26
ロップヘブンに戻り、公也たちとフーマルはいったん別れることになった。これは彼らのとっている宿が違うからである。同じ宿にいるわけではないので戻る地点が違う、ゆえに別れる。それだけの話だ。もっとも、フーマルは公也を師匠に、ということを強く言ってきており、師匠がいる宿に移るとも言っていた。恐らく翌日から本当に移動しかねないだろう。
結局公也はフーマルが公也を師匠と呼ぶことは断ることはしなかった。立場的に師匠と弟子というものを教えるような立場にこそならないものの、フーマルが公也を師と慕いついてくること自体には何も言わない。公也としては自分だけでも冒険者として活動することに問題はないが、妖精であるヴィローサと二人だけで、というのは人数や立場的に面倒くさいことになるからだ。例えば難易度の高い依頼は人数が少ないと受けにくい。冒険者のランク次第、でもあるが人数が多くないと受けられない依頼というのもある。その依頼で得た魔物の素材を運ぶことや、遠征するならば運搬する物資も増えるし、戦う相手が多い場合味方の人数が少ないと戦力的に厳しいなど。数は力とはよくいう物で、冒険者でもパーティーメンバーの数が多い方が勢力的には強いことは多い。
もちろん個人で強いということもないわけではない。公也やヴィローサは冒険者としては現在のランクよりは明らかに強い。このまま経験を積んでいけば確実に冒険者のランクが上がるのは間違いないが、それでも現在のランクが変わるわけではなく、依頼を受けるうえで人数の方が重要になってくる。まあ、公也としてはそこまで精力的に冒険者として活動するつもりはないが、受けることのできる依頼が多ければ多いほど公也としては満足できるため、そちらの方が都合がいいということになるわけだが。
ともかく、そういうこともあり公也は活動するうえで人数を増やしたい感じもある。まあ、誰彼構わず増やせばいいというものでもない。公也の持つ能力の秘匿の必要性や、ヴィローサという妖精という特殊な存在のことを考えればあまり人数を増やしたくないし、口の軽い人間を入れたくはない。できれば自分たちのことは黙ってくれる、大人しく従ってくれる人員がいい。まあ、普通は冒険者になるような人間がそんなに都合よく従ってくれるはずはないわけだが。そういう点ではフーマルのように自分から公也を師として慕ってくれる存在はある意味ありがたい。まあ、猫の獣人ということを考えると猫の気まぐれさがあるかもしれないのでまったく不安がないとはいわない。ただ、フーマルは公也のことを魔法使いと思っているので魔法と言っておけば騙されてくれそうではある。また、ヴィローサに対して何か疚しい考えがあるようにも見えない。これで隠してる可能性はないとは言えないが、まあフーマルの戦闘能力、実力的にヴィローサであればどうとでもなると見られるので恐らく大丈夫だろう。
と、そんな感じで公也の中でフーマルの立ち位置が確定し、あまり暴食の力を使っているところを見せずに冒険者として活動しフーマルの様子を探る。特に問題がなさそうならこれからも冒険者のパーティーとしてやっていく、その時はある程度暴食の力は見せる。ただ、魔法だと思わせはするが。という感じにすることに公也は決めた。
これに対しヴィローサの方では公也と二人きりではなくなるという点に不満があるが、これが公也の決定であるのならば仕方がないと受け入れている。勝手にフーマルを殺して二人きりになるということもできなくはないが、公也の考えを無視し勝手な行動をとるわけにもいかないし、場合によっては自分が公也に嫌われ捨てられることにもなりかねないので、特に手出しをするつもりはない。代わりに召使いかのようにこき使う可能性はありそうだが。
「っと! 師匠強いっすよ!? 技術的な部分だと全然なのに!?」
「まあ、剣なんて今までろくに持ったこともなかったからな」
「技術がないのに力で無理やり押し勝つとか反則っす!!」
「フーマル。キイ様を傷つけたら毒をぶっかけるから手加減するのよ?」
「無茶言わないでほしいっすね!?」
