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アンデルク城。基本的に場所が場所であるからか特に来客もなく、そこに住んでいる住人はいつも通りの生活を送っている。仕事がある……一応仕事があるクラムベルトや研究で自分で勝手に仕事をしているロムニルやリーリェ、外に出て魔物を狩っているフーマルあたりはまだそれなりに満足できる生活を行っているだろう。一方でそれ以外は退屈した生活を行っている。基本的に家事以上にやるべきことがなく、仕事も現状それほどないため暇を持て余している。まあ、ペティエットやアリルフィーラは家事を学ぶと言う形で仕事をしていると言えるかもしれない。なお、フェイとウィタは仕事があってもなくとも関係ない。そういう点ではこのアンデルク城において一番仕事がないのは公也がクラムベルトと一緒に連れてきた人間かもしれない。
「はあ…………食料は足りているけど、やっぱり魔法関連の素材は未だに足りないわね。フーマル君も流石に森には入れないし。私たちが手伝うにしても怪しいし……私がここで出来ることと言えば、せいぜいがペティちゃんやリルフィに家事を教えるくらい……魔法使いで研究者の私は何処に行ったのかしら。ま、その分ロムニルの世話ができると考えれば悪いことではないのかもしれないけど……いえ、それでもやっぱり、研究方面をもうちょっとどうにかしたいわね……今の所ロムニルと魔法陣、この城を利用した魔法陣の発展に関しての研究で時間が潰せるけど……植物成長の魔法も使えるようになったし魔法薬用の薬草でも育ててみるのもありかしら。そうね、魔法による急速成長をした場合どのような効能をもたらすのか、変化があるのかないのか、そういった部分も興味があるわね……ロムニルほどではないけど私もやっぱり研究馬鹿よね」
リーリェは外を見ながら独り言をつぶやきくすくすと笑っている……傍から見れば怪しい人と言ってもいいかもしれない。
「まあ、何をするにしてもキミヤ君やペティちゃんに話を通す必要はあるのだけど。魔法陣は実例ができたから色々試すのは面白そうだけど……何をすればいいか、という話ね……っ?」
ぶつぶつと呟いているところに、リーリェはどこか空気の変わる気配を感じる。
「……結界? これは………………警戒するべき対象が感知範囲に入ったと言うこと? 魔物……一応魔物や獣も警戒対象だけど、森からのそれはすぐにわかるはず……いえ、そもそも何かあればフズが知らせに来るのよね?」
警戒烏のフズはこの城の頂上で常に周囲の見張りを行っている。公也が飼っているからか、あるいは元々警戒烏はそういう感じなのか、かなり頭が良く教えたことは基本的に問題なくこなせる。何か警戒に値するものを発見した場合その連絡を城の中にいる者に行うようにしつけられている。しかしそれは結界とはまた別のもの。警戒烏は自分たちを襲うような危険のある存在を察知し警戒の鳴き声を上げるものであり、この城に仕込まれた結界は城に近づく魔物、危険な生物や敵対者を感知しそれに反応して防壁を作り上げるもの。まあまだ未完成でそこまで強力な物にはなっていないのだが。
ともかく結界が発動した以上何か驚異のある存在が近づいたことには間違いない。それが山の獣や魔物か……あるいは放浪魔、もしかしたらトルメリリンからの何者か……まあこの場合ならば確実に兵士の類、それもワイバーン部隊の何かだろう。もっとも可能性としてはそれは一番低いものだ。実際に何が来たかについては外に出て確認しなければわからない。
「ああ、もう、とりあえず外に出ないと……戦闘能力があるのは、ヴィローサちゃんにフーマル君……フェイとウィタは今の所やめておいた方がいいかな。他は……ロムニルは別にいいわ。あの人は研究をやってるし、この城にも戦力は残しておいた方がいい……まああの人の場合外のことは気にしないかもだけど」
そう考えつつ、ペティエット、ヴィローサ、フーマル、ロムニル……あとはアリルフィーラとウィタとフェイに連絡を取りに行く。戦闘になるかもしれないため呼ぶヴィローサとフーマル以外は警戒するように、といった感じに伝える程度の話だが。
そうしてリーリェたちはアンデルク城の外に出る。結界はちゃんと機能しているようだがそこまで強い防御能力の者ではない。とはいえ範囲が範囲であるため結構な出力ではあるだろう。通常の魔法陣で行おうとすれば普通の魔法使いならどれほど持つか……あまり持たない、とっていいくらいのもの。いくらアンデルク城が結構な魔力量を有していると言えどもこの出力を維持し続けるのはあまり望ましいものではない。
