26
「これ、お願い」
「はい」
調理場。アンデルク城における女性メインの仕事場……特にペティエットとリーリェが担当している家事、調理が行われる場。そこに現在アリルフィーラが参加している。基本的にこの城において研究者として魔法研究を行っているリーリェは家事をしてはいるものの、やはり他の仕事もあると言うことでその内容は少なめ。現状ではペティエットがリーリェの教えを受け仕事をやるようになっている。ペティエットはその存在の都合上基本的に暇で暇で仕方ないくらいであるゆえに。
そして今回アリルフィーラが参加するようになり、ペティエットはアリルフィーラに自分が請け負っていた仕事の半分くらいを任せるようになっている。いくらアリルフィーラの方が望んだからと言ってアリルフィーラは皇国皇女、貴族よりも上位の立場にあると言ってもいい。キアラートにおいてはその立場は少々特殊だが、はっきり言えば他国の要人という扱いのはず。そんな人物を働かせると言うこと自体まず通常ならあり得ないことだ。
もっとも現状のアリルフィーラの立場は通常のものになく、半ば逃亡者に近い。亡命ではなく現状から逃げ出した逃亡者、それを公也がかくまっているのが現状である。そもそもアリルフィーラをアリルフィーラとして知っている者は少なく、それゆえにアリルフィーラをどのように扱おうともその事情が外に漏れる可能性は少ない。仮に知られたとしても、アリルフィーラにそのようなことをさせていたとなるとある意味国際問題になりかねないため何としてでも秘匿することだろう。もっともアリルフィーラの口を封じることはできないのだが……いや、その場合最悪アリルフィーラの命を奪う形で口封じすればその存在が外に漏れていないことからもなんとかできるだろう。一応キアラートの最上層部は知っていることではあるが。
さて、そんなアリルフィーラの立場を知らないゆえに、仮にペティエットがそうであると知っていたとしても彼女にとってその価値はないようなもの、公也が気にしない以上特にこれと言って気にすることもなく、またアリルフィーラの方が望んでいると言うこともある。ならばペティエットは容赦なくその頼み通りこき使う。これに対してアリルフィーラは文句も言わずに従いこき使われる。むしろうれしそうに見えるくらいだ。
「………………」
そしてその様を見てリーリェは心臓に悪いと感じていた。リーリェはアリルフィーラがアリルフィーラ、皇国皇女であると知っているがゆえに、知らないままそうやってこき使っているペティエットの行動がとても心臓に悪い。かといってそれを指摘するわけにもいかない。現状アリルフィーラの正体を知っている人間はほぼいないためそのまま知らないでいることが一番安全であると言うのがわかっている。知っていれば行動に変化が出てしまうし何かのきっかけで外に情報が洩れかねない。秘密を守るのに一番いいのはそれを知る人間を減らし、外に漏れる可能性をほぼ失くすことである。
ゆえにペティエットに何も言えないが、やはり見ているだけというのはとても心臓に悪い物であった。
「あの…………リルフィ?」
「なんですか」
「仕事、大変じゃないかしら? あまりこういうことはやったことがないでしょう? それにペティに任せていることの半分ほどを頼まれているのもちょっと大変だと思うし。私も少し手伝いましょうか?」
「いえ……私は今の立場でいいですよ? 普段やらないこと、やれないことをやるのもいいですし、あまりそちらに任せても負担になるでしょう。外でやるべき仕事を失ったのですか…………代わりに別の仕事、というのはありがたい話です」
「そ、そう……」
「私は今の立場で十分です…………」
「…………?」
仕事に戻るアリルフィーラに一瞬見えた表情にリーリェが疑問符を浮かべる。その表情は公也も何度も見た表情、笑み、喜び。少なくとも皇女であった彼女が今の状況にあってするような表情ではない。だからこそ、リーリェは何故そんな表情が見えたのか……よくわからなかった。
「さて……大体やるべきことはやったか。農地も粗方植物の成長はやったし……収穫とかは後任せておくか。そもそも一度に取るべきでもないだろう。成長の魔法に関しては……まあ余所には出せないな。治癒もそうだが外に出すとやばいものだし」
治癒と植物成長……まともに使えるようになると危険な魔法である。この世界において傷の治癒や植物の成長が自由自在になった場合、戦争が行われる頻度が増える危険が高い。とはいえ、使っていればいずれ漏れる危険性は高くなる。クラムベルトあたりは報告している可能性はあるだろう。もっとも簡単にそれを要求されることはないと思われるが。危険があることに変わりないが。
「そろそろまた次の旅をしたいところだな……前回は山脈沿いに進み、トルメリリン寄り、ワイバーンの谷に入りそこから皇国方面へと移動……次は逆に飛んでみるか? キアラート方面から山脈沿いに……あるいは国境付近のゼルフリートの方から街の向こうへ行く、とかもいいか。まああっち方面は落ち着くまではしばらく行かないほうがいいだろうし、キアラート方面に山脈沿いで行ってみるか。皇国ではないほうの国に寄るのもありか?」
現在公也はまたアンデルク城を出て旅に出向きたいと考えている。やるべきことはいろいろとあるし、どうにかしたいことも多いし考えているあれこれもある。それを優先してやってもいいがある程度予定通りとはいえやはり短期間しか外に出ることしかなかったのは少し寂しい。もう一度か二度くらい同じように外に出てあれこれとやりたいと公也は考えている。
「…………クラムベルトに文句を言われそうだな。アリルフィーラを残していくわけだし」
ただこれまでとは違い今ここにはアリルフィーラがいる。新規に城にいる人間が増えると言うだけならばヴィローサの連れてきたウィタとフェイもそうなのだが、そちらはまるで問題にならないのに対しアリルフィーラは皇国皇女。大きな問題になり得る人物である。それをかってにつれてきて置き去りにして旅立つのは問題ではないか。現在の扱いに関しても問題があるし、もっとなんとかしてくれと半ば泣きつかれる感じで言われている。公也としてはアリルフィーラの好きにすればいいと思っている。そもそもこちらに来ることがアリルフィーラの望みであったわけだし、自分を使ってほしいと言うのも彼女の方から言ってきたことだ。その裏で何を考えているのかわからないのが公也は少々不安な所であるが……まあ、たぶん大丈夫だろうと思っている。




