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公也がちゃんと天井を作り上げてからしばらく、特に何があるでもなく過ごす期間を経て。ある日の夜。
「…………夜空が青い」
「青いね。蒼夜だ」
「……実際に見るのは初めてだな」
夜空が青色……通常時の黒色ではなく、暗い青の色に染まっている。公也達のいる場所アンデルク山特有の現象ではなく世界全体で起きる特殊な夜色の変化の現象である。そしてこの現象は特別なものではなく、この時期になるといつも起きる現象だ。日を経て徐々に青く、青く、昼の空の色と変わらないくらい青く染まり一時は昼夜の境すらなくなる現象である。
そしてこれは新年の境を示すもの。昼夜が変わらないくらいな空の色のとき、その日が新年の終わり。そのあたりのことに関しては月で判断する。新年はいつも昼と変わらない空色の夜にて、満月にて示される。その日を年の終わり、太陽が昇る時が年の始まりということになっている。
「そろそろ新年か……俺がこの世界に来たときは何時だったかなあ」
公也としてもこの世界が次の年に移るとなると、自分が来てから相当な月日がたっているのだと実感できる。冬になった時点でも実感できるがやはり翌年になるというのもまた大きいものである。正確に公也がこの世界に来た月日を示すことはできないが、来年の春……あるいは春が過ぎて夏になる頃にでもなれば確実におよそ一年がたったということになる。おそらく秋ではなく、春か夏に公也は来たはずだ。それだけこの世界で過ごし、色々なことをやってきた。
「キイ様と新年の夜は一緒にいられないのよね?」
「ああ。一応俺もキアラートの貴族だからそっちの行事に参加しないといけないからな」
公也は一応貴族である。この地、この国キアラートにおいてではあるし、他国に行く際は貴族扱いにはならないものの、対外的なものが大きいとはいえ、貴族であることには変わりない。冒険者であり貴族としての礼儀は見込めないにしても、かといって参加させないというわけにもいかない存在である。実際クラムベルトの方には話が言っておりクラムベルトから公也にそういった部分の話がされている。
面倒くさくはあるが貴族としての役割でもあり、そのほかいろいろなことに利用できるものである。そもそも公也は自分の領地であるアンデール領、アンデルク城から出ないので情報的には地味に足りていない。世界情勢……というほどではないが広い情報収集ができていないといえる。そもそも領地自体が人のいない状態なので情報収集する意味もないし貴族としての役割云々もそれほど必要ではないというか、それを求められていない問題もあるが、今後公也は領主としても、冒険者としても、色々な意味で仕事をすることを求められる可能性がある。特に公也の場合貴族で冒険者、公也自身が戦力になるということから動かす利点が大きい。戦場などに出向けない貴族は多く、その貴き血にある者として導く役目を背負えないのは問題になり得る。公也の場合血筋はともかく立場は貴族であり、冒険者であるため戦いに駆り出しやすい。公也を利用することで貴族が戦闘に参加しているとごまかしやすくなる……まあ、公也の存在はある程度知られているのでどの程度ごまかせるかも怪しいが。ともかく公也は貴族が戦力として求められる場面において出しやすい存在である。アンデルク城の守りの問題はあるが今の状況であれば城にいる多くの魔物、ヴィローサやメルシーネなどが守りにつけるのでそういう点でも問題はない。そのあたりキアラート側も情報収集はしている……クラムベルトなどを通して。
まあ、そういった複雑な情勢もあるので公也自身も情報収集は必要だ……とクラムベルトからこういう機会に情報収集して下さいと言われている。一応クラムベルトはこのアンデルク城における情報を伝える役目を担ってはいるが、公也の貴族仕事の管理を行う立場の人間であることもまた間違いではない。板挟みのような立場だがそもそも両立できることでもある。別に悪意あっての諜報員というわけでもない。ある意味公也の情報を管理することで公也自身の安全を図るという点もあるのだから。しかしまあ、公也がもある程度安全のために動かなければいけない。クラムベルトが情報を集め伝えることもできるけれど、それも限界がある。クラムベルトだけでは集められない情報もある。公也に動いてもらう必要性がある場面もある。そういうことで今回のような場面では公也が頑張って情報収集しないといけないのである。
と、今回の貴族として出向かなければいけない常時にはそんな感じのいろいろな事情があったりする。なので出ないという選択肢はない。できない。結構貴族も面倒くさいものなのである。
