まで放していたことはあくまで魔物ならばこう考えるのではないか、という仮定の話。実際に魔物がどういう判断を下しどう行動するかは分かったものではない。実際にメルシーネを襲うかどうかは不明である。
「………………」
「ヴィラ?」
そんな風に話し合っていたところにヴィローサが独特な反応を見せる。
「……感じない? うーん?」
「何かいたのか?」
「……近づいてくる!」
「えっ?」
「……魔物か?」
白い魔物が木々の上、頭上から襲ってきた。ヴィローサが感じていたのはその魔物の存在……厳密にいえばその魔物の持つ毒である。ただそれがよくわからない状態であったがゆえに魔物が来たということを曖昧に判断するしかできなかったのであった。




