4
「とりあえずこのあたりでいいか」
「ルウウ………………森を切り拓くのです?」
「木材も使うだろうしな。土を根こそぎ持っていくつもりでもあるし木々があると掘るのにも邪魔だ」
「もっと掘るのにいい場所があると思うのです。でも、それはそれで別にいいのですよ。わたしは木を切り倒していればいいです?」
「斧は……」
「必要ないのです。わたしなら素手でもできるのです」
「そうか。なら頼む」
メルシーネは身体能力がばかにならないくらいに高い。公也ほどではないが、少なくとも素手でそれなりに太い木をへし折るくらい容易にできる。そしてメルシーネの肉体はある程度竜らしい性質の肉体に変化させられる。鱗、牙、角……角は常に生えているので違うが、普段は彼女は普通の人間に近いが、竜の性質を強化して竜らしい肉体部分を作り出せる。特に変化が著しいのは皮膚表面に出る鱗と爪だろう。爪を伸ばしその爪が剣と同じような切れ味を生み出す。加工して作り出された良質な件に比べれば切れ味は劣るものの、簡単に折れるようなことはない竜の爪であり、折れたとしても竜の爪として素材利用でき、また彼女の肉体変化によって生み出された爪なのでまた生やすことができる。きわめて利用価値の高いものである。
ともかく、メルシーネならば木を切り倒すくらい容易である。切り倒した木はある程度の部分で分割し運びやすくして、公也がしまう。そういう形になるだろう。一方で公也は何をするかといえば、土の回収になる。魔法によって土を集め、まとめて固くし、それをしまい込んで持ち帰る。公也の使う空間魔法による異空間がどれほどの大きさかわからないが、それなりの量は入るだろう。しかしそれでも城づくりのために必要な量をそろえるとなれば……それなりに往復回数が必要になるかもしれない。
まあ、集める場所はここだけではない。木材や土だけではなく石材もいるしできれば金属、鉱石の類も集めたいと思うところなのでずっとこの場にいるわけでもないだろう。アンデルク城付近、アンデール領として拓く場所からも得られる資材もあるだろうしそこまで熱心に他所に素材集めに行かなくてもいいかもしれない。一応アンデルク山を内部に掘り進め資材となる鉱石がないかを探るのもありだ。そのあたりは魔法を何とか作って探すというのもありかもしれない。
と、そんな風に公也とメルシーネが資材集めの活動を行っている中。当然彼らが活動している場所は人の手の入っていない山の中。そんな場所で大きな音を立てていろいろとやっていればその音を聞きつけよってくる存在もいる。さすがに人が入り込み近づいてくるということはないが、獣や魔物は付近に存在し自分たちの住んでいる場所を荒らす二人に敵意を持つだろう。あるいは餌として、縄張りを侵す侵入者としてか、ともかく二人は獣や魔物にとっては狙い襲う対象である。
「魔物か」
「魔物なのです」
「とりあえず倒すか……」
「あ、ご主人様は資材集めをしておくといいのです。これくらいなら私が倒すのですよ」
「そうか。なら頼む」
寄ってきた生物は魔物、巨体を持つ熊である。獣ではなく魔物……その判断基準は難しいところであるが、公也とメルシーネの判断では魔物である。公也はともかくメルシーネは魔物、それもかなり特殊な存在なのでその判断はおそらく間違いではないだろう。魔物か獣か、という点に関して通常世界の摂理に反する生き物かどうかで判断するがある程度の熟練、獣や魔物と相対した経験があるのであればその感覚的な違い、差異である程度の判断ができるものと思われる。
「面白い毛皮なのですね」
「ガアッ!」
走ってくる巨大熊の毛皮は緑色をしている。葉緑素を備えた植物的な特徴を備えた熊……にしては毛皮がざわざわとしている。生きた動く植物の毛皮、表面から植物の毛が生えた熊……まずまともな獣とは思えない。複数の生物種の特徴を備えるならば確実に魔物だろう。その毛皮は植物的な性質を持つが自分で動く。巨大熊の意思を受け、触れる相手に反応し動く。クッションとしては通常の毛皮以上に硬い防御能力を持つ可能性がある。燃えやすいかと言われれば……枯れた植物は燃えやすいかもしれないが水分を含む通常の植物ならばどうだろう。通常の毛皮と違って植物の毛は燃えやすくはないかもしれない。ともかく、いろいろな特徴を考えることのできる相手である。
