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「いい子たちなのです! 言うことを聞くのですよ!」
「グルル……」
「グルゥ」
ワイバーンたちが竜少女、メルシーネに従い大人しく頭を垂れている。メルシーネはかなり特殊な存在でこの世界にいるあらゆる竜よりも格上。ある程度彼女に匹敵するような強力な竜ならばともかく、亜竜程度、ワイバーンくらいならば問答無用で従えられるくらいに格が上である。今までは公也かヴィローサによって従えられていたワイバーンだが、そんな力によって無理やり従える二人以上に絶対的な支配能力がメルシーネにはある。そのためワイバーンに関してもしかしたら暴走したり逃げ出したりするかもしれないと言う危険はもうほぼないと言っていい。
まあ、彼女以外にもオーガンというワイバーンたちも好意的に感じる相手がいるし、公也の従えていたワイバーンはそれなりに公也に従うことを受け入れていたので別にメルシーネの有無にかかわらずワイバーンたちがいることによる問題は大きくはない。
「……凄いわね」
「私だってあれくらいできる。あの子がいなくて私で十分だったのに」
「適材適所なのです。わたしとあなたでは役割が違うのです。争う必要はないと思うのですよ?」
「わかってるわ。あなたもキイ様のものなのでしょう? ええ、それは受け入れています。でもやっぱり不満がないわけではないのよ?」
「そうなのですか。でも決めたのはご主人様なのでちゃんと受け入れるのですよ。でなければ……わたしもちょっと怒るのです」
「っ! わかってるわよ……」
メルシーネとヴィローサは微妙に立場が違う。メルシーネは公也を主としているため基本的にどんな命令でも言うことに従う。立場でいえばアンデルク城の意思、城魔のペティエットと同じような立場だ。まあ、それでも仕え魔として主と受け入れているものと城魔の城主として迎え入れたことは意味合いが大きく違うが、基本的には似たようなものである。一方でヴィローサは単純に狂信的な思慕、全てを捧げるという意志によるもので側にいる。主として従う二人と違い傍で支える者としての立場だ。まあ本人は道具として使い潰される形でもいいとは思っているが。ヴィローサの想いを公也は受け入れているため基本的に使い捨てのような扱いにはならないだろう。
「…………あの、ねえ? 私を巻き込まないでくれるかしら?」
「あ、ごめんなさいなのです……」
「悪いのはこいつだから。私は関係ないわよ?」
「ヴィローサちゃん? あなたが変に煽ったからでしょう?」
「……少しは悪いと思ってます。ごめんなさい」
ヴィローサに対しての威圧をメルシーネが行ったその余波を一緒にいたリーリェが受けた。ヴィローサと違いリーリェは公也に関しては友人であり同じ場所で仕事をする仲間のような立場であり二人とは全く立ち位置が違う。それなのにワイバーンを統べるメルシーネの様子を見に来てヴィローサと一緒にいたため威圧の影響を受けた。心臓が止まる、というほどではないが動悸が激しくなり息切れするような、そんな感じは受けた。完全に被害者である。怒っても仕方がない。なおヴィローサはびくりと体を振るわせた程度でそこまで大きな影響はなかった。
「まあ、いいけど……それにしても、一体どういう魔物なのかしら。仕え魔竜と言ったかしら? 生まれたばかりなのよね?」
「なのです。生まれたばかりと言ってもそもそも生物としてまともに生まれたわけではないのです。この城の意思であるペティエットも生まれた時点でその姿のままなのです。わたしもそれと同じタイプなのですよ。一応わたしはこの世界における魔物と同義の扱いになるですけど、正確には魔物とはまた少し違うのです。ただ細かいことを言ってもこの世界においてはわたしという存在正確に認識できる前提条件がいくつも足りていないのでまずわたしに関する厳密な詳しい説明をしても理解できない、及ばない範囲になるので詳しいことは言わないようにするのです」
「………………」
