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「其方はキアラートの存在。今回のことに関しては皇国のことである。口出しは無用だ」
「今の私は一冒険者、そのうえ現時点ではアリルフィーラ様の手伝いをするためについてきている立場です。意見を述べるくらいは許されるでしょう。最終的に決定するのはアリルフィーラ様です」
皇王と公也の視線が交差する。敵対するというよりは真意を測るような雰囲気だ。
「…………ふむ。其方の言葉はキアラートとは関係ないと」
「キアラートの外にある限り私はただの冒険者の一員です。一応は彼の国に所属している身、多少は彼の国にとって有利になり得るよう行動する可能性はあります。ですが今の私はあくまでアリルフィーラ様の味方にすぎません。ゆえに今から言う私の意見はアリルフィーラ様の考え私の方で察したうえでのものです」
「ふむ、聞いてみようではないか」
どちらかというと感情的なアリルフィーラに対し公也は元々が外野であるためか割と冷静である。あるいは持っている知識、今回の出来事の発端であるアリルフィーラの暗殺の件も含め様々な情報を持っているが故か。そんな公也のアリルフィーラの考えを踏まえたうえでの意見が出る。
「まずアリルフィーラ様の内戦を止める、継承権争いを止めるということに関しては別に皇位継承に関して物申すことではない……つまり内戦自体を無に帰すためのものではないということを私から述べさせてもらいます」
「ふむ? どういうことか」
「今回の内戦の結果がどちらかの勝利で終わっても特に問題にはならない……これ以上の犠牲が出ないのであれば。そういう意味です。アリルフィーラ様はあくまで身内同士での争いを止めたい、というだけであり、皇位継承権争い自体を無くしたいというわけではない。そういうことです」
「だが争いを止めるというのであれば話は変わらぬだろう」
「いいえ。簡単な話です。今すぐ皇位継承権の争いがどちらからの犠牲者も出ずに決定すれば、その時点でアリルフィーラ様の望みは叶うでしょう」
「………………なるほど」
アリルフィーラの望みはあくまで皇位継承権争いによる身内同士の争いを止めたい。しかしそれは別に皇位継承権争いを中断しこれ以降もやらないようにしたいという意味合いではなく、今起きている戦いの犠牲を出したくない、特に身内から出したくない……そういうものなのである。本人の意思としては争いそのものを止めたいということではあるだろう。だが結果として、決着がつく形でも身内に犠牲がなく、可能な限り犠牲が少なければそれでいい。元々アリルフィーラ自身そこまで深い考えがあってきたわけでもない。その程度でいいのである。
「確かに皇位継承権争いの決着がつき、どちらが皇王の座に就くべきか、それが決まれば問題はない。ならばつまり其方……アリルフィーラが参戦するということか? アリルフィーラ自身が一つの勢力となるか、あるいはどちらかの皇子につくか」
「それは私にはわかりません。仮に一つの勢力となったとしても別に問題はありませんが……私が言いたいことはそれとは別にあります」
「なに?」
「これはアリルフィーラ様ではなく私の意見となりますが」
アリルフィーラの意思を述べたうえで公也は今度は自分の意見を述べる。
「一つお聞きしたいのですが、今回の継承権争いにおいて暗殺は禁止されているとの話ですね?」
「公にはそのような形になっている。正々堂々、自身の得た勢力、派閥、貴族の味方、兵、そういったもの同士での争いにて決着をつける。時にお互いの派閥のトップ、今回においては第一皇子か第二皇子であるが、トップにつく人物の死によって決着がつくこともある。しかしそれはあくまで互いの戦いの結果、暗殺をするにしても戦場でなければ許されない」
戦場での暗殺というとちょっとわかりにくいが、つまりは戦場にて裏から暗殺用の兵を送りそれが不意打ちで殺す、みたいな感じのものである。
「つまり暗殺は本来許容されない…………それは今回の場合のみではなく、それ以外の場合でも、ですか?」
「……我等のような国のトップに立つ者として、そういうことを行わなければならないことがある。決して暗殺を許容しないというわけではない」
「では家族の暗殺を許容すると?」
「何が言いたいのだ?」
「アリルフィーラ様は暗殺されかけました。それを目論んだのは皇族の中の誰か。私の知る限りそこまでわかっています。アリルフィーラ様が国の外に出たのはそれも理由にあります。家族からの暗殺、国のトップに近い人間からの暗殺は簡単に防ぐことはできないでしょう。まあそれは今は重要な話ではありません。皇族の一人が同じ家族に暗殺を仕掛けた、それが問題だと申し上げたいのです」
