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「ペティエット?」
『………………』
「………………」
『マスター?』
「ああ、ペティエットだな?」
『そう。マスターからの遠話みたいだけど何かあった?』
「まあ、何かあったといえばあったかな……とりあえずメルシーネに連絡入れて遠話をするように言ってくれ」
『わかった。呼んでくる』
いきなり魔法を使い話し始めた公也に部屋の中にいるメイド三姉妹は何をやっているんだ、といった感じの視線を向けている。ヴィローサやアリルフィーラはそれほど気にしていない。彼女たちは遠話の魔法について知っているのでそこまで気にはならない。ただ目の前で遠話をやっているのを見るのは珍しいものだろう。
「あの、キミヤ様? それはいったいなんなのですか?」
「遠話の魔法だ。アンデルク城との連絡に使うものだ」
「……それは凄い便利な魔法ですね。誰でも使えるのですか?」
「魔法陣の設置が必要で必要魔力も多い。いつ連絡しても使えるようにするために魔法陣を待機状態にしておかないといけないからな」
「……それでは普段の連絡手段としては使えませんね。しかし向こうに連絡できるということは待機状態にできるだけの魔力を供給できる魔法使いがいるということでしょうか……?」
「………………詳しい話は無しな」
「……はい、わかりました」
さり気に公也との会話で遠話の魔法に関しての情報を探ろうとしたフィリア。流石にアリルフィーラ、皇女の世話を任せられるメイドということもあって油断できない相手であるらしい。とりあえず基本的に情報は開示しない。下手に開示する場合城魔の有用性について触れることにもなり別の騒動に発展しかねない。まあ現状では魔法陣を使うための魔法使いを向こう側に用意している、くらいの考えであるようだ。一応は時間を合わせてのほぼ同時の魔法の使用などでもできそうな気もするが結局必要魔力量は結構なものになるし手間になる。ある程度の定期連絡程度には使えるかもしれないが必要に応じての連絡手段としては微妙だ。
『ご主人様! お呼びに従い即参上なのです!』
「……ああ、いきなり呼び出して悪いな」
『別に気にしなくていいのです。こちらでわたしのやることなんて特にないのです。ところでご主人様がそちらで私をわざわざ遠話を使用して呼び出すなんてよっぽどのことなのです?』
「いや、余程のこととまでは言わないと思うけど……まあ、呼ぶだけの理由はある事柄だな」
そう言って公也は今回皇国で得た情報についての話、そこからアリルフィーラが内戦中の戦場に向かうことについての話に移る。そしてその際にアリルフィーラに付く兵士が存在しないことにも話は及ぶ。
『別にご主人様がいれば他の兵士はいらないのです』
「まあ、戦闘の面ではそうだな。だが……見た目の問題がある。俺一人と兵士百人、威圧感で見るとどう思う?」
『わたしみたいなのだとご主人様のほうが怖いのです。でも一般的なら兵士百人のほうが脅威だと感じるのですよ。なるほどなのです。つまりご主人様一人だと舐められて終わりだと言いたいのですね』
「そういうことだ」
基本的に生物が相手に対して脅威を抱くのはまず大きさだろう。小動物を相手にするのと巨大な生物を相手にするのでは後者の方が恐れは大きい。まあ大きさの違いはそのまま強さに繋がるものでもある。大きい生き物と小さい生き物で言えば強さの面で言えば大きい生き物のほうが強い。まあ小さな生き物でも一部の生き物は巨大な生物ですら殺せる毒を持っていたりするので脅威度合いはまた少し話が違ってくるだろう。
そして大きさが同じ生物でも数が多ければまた話は違う。そもそも数の多さは自分たちよりも大きい生き物相手にすら有効だ。小さな魚が巨大な群れを作り大きな魚を寄せ付けない、といったように。まあこれは食べられにくくする、生き残り手段の模索によるものでもあるだろう。あまりに巨大すぎると逆に餌の集団にしか見られなさそうである。まあともかく数が多ければそれだけ相手は脅威になる。多くの生物に視線を向けられるのは実際に実害がなくても独特な圧があるだろう。
同じ一人の人間同士の場合、相手の強さで脅威を抱くがこれは見た目ではっきりわかりにくいものになる。もちろん筋肉隆々の相手は脅威に感じるだろうし痩せてガリガリの相手は脅威に感じないというものがある。しかし意外に見た目は相手の強さ、脅威とは直結しないこともある。確かに筋肉隆々なら力はあるかもしれないが戦闘技術があるとも限らない見せ筋という可能性もある。ガリガリに痩せていても強力な魔法使いであるかもしれない。そういった感じで見た目では相手の脅威はわからないゆえに、たった一人の人間がどれほど協力であっても脅威を抱くことはない、ということだ。逆に数の脅威ははっきりわかりやすい。大きさと同じで数は見た目ではっきりわかる脅威だ。ゆえに数の脅威が用意できない公也は脅威に見られない。
