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「………………空間魔法、凄い」
「まあ確かに便利ではあるな」
公也によってワイバーンの確保、異空間にその巨体をしまい込む場面を見て、そのうえで更に帰還の魔法による長距離転移。空間魔法としてわかりやすい異空間や転移は別に珍しいものではないがやはり長距離となるとそう簡単なものではない。一応アリルフィーラのいた場所はハーティア皇国の端の方でキアラートとは直線距離では近い、そもそもキアラートでもアンデルク山付近であるため距離的にはよりハーティア皇国に近いのでそこまでの距離ではない……とはいえ、やはり長距離は長距離。それだけの転移をわずかな間繋げるだけとはいえかなり難しい物であるだろう。
実際にそれを目の当たりにしたアリルフィーラは驚かざるを得ない……まあ彼女はそこまで魔法に対する知識はない。蝶よ花よと育てられた皇国皇女ゆえに知識は基本的に疎い。市井との関りもあるが結局のところ彼女の皇女の立場ゆえに知ることができないことも多い。
「………………おかえりなさい」
「ああ、ただいま。こちらでは特に問題はなかったか?」
戻ってきた部屋の中にはペティエットがいた。特に驚いた様子もなくペティエットは公也に話しかけてくる。ついてきたアリルフィーラにも軽く目を向けているがそこまで大した興味はない。とはいえ、一応聞いておいた方がいいだろうということで彼女に関して公也に訊ねる。
「……そこの女性は?」
「ああ。彼女は」
「リルフィです。キミヤ様についてきたただの端女です。よろしくお願いします」
「………………」
「そう。よろしくリルフィ」
「はい、よろしくお願いします…………えっと」
「ペティエット・トライア。ペティでいい」
「はい、よろしくお願いしますペティさん」
公也はこの会話を聞いていて端女はないだろう……と思っている。皇国皇女が端女を自称するのはどうなのか。とはいえそう自称したアリルフィーラにもいろいろと考えはあるのだろう。ただ、ここでも気になったのはその表情に見えるもの。公也がアリルフィーラに対して気にかかった例の表情を自称するときも微かにしていたこと。どうにも彼女の立場に関しての話が出ると時折そういった表情を浮かべるような気が公也はしている。
まあ、なんであれアリルフィーラがアンデルク城、公也の下で世話になるのは事実、ただ庇護に入ると言うだけではなく色々と仕事をしたりなどもする予定であるのでどういう形だったとしても積極的に人付き合いができるのはいいだろう。
「とりあえず……紹介しにいくか」
「マスター」
「ん? なんだ?」
「マスターと同じく、ヴィローサも人を連れてきた」
「………………それはまた珍しい」
珍しいどころではなく公也の感覚ではありえないと言っていいくらいの異常事態である。ヴィローサが他者に積極的に接触することなどほぼないと言っていい。
「まあ、それに関しても……後だな」
色々と少し離れている間に起きた出来事、状況、現状を調べておくべきだろう。そう考えとりあえずまずはヴィローサに会いに行くことにした。
「あ、キイ様!」
「ヴィラ、ただいま」
「おかえりなさい!」
「…………そこにいるのがヴィローサが連れてきたっていう人物か?」
兎のようなぬ人形を抱えている少女。ヴィローサがいる場所の近くで椅子に座ってぼーっとなにも見ていない。
「……………………」
「キイ様、彼女は人間じゃないの。だから拾ってきたのよ。キイ様が興味を持つんじゃないかと思って」
「まあ、確かにな。しかし………………ふむ……そこの人形も、か?」
「ええ、ええ! 流石キイ様、すぐ気づくのね!」
「一応ネクロマンシーの知識もあるからな」
結構前の話になるが公也はネクロマンシーを食らっている。そしてその知識を持っている。だからこそというわけではないがアンデッドに対する知識もある。もっとも、今回はそれだけではない。
「……ホムンクルスか」
「………………しっている?」
「ああ。お前たちを作った奴らの仲間だった奴を倒してその知識を奪ったからな。そうか……成功した実験体、なのか?」
