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「ようやく来てくれたね、アンデール様」
「…………確かお前は……………………オーガンだったか?」
「はい、その通りです。ワイバーンの谷でお会いしましたね」
公也が出向いた先にいるのはオーガン、ワイバーンの谷で出会ったトルメリリンの人間……まあ一応彼はトルメリリン川の人間であると言うのは間違いではないのだろう。しかし公也としてはなぜオーガンが、と思うところでもある。オーガンはワイバーンの谷に住まう人間でありトルメリリンとは直接関係する何かがあるわけではない……まあ、ワイバーンのことに関してならば何かあるかもしれない。トルメリリンの人間云々以前にオーガンは公也に自分が竜が好きだと語って見せたのだから。ただそれにしてもやはり公也の下まで訪ねてくるのは理由がよくわからないと思わざるを得ないわけだが。
「知り合い?」
「本当にタダの顔見知り、一度で会って程度の……だけどな」
「ええ? なんでそんなのがこんなところに……」
「まあ、それに関しては今は良いだろう。リーリェは雪奈を頼む」
「そうね。後はキミヤ君の方で対応して頂戴……ああ、クラムベルト君は呼んだ方がいいかしら?」
「必要があれば俺が呼ぶからいい」
「わかったわ。じゃあ雪奈ちゃん、ペティちゃんの所に行きましょうか」
「はい。雇い主様ー、また後でよろしくお願いしますね」
オーガンに関しては公也は別に仲がいいわけでもない特別な関与のあるわけでもないただの知り合いでしかない。むしろよくオーガンがその知り合いという縁から公也の下に来たなと驚くべきである。このオーガンとの話に関しては恐らくトルメリリンとの関係に影響するような国家的な何かではない……と思われるため、現状では別にクラムベルトは必要ないだろう。貴族としての役割、立場が求められるようなことがあれば呼ぶ必要があるが現状は恐らく必要ないと思われる。
「行ったか。それで……まあ、いちいちあれこれ話すのも面倒だからさっさと本題に移ろう。いったい何の用でここに来た?」
公也にとってはなぜオーガンがアンデルク城まできたのかわからない。そもそもオーガンがそのような行動をするような能力を持たない……ワイバーンに乗ってきたのはまだワイバーンの谷に問題なくいられる能力を持っているのでわからないでもないのだが。
「……アンデール様。本来これはあなたにお話しして解決してもらうことではないかもしれません。ですが、現在のトルメリリンでは恐らく不可能なことです。ゆえに私はあなたにこの話を持ってくるしかなかった。ぜひとも、私の頼みを受けてもらいたいのです」
「………………内容による」
一応オーガンの持ちかけてくる話は他国のこととはいえそこまで国家的な問題になり得ることではない……と予想はしているものの、実際にはどうなのかは不明である。ゆえに安易にいいだろうと答えることはできない。
「そもそもなぜお前が来た。ワイバーンの谷に住んでる明らかに一般人としか思えないお前がここにくる理由はなんだ?」
「……まあ、一応一般人ですけどね。これでも少々特殊な能力を持っているのですが」
「知ってる。でなければワイバーンの谷にいられるとは思えないからな……」
「ああ、流石にそこでわかってしまいますか……私は竜に好かれる性質があるんです。まあ正確には竜だけに限った話ではなく動物や魔物全般なのですが」
「……だからあの谷にいて平気なのか」
オーガンは動物や魔物の類に好かれる性質を持つ。それは一種の特殊能力……魔法とも違う、公也の持つ暴食、ヴィローサの持つ毒の力、そういった類の力である。もっとも残念ながらオーガンのそれはそこまで強力な力ではない。ただ魔物や動物に好かれ襲われない……それくらいである。まあ、それでもワイバーンの谷で住んでいられる程度には優秀な能力と言えるが。
「まあ、それはともかく」
「はい、詳しい話でしょう。実は現在ワイバーンの谷に異変が起きているのです」
「異変?」
「ワイバーンの凶暴化、暴走、虚弱化……異変の内容は簡単に言えばワイバーンに何らかの悪影響が起きていること……厳密にはワイバーンの谷に住まう生命に、ですが。ワイバーンもそうですがその他の動植物もまた影響を受けています」
内容自体はかなり簡単な話だった。ワイバーンの谷におけるワイバーンに対する悪影響……厳密にはそこに住まう多くの生命に対する悪影響だ。ワイバーンも含めた動植物……またその中にはオーガン自身も含む。本人が自分に起きた影響を理解しているからこそ、また周囲のことをしっかりと見ることができているからこそ、何が起きているのかおおよその推察ができている。
「……オーガンもか?」
「はい。まあ私は程度が低いのですが……」
「原因はわかっているのか?」
「不明です。調査から必要になるでしょう」
「それはまた……」
一体ワイバーンの谷で何が起きたのか。その原因もまだ不明である。それを公也に話を持ち込んでどうにかしてもらおうと言うことのようだが……少々都合がいい提案なのではないかと思わざるを得ない。
「それはトルメリリンに話を持ち込むのじゃ駄目なのか?」
「現在のトルメリリンでは解決できないでしょう。ワイバーンの谷に入って無事でいられるだけの実力がなければまず入って調査することもできない」
「……確かに」
「ゆえにあなたに話を持ち込んだのです。私が知り得る中であなた以上にワイバーンの谷で自由に行動できる人物を知らない」
オーガンは一度ワイバーンの谷で公也に出会っている。だからこそ公也がワイバーンの谷で行動できるとわかっている。
「だから俺に、か」
「はい。ぜひとも受けてもらいたい。あなたでなければ解決できないでしょうから」
他にも解決の手立てはないとは言えないが、現状オーガンが打てる手では確かに公也が一番いいのだろう。ただ問題としては公也はトルメリリンの人間ではないと言うことである。まあオーガンにとって優先されるのは竜の保護、安全の確保。トルメリリンが本来対処しなければならないと言ってもそのトルメリリンが対処できないだろう事変である。仮に対処できても時間がかかるのであれば、国家が違えども、色々な意味で悪影響を及ぼしたとしても、早急に確実に対処できる方を優先する。
「わかった。対処に出向かせてもらう」
「ありがたい」
そして公也はあっさりとその頼みを受諾する。まあ公也としても興味はあることであるし、ある意味これ以上トルメリリンの弱体化をしたくないと言う考えもあるのかもしれない。あるいはワイバーンたちを案じたか。一応公也もワイバーンを使う人間としてその同胞に関しては気にかけているのかもしれない……いや、やはり興味、知識の吸収の目的の方が大きいかもしれない。
※オーガンさんの特殊能力は魔物や獣などの本能の強い野生生物全般に好かれやすい敵対されにくいというもの。ぶっちゃけ特殊能力と言うには少々弱い。しかも目に見えるものでもないし。でも別に従えているわけでもないワイバーンに力を貸し得てもらえるとか結構特殊な気もする。
※トルメリリンのワイバーン部隊はそもそもトルメリリンにワイバーンを提供する人物がいるゆえに構成できる部隊であり本来トルメリリン単独ではワイバーンたちを掴まえ従えることは厳しい。なのでワイバーンの谷に直接トルメリリンは関与しない。国土の一部の扱いではあるが制御しきれていない。
※一応他国の出来事だが関与するのはどうなのだろう? まあこのことを知ることのできる人間は極めて少数でほぼ誰も知らないのでバレないと思うので大丈夫そうだが。




