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周囲はピリッとした緊張感のある雰囲気に包まれている。まあある意味当然の話。
「………………」
「………………」
「…………アリルフィーラ様だ」
「……本物…………」
「…………なぜ今になって………………」
「あの男は………………」
ぼそぼそと微かに話声が届く。現在公也たちは皇都、皇宮にて謁見するのを待っている状況である。アリルフィーラとヴィローサが一緒であり、アリルフィーラの姿とそれに伴う公也の姿を見て周りが話っている。当然その正体、なぜアリルフィーラが今になって戻ってきたか、これまでどうしていたか。彼らも気になることだろう。彼らの心にあるのは不信と警戒。状況が状況ゆえ致し方ないところである。なおヴィローサは基本的に無視されている。色々な意味で妖精相手に反応はし辛い。ただ耳のいい者であればヴィローサの存在から公也の存在にたどり着く可能性はある。
「静粛に! 皇王陛下のご入場である!」
ざわざわとしていた周囲はぴたりと静かになる。そしてアリルフィーラ、公也共に緊張が高まる。アリルフィーラは久々の家族との再会に今回みたいな大々的な形になった状態で会うこと、公也は本来なら会うこともない最高権力者に会うこと、さらに言えば公也の場合他国の貴族である。キアラート以外ではその立場にないという扱いではあるがやはり貴族であるという事実が少し不安を抱かせる。
そして皇王が入ってくる。静かにそれぞれの者が礼をし、アリルフィーラも慣れた様子で礼を行う。公也もそれに倣いアリルフィーラと同じように行動をとる。一応公也は今のところアリルフィーラの協力者の扱いになるからだ。
「楽にせよ。此度の緊急の呼び出しに集まり私から感謝を述べよう。さて…………」
皇王がアリルフィーラに視線を向ける。ぴくり、とその視線を向けられることでアリルフィーラは緊張が高まる。相手は王、一国の王。立場が人を作るのか、そういう人物だから相応の立場に立てるのか、皇王は王として結構な貫禄のある人物である。ただ考えを巡らしたうえで視線を向ける。それだけで威圧のような重圧を感じるほどである。たとえ娘が相手でも、その真意、目的、なぜ今この日この時に皇都に戻ってきたのか、それがわかるまでは怪しみ警戒しなければならない。場合によっては娘だろうとも殺さなければならない。それほどの非情をなす場合もあるのだから。
アリルフィーラに視線を向けたのはわずかな時間。そしてそのあとはその側にいる公也に対して視線を向ける。
「………………」
公也はかなりの実力を持つ人間。もはや人間と言えるか怪しい程度には強力な存在である。力、強さ、そういう面で見れば公也は皇王よりもはるかに強いだろう。存在としても格が上のはずだ。だが皇王に視線を向けられた途端、思わずびくりと震えたくなるような圧を感じた。それをも手には出さないが、しかしその重圧は公也という存在にとってもなかなかの圧を感じる物であった。これが王という立場につくものの持ち得る強さ、凄みかと思うくらいのものである。
公也に対して視線を向けたのはわずか、その後にヴィローサに視線を向け、少し目を見開いたような様子を皇王は見せる。しかしそれもほんの僅か、すぐに何かを逡巡し、そして自分の持つ知識に思い当たる物があったのか、納得の表情を浮かべる。そして同時に警戒の感情もまた。それらの変化はごく僅かなものだった。それに気づける人間は余程皇王に親しいか、その変化の観察ができる能力がある人間だろう。
「アリルフィーラ。久しいな」
「はい。お久しぶりです、皇王陛下」
お父様、と呼ばないのはこれが公式の謁見の場だからである。もう少し気安い感じの場であればお父様でもいいかもしれないが、さすがにちょっとこの場ではそう呼ぶことはできない。そのあたり状況、場の厳格さゆえに仕方がないところである。
「よく無事でいたものだ。お前が乗っていた馬車は残骸で見つかり、周囲には死体が散乱している。お前の供をしていた者たちの死体はなかったゆえにどうなったかもわからなかった。誘拐されたものかとも考えたが、犯行声明があるでもなし。お前を用いて何か事を成そうとしている様子もない。この皇国にお前の行方を知っているような者は確認できず、困惑していたものだ。いったい何があったのかを訊ねてもよいな?」
