19
「アリルフィーラ様! ご無事だったんですね!」
「フェリア」
「お怪我もなさそうで何よりです……とても心配していました」
「フェリエ」
「戻ってこられた以上もう安心です。皇宮にいられる限り安全は私たちメイド、そして皇宮にいる兵士たちがしっかり行いますので」
「フィリア」
「……名前覚えにくいわね。メイド三姉妹でいいの?」
フェリア、フェリエ、フィリア。似た名前で覚えにくいメイドが三人。公也がアリルフィーラを発見した時にはついていくことのなかったアリルフィーラ付きのメイドの三人である。似通った名前であるがそれに関してはヴィローサの言う通り彼女たちが三姉妹だからである。なお三つ子ではなく三姉妹。年齢は長女と三女で二つも離れていないくらいだったりするが。
「アリルフィーラ様……その妖精は?」
「彼女は私を守るためにキミヤ様がつけてくれた妖精です。ヴィローサさん、その……」
「ヴィローサ。妖精よ。キイ様に言われてこの皇女様のお守りをさせてもらうことになったわ」
「お守りですって!?」
「……アリルフィーラ様、このような者がいなくても十分です」
「私たちだけで守れます!」
「いえ、でも……あなたたちを信じないとは言いませんが、彼女はキミヤ様が側につけてくれた者ですので……」
「そのキミヤ様とは……アリルフィーラ様と一緒にいた人ですか?」
「アリルフィーラ様、あのようなものを様とつけて呼ぶ必要なんて!」
「その通りです。ここ皇国においてはアリルフィーラ様のほうが立場がお上なのですから」
「いえ、ですがあの方には暗殺者から助けてもらった恩もありますし……」
メイド三姉妹のアリルフィーラに対する忠言……まあ、アリルフィーラの立場からするとそのような言い方になるのはある意味仕方がない。彼女は皇女、皇国における上位権力者。公也は一応キアラートの貴族ではあるが皇国では当てはまらないし立場としても皇王の娘、つまりは王女と言えるアリルフィーラのほうが一貴族の公也よりも上だろう。特に公也は領地をもらうとはいえ爵位としては領地をもらえる最低位。明らかにアリルフィーラのほうが上なのだから対応としては間違っていない。
しかしアリルフィーラとしてはむしろ立場が低いほうが都合がいいし、公也に対して多大な恩もある。そもそも今の状況において彼女は公也に助けてもらっている状況にある。それを下に見るということはできない。さらに言えば、ここにはヴィローサがいるのだからそういったことをすることはできない。
「舐めてるの?」
「ひっ」
「っ!」
「…………」
三姉妹の二人、フェリアとフェリエが怯えたように震える。下のフィリアは辛うじて耐えている。彼女が耐えられるのは彼女は公也に対して悪く言ってはいないからだろうか。特に先ほど口出しはしていない。アリルフィーラに人物について尋ねたくらいだ。まあヴィローサがそのあたり手加減をするとも思えないが。というより間近にいるアリルフィーラが一番影響を受けて居そうである。まあアリルフィーラは普段からアンデルク城で過ごすうちにヴィローサに慣れているのか三姉妹ほどの影響はない様子である。
「ふん。私に怯える程度じゃたかが知れてるわね。そこのはまだマシかもしれないけど」
「ヴィローサさん……」
「アリルフィーラ? あなたが言わなきゃいけないのよ? キイ様に敵意を向けてるのはあなたの従者なんだから。下の振る舞いによる不手際は上の不手際。私だって私が何か粗相をしたらキイ様が悪く言われるのだから。まあその前に全部黙らせるけど」
「それはたぶん過剰攻撃だと思います……」
「いいの。それで? キイ様がなんだって?」
「…………う」
「アリルフィーラを盾に文句を言おうとしても意味はないわよ。自分の意見で言いなさいな。皇女付きだからお高くとまってるの? 自分自身には大した力もなくて権力でしか物を言えないんじゃないかしら? キイ様のやったこと、頑張っていることを加味しないで、アリルフィーラの意見も聞かずにぎゃあぎゃあ言ってる外野は黙ってなさいよ。邪魔だわ」
「…………」
「…………」
「…………」
ヴィローサの圧に何も言えない三人。毒気もそうだがヴィローサ自身の経験による雰囲気もある。まあ最も恐ろしいのはその毒なわけだが。
「まあ何でもいいわ。そもそも今のアリルフィーラも別に安全というわけでもないし。私は私の仕事をするだけ。あなたたちはあなたたちの仕事をするだけ。大人しくアリルフィーラのお世話でもしてたら? ああ、アリルフィーラも次のための準備はしておくのよ。私は警戒してるから」
「はい……警戒ですか?」
「人間はね。それぞれで持っている毒が違うの。心の毒。色も違うし質も違うし在り方も違う。心底悪い毒を持っているのもいれば、全然そうでないのもいる。あなたにもあるわよね? 結構捻じくれた心の毒が」
