4
「流石に山登りはなかなか大変だな……半ば崖のようなものか。そこまで角度がやばいってことはないが……」
ワイバーンの谷を襲った異変の原因がある場所はアンデルク城があった場所ほどではないにしても結構な高所にある。そしてワイバーンの谷はワイバーンたちが住んでいる以上人間などが住みづらく人間が活動しやすい環境が構築されていない。当然ワイバーンですら寄り付かないと言われる場所が開拓されていると言うことはなく、その場所は殆ど自然なままになっている。そもそもワイバーンですら寄ってこない場所、ワイバーンがいないから他の生物が……なんてことはありえない。ワイバーンですら近寄らない場所に他の生物が近寄れるはずがない。つまりそのあたりは生物が全くと言っていいほどいない場所となっている。微生物とかそういった生物はもしかしたらいるかもしれないが…………まあいたとしても見えないのではあまり意味がない。
そういうことでワイバーンの谷の中にある特殊な他の生物の近づかない山は頂上への道が開拓されていない本当に人の手生物の手の入っていない山となっている。植物すら生えていない土と岩と砂の集まり。そんな感じの場所である。
「……ワイバーンが休息できるような場所、恐らくは巣だったような場所がある。今はもうワイバーンが一切いないが…………昔はいた感じか。つまり昔はこの場所に近づけた……まあ、異変が原因ではない感じだが。異変よりも前に異変に近いようなことはあった? あるいはワイバーンが寄らなくなる何かが以前ここにできて、それが今活動を開始した……とかそういうことか?」
しかしそんなワイバーンの谷の中ワイバーンが近寄れない山はかつてワイバーンがいたような痕跡が残っている。つまりその時節はワイバーンが近づけた……そうでなくなったことに関して公也は今回のことと関わる原因によるものではないかと推測した。もっとも確証はない。
「っと……魔法を使えば登るのは容易だけど、できれば温存しておきたいな……」
公也は無敵に近い存在である……というのは一応公也自身が自覚しているものの、実際には無敵でもないし万能というわけでもない。魔法を使えばあらゆることをできるがそれを行うために魔力が必要、一応その限度はある……特に今回ワイバーンたちを抑えるのに結構な消費をしている。あれとて一時的にワイバーンを抑えるだけとはいえその消耗は大きい。それでもまだまだ余りあるが、今回の原因に対して立ち向かうにはやはり温存しておいた方がいいだろう。身一つで登れるのであればそのほうがいい。
別に暴食で食らい消せばいい、というのを公也は考えてはいる。ただこれはこれで問題がある。暴食はどんな相手にも通用しうる能力ではあるが、その弊害の大きさを考えると公也はあまり使いたくない。もちろん一切使わないわけではないがむやみに使いたくはないと言う話である。知識を得るために使うのが本人の意識として強く、敵を倒す、問題を解決するために使うのはどうなのか……と言う感じだ。まあそういった使い方を一切しないわけでもないが。
「よっと……結構高いな。しかし、なんだろう……息苦しい? 酸素、気圧の問題じゃない……高所に上っているから息苦しいと言うよりは、こう持っていかれている感じか。原因の大本に近づいたからその流れをより強く感じている……あり得るな」
山を登っている最中の公也は徐々に自分から力が漏れて流れて行っているのを感じる。公也の全体の量からすれば微々たるものだが暴食として食らい奪う側の自身が奪われているのは少々気に入らないと感じている。この山から離れた場所では感じなかった力の流れ、力を奪う流れを感じその先に恐らく目的のもの、今回の異変の原因が存在するものだろうとはっきり感じる。それくらいに力の流れははっきりと特殊な物、異常であると感じられる。
「…………しかし、特殊能力か何かなのか? いや、何か変だな……それにしては……」
これが生物による特殊能力であるのならば……少々奇妙に感じる。特殊能力を使うための力を奪う力で補っているからずっと使えると言うのはあり得なくもないが、特殊能力だとしてもそこまで強力なのはあり得るのか。公也の持つ能力でもあらゆるすべてを対象にできる広範囲に影響を及ぼせる能力であるが公也の認識に大きく依存する能力でそこまで大規模にするのは意外に大変で難しい。そもそもこの公也から力を奪う流れ、公也に限らずワイバーンの谷一帯を対象とするそれはあまりにも無秩序だ。単純に範囲を指定し自分に近い位置にいればいるほどその吸収量が増える……あり得なくもないが少し違うように感じている。公也のそれはまるで引っ張られるかのような感じでもある。中心とする奪う作用の大本となっている物が違う。
「……………………」
公也はじっと山を見る。山の中、流れる力………………己の感覚を研ぎ澄ましその感知能力を高め、山を見る。山を感じる。山の中にある力の流れを感じる。大地を走る力の流れ、地脈や龍脈と呼ばれるようなもの。そういったものの力の流れを公也は察知しようとしているのである。
「上に……山の頂上に伸びている。あふれるような力が山の頂上から漏れ出でて……その力の流れに吸われている感じか? つまりこの地脈の流れに乗って持っていかれているのか。それならワイバーンの谷一帯が有効範囲なのは理由がつく。ワイバーンの谷というワイバーンたちにとって良条件となる地脈に接続されそこから力を引き出している……大地に根を張る植物や地脈の影響を強く受けるワイバーンが寄りエネルギーを吸われるか。確かにそうなるんだろう。そしてこの山が中心にある。その中心に近づけば寄りその影響を受ける……やはり以前からそうなっていた? だからワイバーンが近寄らない? 足りなくなったから余所から引き寄せるようにした? あるいは……爆発的なエネルギー消費を必要とするようになったか、つまり起動直前みたいな感じか? 爆弾みたいなものではないとは思うが……」
色々な考察をしているが、結局考えたところで結論がでるものでもない。すぐ近くにその大元があるのだから見に行くのが一番いい。それこそ問題解決のために早退する必要があるのだから。
そうして公也は山を登る。かなり高い山の頂上、完全に平坦な頂点部分にそれはあった。
「……卵?」
地脈の力が集中するその場所にあったのは卵。およそ一メートル半はあるほどの巨大な卵であった。
※今回の異変はワイバーンの谷に流れる大きな力の流れ、ワイバーンの谷がワイバーンにとって住みよい要因となる力の性質、その流れを利用した巨大なエネルギー吸収による竜種含む多くの者へ影響を与えたことによる異変。
※いきなり出てきた『地脈』というワード。あくまで主人公の仮定によるもの。大地を巡る力の流れを表現するものである。本来ならその力の流れは世界の一部ともいえるものであまり明確に感じるものではなく、そもそも魔法使いの使う魔力とも別物で一般的には認知することが難しいものとなる。今回の場合集められた雑多な力の流れがあり、また主人公もその力の吸収の対象になっていることもあってその力の流れを意識することでそれを認識することができている。