「残念……」
「……年が変わった後のことさえ終われば後は戻ってこれる。さすがに新年すぐに、というわけにはいかないがそれなりに急いで戻ってくるから心配するな。俺としても知り合いもろくにいない貴族の集まりよりはここのみんなのほうが気が楽だからな」
「そう? なら私も……私は無理だけど、雪奈とかメルとかペティとか、できる限り全員動かしてキイ様を歓ばせるために準備して待ってるね」
ヴィローサはその体の大きさの関係でやりたくてもやれないことは多いので変わりに周りにいる人にいろいろとやってもらうつもりのようだ。まあ別に命令などしなくても頼めばやってくれるような面々が殆どなので特に問題はなさそうである。なぜかヴィローサが仕切ることになっているのは別にして。
「ああ、楽しみにしてる」
「ええ、楽しみにしていてくださいな」
「……すぐに戻ってくることは本当はしないでもらいたいんですが」
ヴィローサにすぐに戻るといったが、実際すぐに戻ってこられると情報収集の問題があるためあまり公也には戻ってきてほしくないクラムベルトである。今回貴族として新年の行事に参加するため王都に向かうことになっているわけであるが、それに関していろいろと打ち合わせ、話し合いを行っているところである。
「情報収集してもらいたいんですけどね、こちらとしては」
「……クラムベルトではだめか?」
「いえ。できないわけではありませんが……アンデール様でなければ入れない場所、近づけない相手、語れない内容というものもあるでしょう。一応アンデール様は貴族、それもここアンデルク城という国防において重要拠点を守られる貴族なのです。あまり自覚はないと思われますが」
「まあ、そもそも人自体ろくに来ないし貴族としての仕事もない、領地運営すらしていない状況だからな……」
公也が悪いわけではないが貴族としては公也はほぼ活動していない。それゆえかあまり自覚はない。公也がしたことといえばせいぜいが城の増築改築による防衛力の強化……そういう意味では魔物ではあるが新規戦力の加入による防衛力の強化も行っている。メルシーネや雪奈や冬姫などの魔物の新規居住者を領民として扱うかに関してはクラムベルトから却下の扱いを受けている。さすがに魔物を一般的な領民として取り扱うのは難しい。城に居住させることはできるにしても。
そういう点では公也の領地アンデール領には領民というものが一切いない。公也がキアラートから連れてきた人間は住民扱いは厳しいだろう。彼らも本来変える場所がある。
「ああ、そういえば。実は今回王都に向かう際に頼みたいことがあったのですが」
「なんだ?」
「城にいる本来城の仕事をする人間たちを全員王都に連れ帰ってほしいのです。彼らは本来それなりに仕事をすることのできる能力を持つのですが、ここでは一切仕事がなく…………何もせずに給料をもらうだけの生活は精神を腐らせますし能力も衰えることになります。それでは勿体ない。仕事がないのに給料を払い続けるのもこちらとしては気に入りません。王国にお返ししたいかと」
「……まあ、確かに無駄にしちゃってるっていうのは事実だな。でも彼らの了解は得ているのか?」
「はい。なので後はアンデール様の判断次第となりますが」
「そういった采配に関してはクラムベルトに任せている。クラムベルトがそうしたほうがいいというのならその判断に従うのが正しいだろう。確かに今のままだと彼らも何もできないままただ過ごすだけになるからな……それはさすがに問題だろうし」
仕事がないまま過ごしていると精神的にダメになる。無職で過ごすことをよしとするならともかく元々彼らはそれなりに仕事のできる人間だったはずである。しかし仕事がないまま過ごし、その能力は使われない……かなり精神的にキていることだろう。本気でどうしようもなくなりそうなので今回キアラートに戻すことにした。そうなると城で仕事ができる人間がいなくなるわけなのだが……仕事自体がないので今のところ問題ないだろう。クラムベルトだけでもまだできると思われるし。仮に何か必要となればまたクラムベルトから公也に話がいくと思われるし、クラムベルトの方でもどうにか探すことだろう。大変ではありそうだが。
※蒼夜。冬の時期に訪れる特殊な夜。この世界では一年の境を定める基準にされている。
※主人公は人付き合い苦手な方なうえに新興貴族、元冒険者などいろいろな理由で貴族の方から近づいてこないから情報収集は厳しいのではない? どこかと関わりがあるわけでもないし。
※アンデルク城に来ていて腐っていた人物たちは今回で引き揚げられる。結局最後まで彼らは出番なし。クラムベルトは残る。というかクラムベルトがいれば十分。