「でも」
しかし、突進してくる巨大熊相手にメルシーネは特に怯えたり怯んだりする様子は見せない。そもそも真っ向から立ち向かおうとしている時点でかなり度胸がある感じだ。彼女にとってあい手が大きいかどうかなど全く関係ない。強さという点ではメルシーネは力が強いしその防御力、強靭さもかなりのもの。そもそも、彼女は竜である。少女の姿、形をしているとはいえ本質的な部分は竜だ。竜が熊程度におびえるはずはない。
そんな竜である彼女を熊が本能的に察したりしないのか、と言われれば今の少女の姿であれば本気で威圧を発揮しない限りはそういった部分はかなり抑えられる。それでも察知能力の高い生き物はメルシーネの竜の気配を感じるし、メルシーネ自身の強さを察することができるのであれば竜の気配など関係なく逃げを選ぶだろう。ただ、見た目だけで言えばただの少女である……角などの竜的特徴以外はただの少女であるメルシーネはそれほど恐れる必要のある相手には見えないだろう。だからこそ無謀にも彼女に向って特攻してくるわけである。
そんな相手には彼女にとっては倒しやすいカモでしかないが。
「お前程度ならどうとでもなるのです。弱いのですからね」
「ガッ!!」
ぐしゃりっ、と頭がつぶされる巨大熊。メルシーネの身体能力は公也に匹敵する……少なくともその肉体で発揮できる彼女の力はとても強い。それが思いっきり、竜の強靭な肉体と強固な皮膚、鱗と同じだけの硬さの体表面で殴り掛かってくるわけである。大岩ですら穴をうがちひびを入れ破壊できるかもしれないくらいの怪力、巨大で硬いものを殴りつけたとしても壊れることのない強靭な肉体、そんな肉体を持つ彼女を相手にただ巨体で少し防御力が高い程度の魔物が突進してきた程度で倒せるはずがない。仮に殴って一撃で倒さずとも片手で巨大熊の特攻を止められただろう。生かす必要性がないので即殺しただけでそれくらいのことが容易にできる。
「ご主人様ー。これどうするのですかー」
「食べたいのなら食べていいぞ」
「生肉はおいしくないのです! 熊のお肉は食べたことないのでちょっと切って試してみるくらいはいいかもしれないのです! お昼まだですか!」
「まだだ。そもそもそんなに作業して長い時間たってもないだろう」
「それもそうなのです……放置しても腐らないでしょうか」
「……天候的には大丈夫、だろうか? 死体になったばかりの生物の肉……いや、まあ不安はあるかもな。凍らせておくくらいならできるが」
「そうしておけるとありがたいのです! でも毛皮とかいらないのです?」
「今はお金を稼ぐことはそれほど意識してないから素材は別にいいかもな……でも、この近辺の魔物はほかの場所では見ないだろうし、素材として毛皮を持ち帰るくらいはありか……? いや、動物の毛皮なんてものを持ち帰って売れるか……? 一応毛皮は剥いで……内臓は薬にできるかもしれないから確保したほうがいいかも……」
「とりあえず解体しておくのですよー。どうするかはご主人様が決めるのです」
そんな感じにメルシーネが切り拓いている中向かってくる魔物を退治したり、その処理に公也がいろいろと手を尽くしてみたり、素材をどうするか迷ったりしつつ、途中に昼食の時間を挟みまた切り拓き資材を集め、夕方近くになるとアンデルク城に戻る。今回はメルシーネという移動手段としてはかなりの速度を持つ存在を使っているということもあり、無理に野宿したりせずいちいち帰ることにしている。資材も集めて持ち帰り置いておかなければならない。それにまた倉庫として使う建物の建築をする必要があったりと建築の経験になるかもわからない魔法による建築を行うことになる。そんな公也の城作りに向けた活動である。
※メルシーネを竜にして体の鱗や爪や角を剥いだ後回復させれば幾らでも素材を入手できる。もちろん痛い。
※アンデルク山もそうだが周辺の山々、森林は人の手が入っていない場所。なのでいくら森を破壊し木材を回収しても、山から土や岩を切り取り抉り取ったとしても特にどこからも文句は出ない。まあそこに住んでいる生き物は文句があってもおかしくないが。