だがそこで出てくるのがメルシーネの存在である。
『ご主人様は私を敵に脅威に見せるために使いたいのですね』
「アリルフィーラの守りに関しても頼みたい」
『……実に都合のいい話なのです。お留守番させられたのはわたりもちょっと頭にカチンと来ているのですよ?』
「あー…………そこについては、半分は仕方ないと思っている。実際連れて行くには都合が悪かったのは事実だ。ワイバーンもそっちに戻るように言って戻したしな。だがまあ……メルの気持ちを考えないのは悪いと思ってる」
『ご主人様のために仕え仕事をするのがわたしたち仕え魔なのです。ちょっとイラっときたり頭にカチンときたりすることはあるのですけど、ご主人様を悪くは言わないのです。そこまで言わせると仕え魔としては立場が悪いのです! な、の、で! ちょっぱやでそっちに行くのですよ!』
「いや、別にそこまで……」
『でもこっちのことはいいのです?』
「いざというときは帰還の魔法を使ってもいい。それにそちらにいる分だけでも守りはできる……と思う。メルやヴィラがいないことによる不安はありそうだが……」
『まあそこはそっちの滞在を短くする意味も込めてわたしが行けばいいだけの話なのですね』
「……そうだな。俺もあまりこちらばかりに関わっていても、って話だしな。とりあえず今俺がいるのは皇都で……」
『場所に関しては教えてもらわなくてもいいのです。私はご主人様の仕え魔なのですよ? ご主人様のいる場所は何時でも把握できるのです』
「……それは怖いな」
『仕え魔としてご主人様の要望にいつでも応えられるように誠心誠意の努力の結果なのです! 仕え魔の持つ基本機能の一環なのです! 別に私はどこぞのストーカーたちと同じような立場ではないのですよ! そこだけは言っておくのですよご主人様!』
「あ、ああ……」
『それじゃあ行くのです! ペティに伝えてさっさとそちらにいくのです。魔法陣は切っておくのですよ』
「わかった」
そうして遠話の魔法陣が切れる。メルシーネは皇都に一直線最高速で来る感じであるらしい。
「……まったく。仕え魔ってなんなんだろうな」
「キイ様、お話終わりました? メルはこちらに来るのね?」
「そうだ……ああ、アリルフィーラ、伝達してほしいことがあるんだが」
「はい」
「アリルフィーラ様。伝達することに関しては私たちにお話しください」
「わかった。さっきも言ったが、竜が皇都に飛んでくるが、騒がないように言って欲しい。今話していたのが来るから」
「………………それはやっぱり本当なのですか?」
「遠話で話していた方ですね?」
「竜ですか……見たことはないですが、やっぱり他の竜と同じような」
「名前はメルシーネ。竜の姿で飛んでくるだろうから結構大きめだな……まあもしかしたら竜人の姿で来るかもしれない。場合によっては空で姿を変えるくらいはできるかもしれないし。ただ、皇宮に向かってくる飛行存在に対して攻撃はしかけないでほしい」
「……それは難しいです。仮にキミヤ様の仰る竜だとしても、そうであると確定できる証拠もありません」
仮にメルシーネが皇宮に来たとしてもそれが本人だと証明する手段がない。それにそれ以外の飛行存在だっているだろう。メルシーネが来る前にそれが来た場合どうすればいいだろうか。まあ同じタイミングにそういった存在が来るなど余程の奇運が必要だろうが。
「…………攻撃した相手が反撃をしてこなかった場合、過剰に攻撃しないでくれ。どうせ殆どの攻撃は通用しないしな」
「え? それでいいんですか?」
「いや、メルシーネの防御能力なら……かなり強力な魔法でも放たない限りは傷つくこともなさそうだし」
矢を射かけたところでメルシーネ相手にはろくに通用しない。意外と話して攻撃しないように言い含めなくても大丈夫では、と思うところである。ただやはり皇宮に降りてくる都合上事前に連絡することは必要である。勝手に降りてきて文句を言われても困る。ゆえに伝達自体は頼んでおかなければいけないだろう。
※遠話の魔法は念話ではない魔法陣を通じての話なので一応他者も声は聞こえる。もっともいきなり声だけしたら何をしているんだろうと思う。
※大きさはそこまででないにしても竜はかなり脅威に思われるだろう。
※電話じゃないんだから魔法陣を切るっていう表現はなんか違うような……




