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「カアッ!」
普段はあまり活動できないフズも街の外では活動がしやすい。街の中の仕事ではそもそもフズを活用するような仕事は少なく、必然的に泊っている宿に残ることになっていた。そのせいか、外に出て飛び回ろうとも文句の言われない自由な状況というのはフズにとっては良い環境だろう。まあ、そんなフズを睨むように見ているヴィローサの存在があるため、あまり自由を謳歌できず公也の元へと戻る。それに対してもまたヴィローサは文句がある感じだが、さすがにフズ相手ならともかく巻き込む形で公也を睨むのは……ということでフズへの睨みが抑えられる。フズもそれを理解しているのか公也の傍で己の役割に従事している。
「…………さて、確か魔物の討伐、対象はゴブリンだったな」
「そうね」
ゴブリン。この世界でもよく見かけられる、子供くらいの大きさの人型の魔物。緑色の肌をし、人間からしてみれば明らかに醜悪な容姿をした生物である。魔物の中ではどこでも見られる存在であり、単体としてはそれほど強くはなく、同じくらいの子供ならば危険はあるが大人くらいになっていればほとんどの場合負けることはない。もっとも危険性がないわけではなく、集団化したり武器や防具を持ったりすればその危険性は上がる。また魔物として成長し上位種となればそれなりの実力の冒険者が必要になってくるだろう。
魔物の上位種は正確にどのように発生するかは知られていないが、基本的に魔物が強くなり成長した姿であると言われている。あるいは蜂のように最初から上位種として育成した結果そうなるのかもしれないが、そういった事実は今の所発見されていない。上位種になる途中の存在が発見されていないことから、ある日突然上位種になるのだろうとは言われているが。
さて、それはともかく、ゴブリンはこの世界の魔物でも最もよく見かけ、一体いれば三十体はいると言われるくらいに繁殖力が高く数が多い。他の世界のように繁殖のため別種族の雌を借り腹とするということはないが、基本的に残虐性が高く、暴力でボロボロにされたり借り腹にこそならないが凌辱されるようなこともある。見た目に負けず精神的にも醜悪であり、見つけたならまず殺すべしとされる生き物だ。そうやって数を減らしてもまだ多いとされる生き物であり、増えすぎると食料被害から群れとなって村や町を襲うようになったり、旅の人間から商人にまで被害が出ることもあるので積極的に数を減らすように常に冒険者ギルドの依頼に出ている。
基本的には倒してからその討伐証明を先にとっておき、依頼を受けて即提出というケースが多い。そもそもゴブリンは他の依頼の途中で見かけることも多く、それを専門に受けて仕事をするようなものでもない。
「森にいた時もよく見かけたな……」
「そうなの? 来るときには見なかったと思うけど」
「あの辺りのはほぼ全滅させたし、俺には近寄ってこなくなってたからな……この近辺なら恐らくそんなこともないと思うが」
公也が森にいて魔法の修行を兼ねた色々をしていた時にも、幾らか魔物の類にであっている。討伐対象となる依頼に存在している魔物、あるいは討伐対象の獣など、山一つを食らう中で出会っている生物は多い。しかし、それらの生物を詳しく調べてはいないし、雑多に食らい食い散らかし、自分の糧とする以上のことはしなかった。一応生物的な特徴などはそれなりに知っているが、どれがどういう物なのかはあまり覚えていない。まあ、まとめようと思えばまとめられるが面倒なので仕事をしながら分類していくのが精神的にも楽だと公也は思っている。
公也がゴブリンの退治に行く方向はロップヘブンに来るときに来た方向……つまりは公也がいた森の方向とは逆の方向である。魔物を討伐するのならば公也のいたような森の方に向かった方が出会いやすく効率的であるが、あちらでは公也の暴食による被害のせいか数も減っているし公也が脅威であるという認識も持っているため、公也が近づくだけで逃げる種も多い。そのため公也はそちらとは逆の方向で仕事をすることにした。別にそちらにしか森がないわけではないし、森にしか魔物がいないわけでもない。
「クォアッ!」
「……ああ、出てきたな」
「出てきたね。一対一にする?」
「別にヴィローサが戦う必要はないが?」
「私も手伝いたいわ。それに私そこまで弱くもないし」
「そうか。なら一体は頼む」
フズが警戒音で鳴き、すぐ道の脇から出てきたゴブリンは二体。ゴブリンは単独ではほぼまったく脅威ではなく、複数でもある程度の数までならあまり脅威ではない。そもそも群れとなった上で群れをまとめるリーダーがいなければそこまで脅威にはならない。上位種が存在し、群れが武器や防具を持ち、戦術や戦略、罠など使うようになれば危険……と、そこまでいけば人間の集団と大して変わらないから脅威なのは当然なのだが。ともかく、それくらいの状況にならなければ基本的にゴブリンは脅威ではない。
今回は二体。どちらも公也が相手をしたところで問題はないが、ヴィローサも一緒にいるのだから彼女は自分も戦い公也の負担を減らしたいという意志がある。公也も別にゴブリンを二体相手にし修行したい、という理由があるわけでもなく、暴食で食らう必要性も今更だ。それこそ自身の糧とする以上の意味はなく、無理に食らう必要性はないと思っている。そもそもゴブリンを食らって得られる物は大してない。それならば獣の方がまだましだ。ある程度の強さがなければ食らう価値すらないということである。一番効率がいいのは人間だったりするが、人間を積極的に殺して回るのは流石にあれなのでしないが。
