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冬。この世界において季節年月というのは基本的に一定のものではない。暦というものがない……厳密に、月日というものがないわけではないが、それが正確な時を刻むものではないという問題があってきちんと定められているわけではない、という意味合いである。別の世界のように三百六十五日で一年、十二の月にそれぞれの月に合わせた日数、ということはなく、一月で一定の日数、週という形である一定日数を一月とする、みたいな感じになっている。
しかし、それでも年の境を決める手段はある。この世界において新年、年の終わりと一を決める要素、例えば冬が訪れたことを示すことであったり、春が訪れることを示すことなどがあったりする。その中間に大きな年の境として定められるような大きな出来事もあり、そういった様々な要素を下に一年という区分を定めることとなっている。そうでないとこの世界では暦の安定ができない。冬の訪れも年によって百日近い差がでることもある。早かったり遅かったりしてどうにも不安定に過ぎるゆえにそうやって一定の要素を基準にするしかないのである。そんな不安定な世界ながらも、ちゃんと年を決める一定の要素は来るようでそのあたりは一応安心できる。いや、安心できるほど良いというわけでもないが。
「……これは、雪が積もってる……わけじゃないのか。地表が凍ってる……というも違う? 白い膜のようなものでおおわれているのか……実際に見るのは初めて、かな」
白の帳。地表を覆うものであり表現的に正しいのかは不明だがそう呼ばれる現象である。地面の上、地面を覆うように発生する白い膜。これが世界中で……順々に発生する。これが冬の訪れを示すものである。こういった現象は冬特有のものであり、季節の境であればいつでも起きるというわけではない。特にこの世界では夏と秋はそこまで大きな差が出るものではない。春夏秋冬の四季の内、はっきりと差が出るのが冬への落ち込みと春からの上昇である。夏に特別熱くなるようなことはなく、秋も特に広葉樹に色の変化が起きるということもない。もっとも、それぞれの季節に合わせた変化がないというわけではない。そのあたりはちゃんと季節としての要素はある。
「冬ね……キイ様は見たことないの?」
「知識にはあるが、経験としては初めてだな。しかし冬か…………平野ならともかくここは山だからな」
季節柄確実に寒くなることが確定する。問題となるのが環境的なもの。特に山においては雪が積もることに大いに不安が出てくる。特に公也たちの住んでいるアンデルク城は山の上の方、かなり寒くなるし雪が積もる危険も高い。とくにアンデルク城は物資を他から得て過ごしていることもあるし、生活するうえで燃料の問題もある。食料も大問題だろう。山の上で育てられる作物も限定的であるし、その供給も限界がある。今のうちに他所で勝手持ってきておいたほうがいい。冬の間の蓄えが必要だろう。暦が安定している世界ならともかくこの世界では安定しない暦であり蓄えはあればあるほどいい。足りなくなるほうが死活問題なのだから。
「今から買いに行くのです?」
「それがいいかもな……燃料は最悪山の木々を刈りつくすのもありだが。食料も山の魔物や獣を狩りつくすってのもだめではないかも……」
「さすがにそれはやりすぎだと思うのですよ……」
「キイ様がやるなら合法でしょ」
「生きるためには仕方がないというのならわたしも特に文句は言えないのです。でも、それをやる前にしっかり準備してからにするべきなのです。冬だからって一切何もできなくなるわけではないのです。外に出る機会は少なくなるかもしれないですが、雪が降り続けるとも限らないのです……今のうちに屋根付きの農地でも作るといいかもしれないのです」
「気温の問題があるが…………そうだな、城の内側にそういう環境を作る? 温室か……問題は場所の準備の問題だな。環境自体は城魔の一部になった時点で魔法陣の利用でどうにでもできると思うが……それに関しては今はまだ無理かもしれない。建築も冬の間にやるのはさすがに俺やメルでも辛いだろうからな」
将来的なことを考え冬の間でも植物を育成し食料の確保ができるようにしたほうがいい、そう考え公也は温室の建築も視野に入れる。もっともさすがに今からというのは厳しいのでこの冬が終わってからが最低条件になるだろう。さすがに寒い中雪の降る中に建築するとかは公也も厳しい条件である。まあ、できないわけではないが、雪の降る中では作業はできても建築資材側の問題が出てくるかもしれない。なので今はやめておくという感じになる。
「そうなのですね。だから食料確保は購入だけにしておくのです……保管は面倒なのですね」
「倉庫は使えるとはいえ、保全が完璧というわけでもないし……そこは異空間を使うしかないな」
公也の空間魔法による異空間に食料を入れておく……まあ、現状公也が外に出ることがあまりない状況になっているからこそだ。年末年始はどうしようもないがその時には食料を残して旅立つしかない。一応帰還の魔法もあるのでいざというときにはどうとでもなるのでそのあたりは心配しなくてもいいと思われる。
「とりあえず外に………………ヴィラを連れていくからメルはここに残って守りを頼むな」
「ええ、一緒に行きましょうキイ様!」
「……しかたがないのです。ワイバーンはちゃんと言うことを聞くので大丈夫なのですけど。ああ、ご主人様が使っていたワイバーンがわたしが担当しないときの専門となるのです。他には任せないのです。それは譲らないのです」
意外とメルシーネもメルシーネで嫉妬の類はないわけではないらしい。竜として、仕え魔として、主を乗せるのは自分である、自分こそが移動に使われるべきである、そういった自負がないわけではない……仕え魔の仕事はそれ以外にもあるわけであるが、今のところ主に使われる機会が多いのは移動である。ゆえにそれが自分の仕事だと認識している。まあ、実際メルシーネに戦闘してもらう機会は魔物相手でもなければ少ないだろう。無理に戦わせる意味もないし、下手に戦うことになればその力でやりすぎでしまう。その戦力を活用する機会はそう簡単には訪れないだろう、恐らく。
そんなこともあるので他のワイバーンを騎竜として使うのはあまり気に入らないが、以前公也が使っていたワイバーンに関しては自分が主を乗せる前に使われていたのでまだ許容してもいい、と思っている。なのでヴィローサと共にメルシーネを残してどこかに行くのであればそのワイバーン以外に乗っていくのは許さないといった感じだ。まあ、ワイバーンたちはメルシーネに従うしメルシーネが連れてくるワイバーンに乗っていく感じになると思われるのでメルシーネがそのワイバーンを連れてこればいいだけである。それもまた微妙に彼女な納得いかないが、主の判断に従うのが彼女なのでおとなしくワイバーンを一体連れてくることになるだろう。
※今明かされる暦の設定。この世界は厳密には惑星世界でない可能性がある世界で世界の年月の歩みが一定ではないため季節や一年の長さが不定である。だから一章からここまでいろいろあったけど冬になっていない。結構月日は経ってたはずだけど。
※冬の訪れ。冬になった時決まって起きる謎の現象、白の帳。