「………………」
今回の皇位継承権の争いとは直接関係のないことではある物の、アリルフィーラが暗殺されかけたことは本来とても大きな問題になり得る話である。さらに言えばそれが皇族関係者……皇王の子の一人の手によるものであれば、なお問題になる。さらに言えば、それが誰なのかという内容次第ではさらに大きな問題になる可能性もある。
「もし、それが今回の継承権争いを行っている皇子二人のうちの一方であった場合。その者は果たして皇位継承権を得てよろしいのでしょうか?」
「………………ふむ」
皇位継承権の少ない自身の妹に対し暗殺者を差し向ける皇子が果たして皇王の座に就くのはいいことであるか? そう公也は皇王に対して問題定義をする。アリルフィーラを暗殺したところで皇位継承権で言えば彼女は最下位と言っていい。彼女を殺したところで皇位継承権争いがどうにかなるわけでもない。むしろ彼女を殺したことで別の問題が起きる可能性もある。
「誰がやったのかは分かったところではないのだろう?」
「はい」
「であればその仮定は無意味だ」
「いいえ。今はまだわかっていない……しかし、証拠を得た場合はどうしますか?」
「ふむ…………」
「今私が申し上げることは、アリルフィーラ様が自身の暗殺に関する証拠を得て、それが今回の継承権争いの内の皇子のどちらかの手によるものである場合、その者の継承権を取り上げる……それができずとも、それを大々的に公表する。そうすることで勢力を削ぎ力を奪う。それによる干渉を許してもらいたいということです。場合によってはアリルフィーラ様が直接継承権争いが行われている内戦の場に出向き、干渉するということも私は考慮に入れていますが……それでもやはり自身に起きたことを伝えたうえで、その関係者が属していない勢力の側に付くという話になると思います。あるいは私が全員を拘束して戦闘を終わらせたうえで話し合わせるというのも考えの内にありますが」
「ふっ。とても大きく出たな」
「それくらいのことができる自負がありますので」
公也の言葉に周囲が見せるのは驚き、あるいは呆れ、失笑嘲笑もなくはない。それぐらいに公也の言っていることは出鱈目と言ってもいい内容だろう。もっとも皇王は軽く笑いはしたが、決してそれを笑い飛ばせる内容とは思っていない。アンデルク城における活躍の話、ジェルシェンダの奪還に関しての話。それらの情報を持っていれば決して不可能と安易に考えることはできない。
「なるほど。確かにアリルフィーラの暗殺に今回の皇子が絡んでいるのであれば……そのことを攻め手にするのは悪いとは言えぬ。私も息子が何もしていない娘の暗殺を企んだとなればその責を問わねばならぬだろう。だが、それは証拠がなければ何もできぬということでもある」
「はい。ですがアリルフィーラ様のただ止めたいという意見は聞き入れられないことでしょう?」
「そうだ」
「では、そういう過程を通じ、理由をつけたうえで参戦する。そういう形で止めに入るしかないと思われます」
「……よかろう。そういう形であればアリルフィーラの内戦への干渉を認めよう。もっともそれで現在争っている皇子、またその派閥の者たちが諦めるとも限らぬ。それに其方たちが情報を集めている間に争いを止めることもせぬ。私が皇子に対し責を問うのは戦後となろう。何かしたいのであれば決着がつくまでに行動せよ」
「………………」
「アリルフィーラ」
「っ…………わかりました、皇王陛下」
アリルフィーラは自分が介在せずに話が進んだゆえに納得入っていない。公也は別にアリルフィーラの意思を完全に理解して話したわけではない。一応意図は汲んではいるが、その全てに納得がいっているわけではない。しかしアリルフィーラでは皇王を説得するような意見は出なかっただろう。そういう点では公也に対して礼を言わなければならない……が、不満や文句がないわけではない。今回は一応納得し引くが、あとで公也に対してアリルフィーラは不満と文句を言うのであった。まあ同時に感謝も告げたが。
※暗殺禁止。継承権争い中は最上位の皇子皇女を狙って殺すことはある。ただ、それはあくまで戦場でのみ。戦場でならば暗殺は可。アリルフィーラのように国内を移動中とか、街にいる状態の皇子とかは狙ってはいけない。そもそもアリルフィーラの時は平常時の暗殺。それは皇族殺害を目論んだという大事件である。




