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武器を新調……というほどのことでもないが、新しく杖を購入し少しは魔法使いらしくなった公也。まあ公也が魔法使いであるのは剣を使っているときだろうと杖を使うようになろうと変わらないことだが。剣よりも魔法だから魔法を使うだけであり、別に杖が必須ではないがあった方が得、あるいは都合がいいということで杖を購入し使うつもりでいる。
「ブバッ!」
「っと!」
「キイ様、毒で殺したら……」
「だめ。流石に毒抜きしても持ち帰るのは心配になる」
そういうことで新しい武器を手に入れた公也は魔物退治……獣か魔物かを討伐する依頼を受け、それを行っている。冒険者ギルドではいろいろな雑事以外にも、採取や討伐などの依頼がある。近隣では山や森での採取や採掘、その地にいる魔物や獣の討伐などが盛んで、今まで受けてきたゴブリン討伐も討伐と言えば討伐だが、そういったものとは違う必要な素材を求めての依頼である。
ゴブリンの場合は耳を討伐証明として持ち帰ったが、依頼において討伐する魔物は多くの場合その素材のすべてを持ち帰ることが多い。できれば解体しておくとギルド側としても楽だが、冒険者すべてが解体技術を持っているわけではないため基本的にはまるまる持ち帰ることが推奨されている。この時魔物の討伐による報酬以外に素材の分の報酬も出る。倒し方を工夫し、素材をできる限り使えるように持ち帰ればその分もらえる報酬は増えるが、多くの場合それができるほど簡単ではないため、倒し方を工夫するような冒険者は少ない。なお、公也の言った通りヴィローサの毒で殺害するのは基本的にはアウト。倒すだけならそれでいいが、その素材を持ち帰り冒険者ギルドに納めるつもりなら普通に倒すべきである。まあ、討伐証明だけ持ち帰り基本報酬だけ、でもいいのかもしれない。しかしそういうところでは公也は空間魔法も使えるため納入しやすいので持ち帰る方がいいだろう。
と、いうことでまともに戦っている。
「多分殻が使えると思うんだが……倒し方をどうするか」
「魔法ではだめなの?」
「ダメじゃないが、素材を使うとなるとな。しかし、何故蟹が地上に……この辺り水場もないのに……」
「カニ? キイ様、あれは蜘蛛よ?」
「…………どう見ても蟹なんだけどな」
鋏を持った八足の節足動物。蟹なのか、あるいは蜘蛛なのか、もしくはその中間か。厳密には不明であるが、この世界での多くの者の認識では蜘蛛という扱いになっている。基本的に鋏を持ち、甲殻を持つ辺りは蟹らしいのだが、頭部の複数の眼や口から吐く泡の後に出る糸は蜘蛛らしい。ちなみに蜘蛛のように這っておらず、立ち上がり鋏を振りかざす姿でそこは蟹らしいと言うべきか。この蟹か蜘蛛かよくわからない生き物はこの世界では魔物に分類されるもので、多くの場合獣よりも脅威である。
この世界における獣と魔物の区別はいろいろと複雑で今も論議されているが、基本的にこの世界の生息環境に即した生態を持つ生き物はどのような特殊能力を持とうとも獣、という扱いなる。例えばわかりやすい例ではなぜか自分や自分の周囲、自分のいる環境に脅威のある存在を判別でき鳴き声で区別する警戒烏はその特殊能力が如何に現実にはあり得ないような特殊能力でも分類は獣だ。一方で、今公也が戦っているような水棲生物なのに水棲環境にいない、蟹っぽい蜘蛛のような蟹……この世界の人間の認識では蜘蛛なその存在は生態的にあり得ないため魔物、ということになる。まあ、ヴィローサの言う通り蜘蛛ならここにいてもおかしくないので獣として扱うべきな気もするが。
「風よその腕の境を斬り飛ばせ」
風が一陣吹き荒び、その風が蜘蛛の腕を斬り飛ばす……鋏が斬り離され大地に落ちる。痛みを感じないが、しかしそれでも腕が斬り飛ばされたことが蟹にはわかる。それを行った公也に対し蟹は怒り心頭であり、その口から泡を吐き……糸を吐きだしてきた。糸は粘着質でまともに当たれば行動を封じられる危険がある。もっとも、その前に一度泡を吐くという予備動作があるためその攻撃がいつ来るかは容易にわかり、ある程度身体能力の高い冒険者ならば簡単に回避できる。軌道上にいなければ安全なのだから。
「ブバッ!」
