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夜。これまでずっと建築作業を続けた公也としてはようやく仕事が終わりゆっくりできるようになった……まあ、別にそこまで仕事に追われていたというわけでもない。予定が入っているという点では確か忙しいといえるが、別に無理に進めなくてもよかったものである。しかしそれが終わり本当に予定が空き、これから何をしよう、そんな感じである。やること、やりたいこと、やるべきこと、色々と将来的なことを考えてやらなければならないこともあるが、ともかく予定としては入っていない空きとなった時間。何を進めどうするか、そんなことを公也は自分の部屋で考えていた。
「ん? 誰だ?」
そんな中、コツコツと自室の扉が叩かれる。公也に用があると客のほうから報せる合図……いわゆるノック、それに対し公也は声をかけ、応える声がする。
「私」
「ペティ? 用事があるなら入ってきていいぞ」
「わかった」
公也の部屋にペティエットが入ってくる。ほかの人もいないし、公也の部屋にヴィローサがいるということもない。夜はまだ深い時間ではないがそこそこ更けている時間、特に用もなければ誰かが来ることもない。ヴィローサも寝ているときに勝手に入ってくることはあるが部屋に絶対に来るというわけでもない……が、それでも珍しい気はする。そんな用がなければ人が来ない時間にペティエットは公也の部屋を訪れた。公也の部屋に公也とペティエットの二人。特に意味もなく部屋を出ることのあまりないペティエットがこんな時間に誰かの部屋を訪れるということ自体珍しいことでもある。
「どうした?」
「………………」
「何か用事があるから来たんだろう?」
「そう……話、長くなるから少し座ってもいい?」
「……まあ、別にいいけど」
公也はベッドの上に座っていた。その隣にペティエットが向かい、並んで座る。
「………………」
「………………」
「………………」
「ペティ?」
「ん……」
何を話せばいいか。ペティエットも迷うのだろう。普段も口調がどことなく義務的、事務的というか、硬い感じのある口調ではあるが、別に無口というわけではない。本当に何を話すか迷っている、そんな感じである。
「まず、城の増築について。それに対して感謝する」
「ああ……まあ、頼まれてやったことではあるが、現在この地にある建物はこの城だけだった。将来的に土地、領地を広げる意味合いでもここを広くする、大きくするのは必要なことだ。だから今城を大きくするのは別に俺のやるべきこととしても間違ってはいないことだった。頼まれたことがきっかけではあるが、全部がペティのためというわけでもない」
「……そうかもしれない。でも、私がきっかけで、結果として私のためになっている。だからそれに感謝を、それをしてくれたマスターに感謝を言いたかった」
「そうか。まあ、どういたしましてってところか」
素直に感謝を示されると気恥ずかしい、公也としては別にそれほど感謝を示されなくてもいい、どうにもむず痒くてやりづらい感じであるゆえに。暴食の力を持ち奪うことに慣れ、元々誰かからそういうことを言われることもなかった、与えられることのなかった公也はどうしても無償……とは違うが、気持ち、心からただ与えられることにはどうにも弱い、慣れていない。一応これは物々交換の類といってもいいことであり、本当の意味でペティエットからの無償の気持ちというわけではない。ヴィローサの一方的なそれともまた違うものである。
まあ、その細かい内容の話はいい。ペティエットは公也に話を続ける。
「マスターからはたくさんのものをもらっている。この城をあなたが手に入れたこと、確保したこと。元の持ち主から奪いあなたのものになったこと。そしてその時にあなたは私を私がいるべき部屋から解放してくれた。私をつなぎとめる城の鎖から解放してくれた。仮初のものでも、私は自由になった。そしてこの城を大きくしてくれた。城を育て、私がいける場所を増やしてくれた。それだけじゃない。私が絶対にできないこと、城から外に出ること……本当の意味で外、とは少し違うのかもしれない。でも私にとっては外といっても過言ではない、狭い場所ではあるけど、外に近いあの空の見える場所に出してくれたこと。全部、別に私のためというわけでもないのかもしれないけど……それでも私のためにしてくれた、それに私は、あなたにとても、とても感謝している」
「………………」
ペティエット、城魔は公也の所有物だ。それを満足させ充実させ、住みよい環境を作る。それもまた一つの持ち主の役目である、そう考えることもできるが、公也の考えがどうあれそれはペティエットにとってはとてもありがたい、嬉しいことである。自由を得る、外に出る、城を育てる、さまざまなことはペティエットのためになることである。それを公也は行った。自分のため……と言ってはいるが、実際には公也はペティエットのためという気持ちでやったこともある。特にペティエットが外に出られるようにすることは城の増築、というだけではないだろう。あれこそ本当にペティエットのためのものだ。
