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「わけわかんねえこと言ってんじゃねえ! お前は言われた通りにすればいいんだよ!」
そのセリフの方が訳が分からない、と周りにいる人間は突っ込みたいことだろう。公也に対し言葉をかけた男は単純に相手を脅し言うことを聞かせたいだけであり、話をしたいとかそういうものではない。自分にとって都合の良いことが起こる、起こらないはずがない、そんな思考なのである。頭がおかしい、頭が悪いとしか思えない思考であり、どうして人間の頭脳でがそんな思考に発展するのかはわからないが、そういう人間なのだろう。
そう言って、男は公也を殴ろうとする。言っても聞かないのならば暴力で脅せばいい。自分より弱いだろう優男、殴れば痛みでいうことを聞く。相手がそれに対する反撃をしてきたり、そもそも殴りかかること自体が悪いことであるなどとも考えない。冒険者同士のいざこざは冒険者同士で解決すること、そういう取り決めを自分に都合よく解釈し、冒険者同士ならば何をやってもお互いの問題で済むとでも考えているのかもしれない。
「……っと」
「なにっ!?」
まあ、公也にはちょっと殴りかかられるくらいどうとでもなるのだが。公也は別に格闘経験があるとかはなく、剣も持っているが別に剣の才があるわけでもなく、基本的には技術的には弱者だ。しかし、戦闘において公也は決して弱いということはない。暴食の有無、魔法の使用に関わらず、公也の強さはとても強いと言える。何故なら、公也の肉体の能力は山一つ分に匹敵するからだ。
公也が生物を食らうことでその生物の持つ生命力を得られる。その生物の魔力量を加算できる。その生物の肉体とする構成物質を自身に重ね維持する。肉体的な強固さ、強靭さが公也の肉体にあり、また生命力による肉体的な性能の強化がある。流石に生物の持つ生物的な特徴……蝙蝠のように超音波を発したりその探知をしたりとか、犬系統のような高い嗅覚を持ったり、猫などにみられる暗闇でも物が見える性質を持ったりなど、生物的な特徴は持ち得ないが、生物の持つ生命力を自分に足していくことで己の生命の強さ、つまりは肉体の能力を上げることができる。まあ、それを更に魔法で補助してもいいが、彼の魔力量がとても多いとしても常に強化の魔法を使い続けられるほどの量ではないため、さすがにそんなことはしない。そもそも強化魔法はあまり彼は使用する魔法の考慮に入れていない。
まあ、そんな感じで基本的な能力は高い。男の拳を受けられる肉体の能力や、男の拳が来ることを感じ、見ることのできる身体の能力など。
「な、なんで受け止められるんだよ!?」
「遅いから?」
「遅いだって!? お前みたいなやつが俺の攻撃を見切れるわけが……」
公也に攻撃してきた冒険者は大して強くはない。彼はそれを考慮していない。もっとも本人は自分が弱いとは思っていない。一応これでも冒険者であり、たとえ冒険者としては最下層でも一般的な人間よりは暴力的な部分は強い。
もっとも今回は相手が悪い。本当の意味で冒険者になったばかりの一般人ならばともかく。
「ねえ」
「あん?」
二人のやり取りを遮るように、一つの声が。平坦な、無機質な、それでいて……
「あなた、キイ様に何しようとした?」
この世で最も怖ろしいものが現れたような、毒々しさを宿している声だった。
「ひっ……」
「もう一度聞くけど」
彼女は妖精である。ヴィローサは妖精である。彼女は公也を好いて、愛して、傍にいて、仕えて、後ろをついて、好きで、スキで、すきで、誰よりも何よりも何処よりも彼よりもあれよりも、重い想い思い抱いて、ゆえに彼女は毒であり、毒であり、何よりも毒であり。
「あなた、キイ様に何しようとした?」
何よりも、妖精であり、毒であり、毒の妖精である。
妖精とは本来愛らしいものとは限らない。妖精とは人間とは違う存在である。妖精とは、その本性は明らかに人外のものなのである。人に近しい妖精もいるが、その本質は虫のようであったり、魚のようであったり、本能のようであったり、機械のようであったり、悪のようであったり、光のようであったり。少なくともその本質は人間では理解できないし、人間では受け入れられるようなものではない。
その本質を、彼女は公也に対し害をなそうと存在に対して現す。
「殴ろうとした? 傷つけようとした? それとも殺そうとした? なんで? なぜ? どうして? ねえ、教えてくれる? 教えてくれない? 教えなさい?」
「………………う」
「ねえ? 言えないの? 言わないの? その口はお飾りなの? 頭はついている? それともただの置物で人間でないとか? なら壊せばいいの? しゃべれるように改造しましょうか? 毒を流し込んで、動けるようにしてあげましょうか? 中身を取り出して、そこにどんな思考があるか覗いてあげましょうか?」