「またか。っていうかこの糸を吐くことしか能がないのか……?」
「近づかなければ鋏は当たらないもの。当たり前じゃないかな?」
「……それもそうか」
先ほどから公也は蜘蛛に対しあまり近づかない。蜘蛛の移動速度は余り速くなく、横歩きなためか攻撃する場合方向転換して近づかなけれならず、そうすると今度は攻撃……糸を吐いての攻撃があたらないため、近づいて鋏で攻撃するか、あるいは遠くから糸で攻撃するか。そんな感じで蜘蛛はあまり攻撃能力は高くなく、頭も悪い魔物と言える。
ただ、この蜘蛛は甲殻を持ち、それが多くの攻撃を防ぎ中々殺せないため相応に倒しづらい相手とされている。もっとも冒険者になったばかりの公也でも受けられる依頼の魔物であるためやはり脅威度は低いということだろう。それでも本当の意味での初心者では倒しづらいし危険度は高いが。公也の場合魔法があるので何とでもなると思われる。
「蟹なら多分肉は食えると思うんだけど……」
「どうするの? 殺すなら殺したほうが手っ取り早いと思うけど……」
「…………別にそこまで報酬を加算する必要はないか? 蜘蛛か蟹かの判別は味で出来るかな?」
公也としては別にそれほどお金を稼ぐために綺麗に倒すことに注力する必要性はない。公也は稼ごうと思えばいくらでもやり様があるし、それ以前に稼ぐ必要もない。実の所公也の生活はほとんどお金が必要なく、せいぜいが宿代とそこでの生活に使う費用くらい。武器や防具は能力的にはいらず、食事も暴食の力を使えば代用できる。あえて公也が気にするとすればヴィローサの生活に必要な費用だが、妖精はそこまで食事が必要であるわけではなかったりと独特の生態をしている。公也としてはその生態を観察するのも楽しみの一つであるためそれはそれで問題ないし、そこにお金を使うくらいは良い。
ともかく、そこまでお金が必要ないのであまり気にする必要はなかった。むしろ蟹か蜘蛛かを味で判別できないか、と考えたりする。まあ、蜘蛛がチョコの味とか聞いたことがあるとしても本当にそうかは不明だし、そもそも仮に蟹だとしても蟹の味を詳しくは覚えていないしこの森の中にいる蟹が果たして海にいる蟹と同じ味かも不明だ。海の蟹を食したことはあっても沢蟹を食したことはない。まあ、そのあたりは出来るかな程度の考えであるのだが。
「ブバッ!」
「渦巻け炎、流れ込み、触れる物焼き尽くせ」
口から糸を吐いた直後を狙い、炎の魔法を使い炎を口から内部へと流れ込ませる。泡でも糸でも吐き出せば炎の体内への流入を止められるかもしれないが、出した直後にもう一度出すのは流石に難易度が高いだろう。そもそも連発ができるならばもう少し攻撃頻度が上がっていると思われる。ともかく公也は内部を焼き、蟹の命を燃やし尽くす。口の中、胃の中、臓腑の中を焼かれ生き延びるのはいくら生命力の高い生き物でも難しい。蟹か蜘蛛かは不明だが、体内を焼かれ蜘蛛は力尽きたようにその場で崩れ落ちる。
「こんなものか……」
「キイ様、回収しましょう」
「ああ」
空間魔法で蜘蛛を回収するが、その前にある程度大きさは小さくした方がいい。空間魔法も万能ではなく、さすがに大きさの限度がある。なので魔法を使いできるだけ損失を少なくするように切り離しばらばらにしても問題なさそうな部分を考えながら解体している所に、公也は声を聴く。
「ひゃあああああああああああああ!!」
「…………悲鳴?」
「キイ様? どうしたの?」
遠くから森の中に響く悲鳴……公也は持ち前の身体能力の高さゆえにそれが聞こえてしまう。もっとも、ヴィローサも少ししてその悲鳴を聞くことになる。その悲鳴は悲鳴を上げながら徐々に公也たちの方に近づいてきていたのだから。
※ヴィローサは麻痺毒も使えるので麻痺させて生きたまま持ち帰るみたいなこともできる。ただし基本的にはやらない方針。
※暴食であれば頭部だけ綺麗にすっぱりいくこともできる。ただし基本的にはやらない方針。
※魔物。この世界において多くの物理法則、生物としての生態、その他さまざまな世界における基本的な法則から外れている存在。獣と魔物の区分の違いはその世界の摂理に沿った生き物かどうか。複数の獣の特徴を合わせ持つものは一般的に魔物。グリフォン、ヒポグリフ、キマイラ、鵺などがわかりやすい。