「……あれかしら」
「あれみたいね。なにかしらあれ?」
「……ワイバーンっすよね? その隣に誰かいるっすけど」
ワイバーンが結界に衝突して墜落している……と言うほど極端ではないものの、結界のせいでバランスを崩し地面に落下したのは事実。墜落というほどひどくはないが少し結構なダメージになっているだろう。そしてそのワイバーンに乗ってきたと思わしき男性はワイバーンの心配をして側にいる。その男性は兵士や騎士といった人間には見えない。比較的一般人に見える、恐らくは冒険者ですらない何者かだ。
「大丈夫かい?」
「グルル」
「よしよーし。大丈夫だからねー」
その男性はワイバーンと仲よくしている。ワイバーン部隊でも従えているワイバーンと仲がいいと言うことはない。基本的に力で従えているためか場合によっては逃げ出そうと暴れようと虎視眈々と狙っているのが普通だ。しかし、今目の前にいる男性はそういった普通のワイバーンの従え方とは違う感じだ。魔物を調教する技術が高いのか、あるいは魔物に好かれやすい体質なのか。
「ああ、ここの城の人ですか?」
「ええ……いえ、城主ではないわ。今この地の領主の人は旅に出ていていないのよ。それで、あなたはワイバーンを連れて一体なぜここまで来ているのかしら? ここはキアラートの国の国土になっているわ。あなたはトルメリリンの人でしょう? いえ、国境を越えて入るのが悪いと言うわけではないのだけど……流石にワイバーンを連れては……ああ、でもワイバーンを連れていないとここにはこれないわね…………」
「そうですね……っと、その前に自己紹介を。私はオーガン。あなたの言う通りトルメリリンの人間です。ですが……私は今回はトルメリリンの側というよりは、ワイバーンの谷に住まう人間として話をしに来たんです」
「……ワイバーンの谷?」
「はい」
トルメリリンに接するワイバーンの谷。一応はトルメリリンに属してはいるものの、その侵入の難しさ……ワイバーンが数多く住まい危険度が高く殆ど人はすまないその場所に彼は済んでいると言う。オーガン、ワイバーンの谷にて公也が出会った存在……つまりはこの地の領主である公也と面識のある人物。だからこそ、彼はここに来たのだろう。
「実はキミヤ・アンデール様に相談というか、頼み事というか……そういうことがあってここに来たのです」
「…………あなた、トルメリリンの人でしょう? トルメリリンに頼めばいいじゃない」
「本来なら、普通なら、そうなるんですが……事が事、ワイバーンの谷での出来事です。あの国の今の戦力では……そもそもワイバーン部隊程度ではワイバーンの谷にまともに入ることはできません。ワイバーンをあの国に卸している人間なら入れますが、彼が来るのはまだまだ先のことになります」
トルメリリンのワイバーンはワイバーンと兵士が戦い力で従えたのではなく、一部の特殊な人間がワイバーンを力で従えたのを国に供しているものである。それゆえに通常のワイバーン部隊の兵士ではまともにワイバーンの相手はしづらく、そもそも現状では公也によって大幅に減らされたためワイバーンの谷に行けるほどの戦力を出せない。そしてそのワイバーンを供している人間はある一定の期間を開けてワイバーンの谷に入る。ワイバーンの数も限度がある。そのためある程度帰還を開けてまとめて、という形にしているようである。つまり現在のトルメリリンはワイバーンの補給ができない状態……その人物に渡りをつけワイバーンの補充を頼みたいのがトルメリリンの現状だろう。
まあ、それはともかく。トルメリリンがそんな状態でさてどうした、といったところである。しかしそこで彼が思いついたのが一度出会った公也の存在。ワイバーン相手に怯まずにいたワイバーン部隊を壊滅させた存在。公也ならば……と彼が思った結果、ワイバーンの一頭に乗ってキアラートのアンデルク城を目指した……一応城のある場所に関しては大まかには知っていたので。
「……これは困ったわね。ああ、連絡をつけないとだめかしら」
流石にこの件に関して、公也なしでリーリェたちだけで決めていいことではない。ということで彼女は公也に魔法による遠話の魔法陣を使い連絡を取ったと言うことなのであった。
※結界が作動するということは外からの侵入者、来訪者、何らかの危険な存在を含んだうえでの来訪者である。ただしフズが反応しないということは敵意がないということになる。そのあたりの区別を結界はしないで勝手に作動するようになっている。
※結界によるダメージよりも墜落ダメージのほうが大きい。魔物によっては結界自体を突破できるような魔物ももしかしたらいる可能性は高いだろう。