「せいこう ちがう ぼく じぶんで こう なった」
「…………詳しく聞きたいところだな」
公也としてはアンデッドとホムンクルスの融合が成功した存在かと思ったが、アンデッドが外にいる時点で話が違ってくる。そもそも兎のほうも少女の方もそこまで自分たちに関しての知識はないだろう。一応それ関係で作られ使われていたためある程度の知識は持っているのかもしれない。だからこそ公也の言葉に反応したわけであるが。
そうして詳しく話を聞くと二人はゴミ捨て場に捨てられていた存在であるとのこと。捨てられた兎の死体、骨、そしてそこに宿った霊。そうして捨てられ底に残ったままだったところに更に捨てられたホムンクルス。廃棄場に捨てられた彼女が意識を目覚めさせ自力で外に出た。それだけならば大した問題ではない。そのまま何をするでもなく死に至ったと思われる。しかしそこで兎の霊がホムンクルスと関わった。その結果流浪の存在となって二人で行動していた。少女は微かな自意識が生まれているものの、その個が弱い。そこを兎が補っている。少女側の意識がないため兎が自己保存、生きるために……ということで少女に干渉しその身体を使い生活している。
複雑だがつまり二人で一つの存在、そういう形で生きているホムンクルスと兎の霊ということだ。
「なるほど……………………どうしてこうなったんだろうな」
現在の状況になった理由は理解できるものの、なぜそうなるのか、それが成立するのかは理解できない。様々な知識があったとはいえ、結構いろいろな偶然が重なった結果できた存在である。ホムンクルスの運用の形として半分実現できた存在と言える。
「………………なまえ」
「え?」
「ぼく たち なまえ もらう」
「二人は名前がないの。キイ様から与えてあげて」
「………………」
またか、と思う公也である。もっともそこまで頻繁に名前を付ける機会があったわけではない。ヴィローサ、ペティエットの二人だ。しかし、普通名前を付ける機会など一生で一度か二度、子供を名付けるときくらいではないだろうか。他人に名前を付けるなどかなり珍しいケースであり、それが二回、今回で三回の三人目四人目だ。かなり特異な事例である。
「まあ、名前がないのは不便だからつけろと言われればつけるのはいいが……その前に、ヴィローサ。こっちにいるのはリルフィ。拾ってきた」
「………………はっ。あ、えっと、リルフィです」
状況についてこれなかったアリルフィーラ。話の途中には入れなかったため公也の少し後ろにいたが紹介されて前に出る。そんな彼女にヴィローサが視線を向ける。ぞくりとするような視線、ヴィローサという存在が公也に関わる人間に対して一度はするだろう視線。
「…………」
「そう。ま、よろしく」
アリルフィーラはその視線に対して、少し背筋に悪寒が走った程度で済んだ。ヴィローサも別にアリルフィーラには雑に対応するものの、特に攻撃的にはならない。ある意味余裕ができたからか、それともアリルフィーラの公也に対しての感情が特にこれと言って現状ないからか。
「どれでキイ様。二人の名前だけど……」
「今すぐつけろと言われても困る。流石に一日考えさせてほしいんだが」
「…………………… べつ に かまわない いそいで ない から」
「そうか。そういってくれるとありがたい」
そうしてとりあえずアンデルク城に増えた新しい人材、二人と一霊を各人が知り情報の共有がされる。それ以外にもいろいろとあれこれとしたり、また情報をまとめたり。とりあえず暫くは城で色々とやることになる。新人たちの世話、やるべきことの教育などもあるゆえに。
※アリルフィーラは本来の自分よりも低く見られる方がいいらしい。
※件のネクロマンシーによって霊体を憑依されたものではなく自然に霊が寄ってきてお互いの同意の上での共同、共有体となった存在。なお現時点では兎の方が主体、主導。
※自分の子供でない相手に名前を付ける機会はそうあるものではないような……いや、職種によるかも。なおあともう一回あるのは確定している。それ以後は現状では不明。