「ギャギャギャッ!」
ゴブリンが公也に対して襲いかかる。とはいえ、子供の体格でその歩みは大人よりも遅く、武器も何も持っておらず防具の装備すらない。そして襲い掛かるとしても牙での噛みつき、爪でのひっかきが主な攻撃であり、まず公也には届かない。届く前に公也が攻撃するだろう。
「風よ、裂け」
剣を使い、そこに風を宿し剣を振るうことでゴブリンを切り裂く。公也は決して剣の腕があるわけではない。それこそずっと剣で戦い続ければ剣の腕は上がると思われるが、それを待つ意味はない。そもそも公也はどちらかというと魔法使いの資質の方が高いだろう。それに公也の力を考慮すればただ力押しで挑んでもいい。技術をあげる必要性そのものは薄い。ということで魔法を組み合わせて剣を使うことにした。風の刃物化、あるいは剣の斬撃の延長か。その実態は正確に不明だが、魔法であるがゆえにそういった特殊なやり方ができる。魔法はこの世界に存在する現象を起こすものだが、実際に存在するかどうかはまた別の話。でなければ異空間を使用した空間的な倉庫を空間魔法で出来るわけもない。風が実際に斬撃となることはないが、その概念、思想、あるいは特殊な魔物などの事例で似たような現象があり、それを元にした現象として魔力を籠めれば可能となる。まあ、細かい話はともかく、風の斬撃がゴブリンを切り裂いた。
「ギャアーッ!」
致命傷である。公也の魔法の力は普通の魔法使いよりもはるかに高く、公也の魔法の認識、知識もあり、その能力も高い。さらにいろいろと付属する事項もあり、その威力はとても高い。防具もなく、子供よりは強いが体格的にそこまでの強さもないゴブリンでは当然その斬撃を防ぐことはできず、あっさりと切り裂かれ死に至る。数も多いゴブリンは時に脅威となり得るが、単体では結局この程度の雑魚に過ぎないのである。
「弱いくせにキイ様に襲い掛かかろうだなんて……」
「ギ…………ギャ………………」
公也が魔法の実践、試験に近い魔法の使用を行っているころ、ヴィローサは一体のゴブリンと戦っていた。いや、戦っていたというのは少し言葉が間違っているだろう。一体のゴブリンを倒していた。
ヴィローサは妖精である。妖精は特殊な力を持つ。ヴィローサは毒の妖精である。毒の妖精は毒の力を持つ。単純に毒と言っても色々とあるのだが、要はヴィローサは毒を扱う妖精であり、毒の力を使うということである。それを攻撃手段として持つ……例えば溶解性のある毒を使えば相手の体をドロドロに溶かしたり、麻痺性の毒を相手に吸引させ行動を不能にしたりと、毒を使う戦い方にもいろいろとある。だが、妖精ならばもっと特殊な使い方もできる。
ゴブリンの体内への毒の発生。ヴィローサの場合近づくだけで相手を毒に冒すことができる。相手に直接毒を生み出すことができるのだ。妖精とはそれくらいに異質で特殊な力を持ち……その自由奔放な様もあり、通常は極めて脅威となり得る。ゆえに彼女が捕まっていた時のようにその力を抑える道具をつけなければまともに対応するのは危険なのである。まあ、普通の妖精は気まぐれですぐに別のことに気が向くので、よほど危険な妖精でもなければ被害は一過性のものにしかならないだろう……そういう点でもやはりヴィローサは異質な存在となってしまうが。
「キイ様、ゴブリンを殺したらどうすればいいかしら?」
「討伐証明部位……っていうのがある。右耳だったかな」
ゴブリンを倒した後はその討伐証明の回収になる。ゴブリンは数が多いが別に特別役に立つということもない。人型のためか食べるのにも少々忌避があり、そもそもそこまで肉がうまいわけでもない。飢饉があったりよほど食べるものがないならば話は違うが。死体は放っておけば味を気にしない生物が食べるだろう。まあ、獣の類はあまりゴブリンの死体を食べたりはしないのだが。
ともかく、ゴブリンを倒しても別に役に立たないので耳だけを回収して邪魔にならない場所に捨て置くというのが一般的だ。ヴィローサが殺したゴブリンは果たして食われるかは怪しいが。回収した耳も別に何かに使われるというわけではなく、討伐証明以上の意味はない。
「……ゴブリン二体じゃまだまだ数は足りないな」
「いくら倒せばいいのかしら?」
「五体で一律だな。だから……とりあえず二十体くらい倒してみるか」
「そう…………」
ちなみに、二十体倒して四依頼分だが、その報酬でも下手な魔物の討伐と素材の納品よりも安い……一依頼分ならば公也が街で受けた依頼よりも安いことだろう。それくらいに数が多く、そして雑魚であり他の依頼のついでの討伐となることが多い。それがゴブリンの討伐依頼である。それでも依頼そのものは必要だ。なければゴブリンが討伐されることが今以上に少なくなり、その結果ゴブリンが増え、群れとなり、脅威度が跳ねあがるのだから。
※ゴブリン。この世界では一番の雑魚な魔物。数が厄介で一匹見れば三十匹いると言われる。G。
※生物を食らい得られる情報はその生体情報、機能などが主。その生物の種族名などはそもそも情報としては含まれない。知識として持っているならばともかく。
※ヴィローサの持つ能力は普通の妖精よりもかなり上。普通の毒の妖精はヴィローサほどやばい強さはない。