今更何度も語ることでもないが、ペティエットはそれらのことに感謝をしている。最初に公也がマスターになった時も公也に対してペティエットは感謝をしている。別に部屋から救ってくれたというだけではない。ある意味で言えばそれも理由ではあるが、やはり自分に対して与えてくれるものが主となったことが大きいだろう。そしてそれからも今まで一度も見れない、やれない、そんなことができて、城の機能、能力も自由に使っていい。部屋に窓を作るなどの頼みを聞いてくれたりもする。どれだけありがたい主か。城魔という魔物に対し侮りも怯えもなく、差別するようなこともない、対等に扱ってくれるような主はそう得られるものではない。かつての主などは無視され部屋に来ることすらなかったくらいだ。それがどれだけ寂しく辛いことか。それに比べればとてもありがたい主だったわけである。そしてそれから与えられた数多く。もはや足を向けて寝られないという気持ちになるくらい感謝し通しである。
「私は貰ってばかり」
「いや、俺たちもここに住んでいるわけだしな? ペティの能力の恩恵も受けているし、決して与えてばかりってわけでも……」
「私が与えてきたものよりも、受け取ったものの方が多い。そもそもマスターは私のマスター、主、所有者。物を主がどう扱おうとも、それは主の勝手。本来なら私は別に何かを受け取るようなこともない。ただ使われることが正しい」
「………………」
「私は受け取った物に対して恩を返せていない……少し違う。私はあなたに恩を返したい。あなたのために力を尽くしたい。あなたのために渡せるものを渡したい。捧げたい。そう思っている」
ペティエットは公也のほうを向いている。隣に座り、横を向き、まっすぐ公也の眼を見つめて。それに対し公也も見つめ返す。顔を向け、対峙する。その真剣さゆえに軽い話では済まないと感じている。
「私はあなたに捧げたい。私自身、私の想い」
「…………それは」
「生涯、あなたが死ぬまで、私はあなたをマスターとして、主として、この身を尽くして捧げる。この想いを受け取ってほしい」
「………………」
もともとペティエットは公也に対し好意を抱いていた。それは主として、人として好ましいと感じる相手へのものであり、愛とまではいかないものだろう。恩を受け、それを積極的に返したい、そう思うくらいには大きなものではある。しかし、まだ想いを捧げるほどのものとは言えないものだった。しかし、今回受け取った物、以前受け取った自由以上に、城からの解放、外へ出られる自由。仮初とはいえ、それでも外に出られることはどれほど彼女にって大きなことだったか。それこそ本気で想いを捧げ、心から相手に尽くそうと思うくらいのものだった。男女のそれとは少し違うものの、愛といって差し支えないものを彼女は抱いたのである。
これはメルシーネに似ているようで違う。同じ公也を主として仰ぐものではあるが、ペティエットは城魔として所有され使われるものではあるがペティエットが公也に対して想いを抱くかは彼女の自由意思、どれだけ自分を捧げるのかは彼女に主導権があった。好意、愛を抱く自由が彼女にはあった。それに対してメルシーネは初めから己のすべてを仕える相手に捧げている。しかし、そこに愛も好意もない。使える相手にすべてを捧げる代わりに彼女は恋愛的感情は抱かない。まあ、主として好意的にみる、人として好意的にみるというのはないわけではないが、男女の好意は一切ない。
まあ、二人の考え、主に対しての想いの差はともかく、ペティエットは公也に自身の想いを告げた。仮に公也がそれを拒絶したところで己の立場が変わるわけではない。所有者と所有物の関係は変わらない。ただ、想いを向ける先を失うだけ、想いを叶えることがないというだけでしかない。ただ、それはそれで辛いだろう。もっともここで彼女が公也に答えをもらわないというわけにもいかない。どうしたいか、というのを彼女は決めたうえでここにきて、公也に問いを投げたのだから。
「答えを聞きたい」
※主人公は与えられることに対して弱い。
※ペティエットは最初は主人公に対し主である以上の信は持たなかった。彼女をつなぎとめる鎖から解放してくれて白の中を自由に移動できるようになった。それはとても彼女の中では大きな出来事である。その後のこともあり信頼できる相手ではあった。しかし心の底から想うことができるかと言えばそうではない。しかし本来ならばありえない城の外に出るということを仮初の形であるとはいえ実現してくれたことに対し、多大に感謝しそこまでしてくれる相手に強く思いを抱く。自分にとってこれ以上の相手はいないのだと。ゆえに身を尽くし全てを捧げる。たとえどのような結果になろうとも彼女の立ち位置はほぼ変わらない。主が死ぬまで主の所有物であるのだから。




