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「……フォルグレイス? 何を言っている」
「アリルフィーラを気に入らない……その理由は?」
フォルグレイスの突然の告白に驚くディーレスト。それに対し冷静に質問を続ける公也。フォルグレイスはディーレストの呟きには反応せず質問をしてきた公也の方に反応する。
「アリルフィーラが民の前に出ていくからだ。民に施すこと、民のためになる行いをすること、それを悪いとは私も思わん。民がいなければ国は立ち行かない。まあ私が民のために生きるのではなく民が私のために生きるべきではある。私は私のために民を上手く使うだけだ。そもそも私は皇族だ。皇族である私は民よりも上、はるか上の人間。同じ皇族でアリルフィーラも同様だ。だがなんだアリルフィーラは? なぜあっさりと民の前に出ていく。ましてや自身の愛称を民に呼ばせるだと? 直接民の前に出向き施しをするだと? なぜ私たち皇族がそのような行いをやらなければいけない! 皇族ならばもっと皇族らしくするべきだ! 私たち貴き者の姿を安易に民に見せるなど、私たちが民に近づくなどあり得ぬ! 民は私たちを遠くに見て、高きところにいるのを見て、自分たちよりもはるか上の存在であると思い知るべきだ! アリルフィーラのように民のいる場所、下々のいる位置にまで出向くなどするべきではない。施しをするにしても私たち皇族は部下に命令だけしていればいい」
「…………」
「…………」
フォルグレイスの言っていることは自身の皇族としての在り方……いや、皇族がどうあるべきかという点に言及するものである。彼は皇族であるがゆえに、皇族としての立場が民よりもはるかに高い位置である、そう考えている。それに対してアリルフィーラは民の下にまで出向き、また民と自分の立場をかなり近づけている。それは彼の考えでは許されるものではない。またアリルフィーラの行いは彼女だけに影響するものではなく皇族全体に影響するものとも考えている。アリルフィーラの行いは皇族全体の価値、神秘性と言った皇族という存在の持つ特別さを失わせるような行いである。民は皇族という存在に幻想を抱く。王という存在に幻想を抱く。国の頂点でありそれはまさに神にも等しい者と言ってもいいだろう。それは知らないがゆえに抱く幻想であり、アリルフィーラが出向きその姿を見せることでその幻想は薄れる。アリルフィーラの姿、アリルフィーラの見せる精神性、その行動、それらが皇族の持つ者であるという考えが彼らの中に生まれる。それを許容できない。
「アリルフィーラが民の下にまで出向いたことが原因だということか」
「そうだ。まあそれによりアリルフィーラが民に人気があるということも一因だ。アリルフィーラが何処の味方になるかはわからないが……正直言ってあいつの考えは読めん。下手に兄上の下についてしまい民の意思が味方に付くようになればこちらとしては困る。ならば先に殺しておけばいいと派閥の貴族を通し暗殺を頼んだのだが……まさかそれを防ぐとはな。実に気に入らん」
フォルグレイスは竜の方に視線を向ける。そこにいるアリルフィーラ、そしてアリルフィーラの暗殺を防いだ公也……その姿は見えずともそこにいるのはわかっている。それらを睨みつけている。
「……フォルグレイス、まさかそんなことを」
「ふん! 兄上にはわかるまい! 私は兄上よりも下、弟である。そのせいで私は皇位を得ることはできない。継承権第一位の兄上のほうが皇位継承は優先される! 私の方が優秀だろうともそれ変わらぬ」
「皇位継承とはそういうものだ。しかし打つ手はある。今行っている内戦こそがその手段だろう」
「そんなことをしなくても兄上は自分のほうが皇位継承では優先されている。だからこそそう言えるのだ! 私はどれだけ皇位を望んでもそのままでは皇位を得ることはできない! 勝てるかどうかもわからぬ内戦を命を懸けて行わなければいけない! だからこそアリルフィーラの暗殺を行ったのだ! 暗殺し、その死の責、暗殺の原因を兄上にすべて押し付けてな! だがそれはうまくいかなかった。仕方なしに私は兄上と皇位継承権争いの内戦を起こすしかなかった。わかったら大人しく死んでくれないか兄上? 皇位を継ぐのは私だ。私の方が皇位に、この国の王に相応しい!」
結局のところ今回の皇位継承権争いに関してはフォルグレイスの意思、フォルグレイスの望みで行われたことである。彼がディーレストを排し自分が皇位継承を行うために。自分勝手とは思うことではあるが、派閥として彼に付く貴族もいた。ディーレストの派閥につけずフォルグレイスに付いた貴族、そういった存在にはその試み自体はありがたいことである。そもそも皇位継承自体は継承権が上の方が優先されるというだけで決して一位の皇族が皇位を継ぐということでもない。その能力、人格、精神性、様々な要素によっては上位の継承権を持っていても皇王により排される可能性はある。しかし現状の皇族においてはそういったことはなく、順当にいけばディーレストが皇位を継いだことになるだろう。
フォルグレイスが皇位を継ぐには結局内戦を行うしかなかったことは事実である。まあそれはリスクがある。内戦を起こした皇子についていた貴族にとってもまたリスクがあった。だからこそアリルフィーラの暗殺とその暗殺の事実を押し付けるという形による皇位継承からの脱落を謀った。もっともそれは公也によって阻止された。
「なるほど。それが理由か…………まあ必要なことは聞けた。それにアリルフィーラの暗殺を目論んだという事実を吐いてくれたそれで十分だ。ヴィラ」
公也の最後の言葉、それと共にフォルグレイスが正常に戻る。その周囲にいた人間もまた。
「……っ!? な、私はなぜ! 何を!」
「これでそちらの意見は聞けた。アリルフィーラの暗殺を目論んだ皇子、フォルグレイス・ルハーティン・アルハーティア。皇族であり同じ家族の暗殺を目論んだその事実は看過できるものではない。その行いは皇位を継ぐに相応しき行いか?」
「………………」
「………………」
いくら皇族と言えども、同じ皇族、ましてや家族である人間を暗殺しようとする人間は果たして皇位を継ぐに足るか? もしアリルフィーラが悪逆非道を成しているというのであればまだ許されただろう。しかしフォルグレイスはアリルフィーラが善行を行っていると知っているうえで暗殺を目論んだ。さらに言えばそれを兄であるディーレストに押し付けて皇位を継承する立場から蹴落とすために利用するつもりでもあった。その行いは正しい行いではない。皇王は必要ならばそういった悪を成さなければいけないにしても、フォルグレイスのそれは少々やりすぎ、自分勝手なものである。
ゆえに、その行いを自分からばらしたフォルグレイスは皇位を継承するに足る器を持ちえないと言える。戦場はどうすればいいのか、という若干混乱した判断できない状態になりつつあった。
※偉い立場の人間は下の人間に滅多に姿を見せることはない……みたいな思想。
※突然の自白は当然ヴィローサが裏で働いている。