「はい、もちろんです」
そうしてアリルフィーラは公也に助けられた時のことを話す。盗賊の襲撃、そこから森への逃走、供である者たちが殺される中自分殺されかけ、そこを公也に助けられたこと。そしてそこから公也の暗殺に関する言及とそれゆえに皇国を離れたこと。それからはアンデルク城にて過ごし、そのまま今に至るまで隠匿していたところに皇国の内戦の話、継承権争いのことを聞いて戻ってきた。概ねそういった感じの内容をアリルフィーラは話した。なおその詳しい内容、具体的な個人名や場所名に関しては話していない。さすがにそのあたりを話すと問題になりかねないこともあるというのはアリルフィーラも理解していた。
「なるほど……其方がアリルフィーラを救出したのだな?」
「はい、そのとおりにございます」
「名を聞いても良いか」
「公也と申します」
「ふむ、キミヤ…………」
少し考えるようにし、皇王は話を再開する。
「娘を助けてくれたことに礼を言おう。感謝する」
「いえ。私も偶然旅の途中で見つけただけでございます」
「そうか。しかし、其方が今まで娘を匿っていたのだな? それに対しては私もあまり寛容には居られぬな」
「………………」
「皇王陛下。キミヤ様には私から言い出したことです。その件で責めるのであれば私のほうにしてください」
「お前は私の娘だ。皇女という立場を持ち、低いとはいえ継承権を持つ。それを本人に頼まれたからといって匿うなど到底寛恕できるものでもあるまい」
皇王の言っていることは至極当然といえるだろう。娘に頼まれたとはいえ、娘を余所の国に連れ去りそこで匿う……男女同じ屋根の下で過ごすというのはそう簡単に認められることではない。特に皇女という立場を持つアリルフィーラが相手であれば余計に認めがたいだろう。彼女の場合その立場に傷がつく可能性もある。
「アリルフィーラも今回のことは誠に軽率である。其方の立場を思えば迂闊にどこの誰とも知れぬ者についていくものではなかろう。民も、家族も、多くの者に心配をかけることとなっている。それにお前には利用価値がある。そこのキミヤなる者がもしお前を悪用しようと考える者であれば今どうなっていたか分かったものでもなかろう? お前の……いや、ともかく迂闊なことはするでない」
「…………申し訳ありません」
「キミヤよ。其方もアリルフィーラの言に従ったのは仕方ないことと言えよう。だが……それでも皇国に対しとれる手立てはあった。文を認めこちらに連絡を取ることもできたであろう。皇女であることは理解していたはずだ」
「申し訳ありません。ですがこちらもあくまで旅の者であり、この国に常にいるわけでもなく。遠方に住んでいる都合もあり簡単に文を送ることもできぬ立場にございます」
言っていることは理解できるが公也も公也でそれなりに立場がある。そもそもそういった手段をとれるかは怪しいし、アリルフィーラが皇国から離れるつもりであるのを認め連れて行くつもりだったから余計に連絡を取るつもりはなかった。そもそも文を書いて届けたところで信じられるかもわからないし、絶対に余計な面倒ごとになると考えられることである。ならば下手に関わろうとしないほうがよほどいいだろう。
「そうか。まあこのハーティアからはキアラートは遠い。アンデルク城との交信も簡単ではあるまい。そうであろう、キミヤ・アンデールよ」
「………………」
皇王の鋭い視線が公也へと向けられている。敵視はされていない。まだ警戒、様子を見るという段階だろう。ただ、自身の正体をあっさり見抜かれ言われたことで公也側は若干緊張感が増した。冷や汗を少し流すくらいには。
※主人公は強いけど、ただ強いだけ。彼のやり方で得られるものもあれば得られないものもある。皇王の持つ王威とでもいえる威圧感はそれまでの経験による独特のもの。主人公も気圧されるくらいの凄みだが誰でも持てるものではなく、今の皇王だから持っている。
※一応主人公のことはそれなりに近い国に広まっている。見た目とか諸々は知られていないがな乗ればさすがに推測できる。名前も珍しいほうだし。