「でも、仕え魔竜に関しては大雑把に説明するのです。仕え魔、使い魔と違って使役さえ使われるものと違い、メイドの様に、執事の様に、従順な従者として使えることを己の本分、生まれた意味として持つ者なのです。もっとも仕え魔は現状仕え魔竜しかいないので他の存在に言及しようがないのですが。始祖、仕え魔の始まりは天におわす神に仕えし我らが祖、母、大いなる始まりの竜、仕え魔竜、守護魔竜とされる御方なのです」
「ごめんなさい、ちょっと……」
「そういう反応がわかり切っているので基本的にわたしの説明はしないことにするのです。神もこの世界では認識がないのです。本当の意味での認識はです」
「神様っているの?」
「この世界にはいないのです。でも、この世界以外の世界にはそれなりにいるとおもうのですよ」
「…………聞いてはいけないことを聞いた気がする」
この世界において神という存在に関して人間は大まかな認識、曖昧な思想しかない。神はいない、神について信じる者はいないわけではないが、厳密な意味で本当に神という存在を認識してその存在を信じる者はいない。まあ宗教的な物がないわけではないし、曖昧に神という存在を語ることもあるが、力ある存在、何らかのあり得ないような超常の存在としての認識がその多くだろう。人の上に立ち人を導くような、宗教における信じ敬うような神とはまた少し違うかもしれない。
そんな神についてメルシーネが語っている。しかも別の世界についての言及までして。色々な意味でこの世界における議論にやばい内容になりかねない。一応神に関してはこの世界では大まかな信じ方ゆえに宗教的なあれこれの問題はないということになっている。神を信じる国はあるのだが、その国の宗教的なあれやこれやは今の所問題になっていない。根本的に信じる神を証明するすべがないからだ。それゆえに宗教国家としてその国は成立しているがこの世界ではそれほど大きな立場ではない。まあ宗教的な影響で中立的な立ち位置なのでそれなりに便利に使われていた李はするが。
そんな宗教国家が神についての存在に関しての話を持ち込まれれば色々な意味で状況が変わる。まあメルシーネの発言はこの世界にはいない、なので宗教的な権威が完璧に崩れると言う意味で影響が与えられるかもしれない。それはそれでその国を便利に仕えていた他国には悪い影響になりかねないが。
「まあ気にしないほうがいいのですよ。わたしに関してはご主人様に仕える強くて便利で凄い竜だと認識しておけばいいのです」
「そうね……」
「お料理にお掃除、洗濯と家庭的なことも便利にできるのです! お買い得なのですよ!」
「そう……まあ手伝ってくれると言うのならありがたいわね」
現状アンデルク城における家事はリーリェ、ペティエット、アリルフィーラの三人がやっている。女性陣に任せてばかりなのはどうなのかと思わざるを得ないが、この世界ではそれが一般的である。そのうちの一人はあまりこういったことを任せてはいけない貴き御方なので押し付けづらい。一人増えるだけでもかなり家事の面倒くささが変わる。まあ、城内部のことに関してはペティエットが城魔としての能力を駆使すれば全く問題なかったりするのだが。
※メルシーネとヴィローサは相性がいいが相性が悪い。
※「この世界における」。メルシーネがよく使うことのある言葉だがこれはメルシーネがこの世界の物でない知識を有することを意味する。そもそもお前生まれたばかりなのにいろいろ知り過ぎじゃねって話でもある。大体は<桜>の印のおかげ。
※神はいない。正確にはこの世界における管理者たる神の存在がいない、というもの。だから邪神が主人公をこの世界に送ることができている。また管理者足る存在がいないため世界の安定がなっていないことから一年の一定、季節の次期の安定、魔物の存在、様々な部分に影響が出ている。なお神という大雑把なくくり自体は信じている者は少なくないが、それが存在しているという実感はほぼない。なおこの世界には神を信じる宗教を持つ神国とかあったりする。別に狂信的な宗教じゃないのでそのあたりは安心していいものらしい。
※仕え魔竜は家政婦竜ではありません。どちらかというと武器、兵器の類です。