「う…………」
「それを覚えれば、どこに誰がいるかもわかるわ。私の知覚できる範囲にいれば。持っている毒が知らない毒ならそれはどこの誰ともわからない人。まあ味方に敵がいないとも限らないし、知らない相手だけ注意すればいいというわけでもないけどね……毒が見えるからある程度危険度や脅威であるかもわかるのよ?」
「そうなんですか……」
そんなことをアリルフィーラに話しつつ、ヴィローサは三姉妹の方に視線を向ける。それはお前らのことに関してもちょっとはわかっているぞ、という視線である。まあヴィローサとしては敵対しない限りは特に気にすることはない。
「ま、他のことは頑張ってね」
「はい」
そうしてヴィローサはふわりと部屋の中を浮いて周りを見て回っている。アリルフィーラのいる部屋から出るつもりはない。部屋の中にいる限りは部屋の中が確実に自身の能力の範疇になる。おそらくだが外に逃げたとしても追いかけることもしないだろう。
「……ア、アリルフィーラ様。彼女は……大丈夫なのですか?」
「ええ。キミヤ様がつけてくれた子ですので。キミヤ様は今後の私のしたいと思っていることの手助けをしてもらっているのです」
「具体的にはどのようなことをでしょう?」
「…………私が皇国に戻ってきたのは家族同士の争いを止めるため、内戦を止めるためです。そのために必要な手を探しています」
「……継承権争いに参加なされるおつもりですか?」
「いいえ。私は争いを止めたいのです」
「それはできないことです。国事なのですよ?」
「わかっています……ですから、中止させるのではなく、決着をつける、終結に導く、そのための手を探してもらっているのです」
「それはいったい……」
「私は暗殺されかけました。そしてそれは皇族……私のお兄様やお姉さま方、家族の手によるものであるとわかっています。それを誰が行ったか。その真実次第では、それを決定打とすることができるかもしれない……そういうお話でした」
「…………なるほど。それなら確かに不可能ではないかもしれません」
「アリルフィーラ様、なぜそのようなことを!?」
「姉さま。家族同士での争いを止めたいというのはごく普通のことだと思いますよ?」
「……それでもアリルフィーラ様が関わろうとすることには納得がいきません」
「姉様。納得がいかなくともそうすることをアリルフィーラ様はお決めになっています。それを止めることは私たちの立場ではありえません」
「……それもそうですね」
三姉妹もアリルフィーラの決めたことに関して納得いったようである。一番上のフェリアは微妙なところであるようだが。
「アリルフィーラ様。私たちはどのように行動すればいいでしょう?」
「今はまだ証拠がないのでどうしようもありませんが、準備が終われば内戦が行われている場に行くことになると思います。いつになるかはわかりませんがそのための準備をお願いします」
「わかりました。姉さま、準備をしましょうね」
「私はアリルフィーラ様のお世話があります。あなたたちがしていてください」
「…………日替わりです。私も久々にアリルフィーラ様のお世話をしたいですし話もしたいです」
「今日はそれでもいいですが、ずっと姉様がついているのもどうでしょう」
「わかりました。日替わりですね。明日はフェリエ、明後日はフィリア、その次は私に戻る。ローテーションですね」
「はい、それでいいです」
「問題ありません」
アリルフィーラに断りなくそういう風に世話をする人員が変わるようである。別に人員が一人でならないというわけでもないと思われるが……まあそのあたりはそもそもそこまで必要とする仕事が多くないというのもあるかもしれない。以前はほかにも雑事を行う人間はいたが、それらがアリルフィーラと共に外に出て暗殺のときに殺されたりしている。そしてアリルフィーラがいない間に補充がされていない。元の状態に戻すならば補充がいると思われるが、現状でアリルフィーラがどういう扱いになるかは不明。現時点では追加は難しい。ましてや暗殺の可能性もないとは言えない。以前暗殺されかけた状況もあってその可能性が残っている以上補充は難しいだろう。ゆえに彼女たちで世話役を回すことになるようである。
ちなみに守りに関しては部屋の守りだけでいい。外にいる兵士などだけでも十分なもの。そもそも今彼女のいる場所は皇宮。安全という面においては国で一番の場所。安全は守られている……はずである。
※メイド三姉妹。九章後も出番あり。まあ名前ありだし……
※ヴィローサは人の心に内包する毒である程度その人間の持つ精神的な情報を把握できる。同時にその毒の存在がそこに何かいることを示唆するということでもある。彼女の位置把握はその毒の存在や毒を発生できる存在がいることを把握する点からのもの。