現在公也はフーマルを相手に剣の修行中である。公也には魔法があるので別に剣を扱う必要はないのだが、公也自身としては剣術というものに対しての興味があり、実際に近接戦を行いそれを経験、近接戦の戦い方を学びその知識を蓄えるという点に楽しみを見出している。まあ、フーマル自身の実力はあくまで公也よりも剣に触れた期間が長い、扱った回数が多い、戦いの経験があるというだけでありフーマル自身は特に剣術自体を習ったわけではない。そういう点では公也の剣術という技術に対する知識を得る、という欲求を叶えることは難しいが、公也もフーマルにそこまでの期待を抱いているわけではないのでまあいいか、と言った感じである。
なお、フーマルと公也が戦い、フーマルの方が剣を扱う技術、近接戦としての能力は高い……が、根本的な身体能力が違う。獣人は一応人間よりも身体能力が高かったりすることも珍しくないが、公也のそれは獣人の能力よりもはるかに高い。圧倒的な身体能力、動体視力、反射能力があるため、フーマルの剣を見て受ける、避けるということができる。そういう点ではフーマルが全力で撃ちこんでも公也の方が対応できるため、傷つけてヴィローサの被害を受ける不安というのはない。多分。
「ふう、しかし師匠も魔法使いなのにここまで強いなんて反則じゃないっすか?」
「魔法使いだから魔法しか使えないのは問題だろう。そもそも戦いながら魔法を扱えればそのほうがよほどいい。それに相手も魔法使いは遠距離攻撃が主体だと知っているなら、近接戦を挑んでくる。近づかれれば終わりじゃ困る」
「普通はそれを守るのが前衛の役目なんですけど……」
「この力を生かさない理由もないだろう? 剣技に魔法を合わせるというやり方もありだと思うし」
「そういうものができるっすか?」
「風よ剣に纏え」
「おおっ! 凄いっすね!」
「……これくらいならだれでもできると思うけど」
発想さえあれば誰でもできること。魔法の仕組みを考えればそれこそ本当に難しい物でもないし、消費する力の多いものでもない。問題となるのは構成の維持と対象、あとは利便性だろうか。根本的に魔法使いは近接戦をしないものが多く、そのため剣に魔法を纏わせる必要性を感じない。必要でないものをわざわざ使うことはなく、作ることもせず。確かに発想さえあればできるのかもしれないが、そもそも使う意味がないゆえに使われないのである。
とはいえ、例えば仲間の剣に魔法を、ということを考えないわけでもないだろう。その場合問題になることは魔法の力を維持するための力となるだろう。魔力は個人差があるが、魔法使いとして魔法を使う人間ならばともかく一般人の魔力はそこまで多くない。魔法の維持を魔法を使った魔法使いではなくその魔法をかけた剣を使う人間に任せるというのは仕組みとして面倒であり、またその人間の魔力量次第で維持できる時間も違い、また魔法の使い方に慣れていなければ維持自体が難しく、そもそも魔法使いでない人間の魔力量では高が知れている。
つまりあまり使われず、使いにくいものであるため魔法使いなら誰でも作れる魔法だが殆ど世に出回っていないというわけだ。まあ、一部の魔法使い兼戦士のような人間であれば使っている者もいるだろう。その一部が恐らくは冒険者として著名な人間の中にいる……かもしれない。
「まあ、魔法は良い。とりあえず剣だけで戦うのをつづけるぞ」
「ええ? でも師匠と戦う必要性ってないっすよね?」
「少なくともフーマルができることは可能な限り学んでおきたい。俺と戦えばその分強くなれるはずだぞ?」
「た、確かにそれは……おお! まさに師弟の修行っすね!」
公也は変わらず、フーマルは喜ぶ。そしてそんな二人の姿を見ているヴィローサはため息を吐く。
「はあ……私がキイ様と一緒にいられる時間が少なくなる…………」
一緒に来ているのにヴィローサは何かするようなことはなく、出番がない。一人寂しく公也のことを見守るだけだった。
※どちらが師匠でどちらが弟子なのか。
※主人公は技術がないが肉体のスペックが高い。なので相手の攻撃の軌道を読んで回避する、などではなく見てから回避余裕でしたとかできる。なお技術を教えられずとも見て盗むこともできる。