ヴィローサに宿るのは狂気。彼女は妖精であり、一時的に人であって、そこに妖精としての毒が生まれ、妖精であることが毒となり、かつてのヴィローサの有り様は妖精と人の毒により死に壊れた。今の彼女は公也に助けられたゆえに生まれた精神性であり、毒の具現、狂気の変容。公也の傍にあり、平穏にあるのならば、その狂気を露出させることはないが、しかし公也に対し害があるならば、害を生み出す可能性があるならば、それに対して己の本性を見せる。
「ヴィラ」
「…………何かしら?」
「それの対処は俺がするから、ヴィラは何もしなくていい」
「…………そう。キイ様がそういうのなら、私は退きますね」
公也の言葉であっさり本性を消し去り、ヴィローサは退く。彼女にとっては何よりも公也のことが重要であり、その言に従わぬのは己の否定、自死に等しい。裏で何かをしたり、隠れてあれこれしているならともかく、本人に直に止められれば止まるしかない。
「………………や、やっぱりお前が妖精の主なんじゃねえか!?」
「今のを見て言うことはそれだけか? そもそも殴りかかってきたのはそっち、よこせと脅しをかけてきたのはそっち、基本的に変に絡んできて面倒ごとにしたのはそっちだろう。ヴィラも関わらなければ特に何もしようとはしなかっただろうし。いや、何かする前に止めさせたわけだけど」
「うっせえ! お前は大人しく」
「確か、冒険者同士のいざこざは相手が死なない限りはちょっと暴力するくらいは問題ないんだよな? こいつのように?」
受付に問うように公也は話しかける。
「えっと……まあ、はい、死ななければ……」
「じゃあ、勝ち目がないことを実力で示させてもらおう」
先ほど拳を簡単に受けたように、公也の戦闘能力は極めて高い。それこそ目の前の男と殴り合いになればあっさり殴り勝てる程度に。魔法や暴食の力を使わなくとも、この世界において公也は十分以上に強い。山一つを食らった結果、つまりは山一つの強さが公也の強さである。
「はっ」
流石に殴ると腹を抉りそうなので、掌底で吹き飛ばすように押し出しをする。力はそれほど入れない。もちろん入れると言えば入れるのだが、殺してしまうと問題なので殺さない程度に力を入れる感じである。その一撃、受付は扉から入りすぐ目の前なわけであり、今公也がいる場所は受け付けの前。男は後ろから話しかけてくるような感じだったわけであり…………つまり、吹き飛ばすように殴った場合、男はそのまま入口から外へと吹き飛ばされるのである。
「ぎゃあああああああっ!?」
「…………流石にこのくらいじゃ死なないよな?」
手を当てられ押し出すように吹き飛ぶ男の姿を見て、冒険者ギルドの中にいる人間たちは戦慄する。明らかに見た目的にそれほど強そうには見えない公也が、あっさりとそれなりに大きな男を一発で吹き飛ばしたのだから。流石にそれを見て公也に絡もうと考える者はいないだろう。まあ、公也のこの姿を見ていない人間は妖精を連れている公也に絡んでくるかもしれないが、少なくともこの場にいる者はこの姿を見ているためありえない。
ところで、外に吹き飛んだ男は誰かに当たることもなく、地面にぶっ倒れた。気絶しているが、それくらいは問題ないだろう。昼間からというのは珍しいが、たまに路上で寝ている冒険者がいることもある。誰かが倒れている男を見つければそれを端に寄せてくれていることだろう……恐らく。
※暴食で食らったものはそのまま主人公の力に加算される。食らえば食らうほど強くなる。この時点で山一つ分を食らっているので今の主人公の身体能力は山一つが動くくらいの力ということになる。もっとも通常時は今の自分の肉体に適した身体能力で活動するみたいだが。
※ヴィローサはヤンデレ気質。主人公に対して敵意を向けてくる相手がいた場合、その本性を見せる。
※妖精。この世界においては魔物の一種。現在の妖精は比較的人間に近しい形をしているが大昔はもっと自然の存在に近い形をしていた。人型寄りの自然が肉体を持った存在。その精神と性質は人とは大きく異なっている。しかし時代を経るに従い妖精という存在に対する認識が影響を及ぼす。人に近いゆえに自分たちと似通ったものと人が考えるようになり彼らはより人に近いものとなり、また異世界における妖精に対する共通観念がこの世界にも影響を及ぼし最終的に今の形、人間にかなり近しい精神性と性質になった。しかし妖精の本質、本性は昔と変わらない。それを表に出せるのは一部の強力な妖精か、あるいは特殊な生まれや経験をした妖精、または根本的に妖精としてぶっ壊れている妖精くらいである。




