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一閃、剣が振るたびに山の樹々が薙ぎ払われる。その樹々をどうにかする余裕は公也にはなく、またメルシーネにもあまりない。まあ仮に樹々が剣によって斬られ倒れたとしても別に自分たちの元にさえ来なければ害はない。アンデルク山の樹々が斬られて一部禿げてしまったところでアンデルク山を自国の土地とする公也にとっても別に問題とするものではない。全域ならともかく、男性の振るう剣の一撃が届く範囲はあまり広い範囲、遠距離までではないのだから。
「酷い状況なのです」
周りの様子を見つつ、メルシーネは時々飛んでくる剣閃を防ぎつつ公也と男性の戦いの様子を見ている。メルシーネも決して参加できないわけではないが、あまり下手なやり方で状況に変化を加えるとどうなるかわからないので現状は特に手を出さないでいる。ただ、ある程度樹々が公也たちの方へと転がっていなかないように遠くに放り投げたりなど邪魔にならないような手出しはしている。直接の手出しではない。
「しかし、流石に剣閃の影響はそこまで大きくはないのですね。わたしでも一応は防げるのですし」
男性の振るう剣、その剣閃の先へと延びる一閃はそこまで強力な一撃ではない。そもそも男性の剣の一撃はそこまで強力なものではない。ミンディアーターを斬れるわけでもない、普通の冒険者の持つ剣を斬ることができるわけでもない。その一撃は確かに樹々を斬り倒せるほどの威力はあるのだろうが容赦なく敵を殺せるほどの強力なものではない。その一撃はたとえ延びても決して……少なくともメルシーネが意識して防ぐのであればその防御を超えて斬ることができるほどではないだろう。
「どうしたものですか。あの神は決して強いわけではないのですが……だとしても相手は神、決して弱いわけではないのです」
神とはそもそも存在からして殆ど多くの存在より上位に在る。剣で戦い真っ当に戦えるからとして必ず勝てるというわけでもない。いや、そもそも真っ当にただの剣の打ち合いをするだけの神など普通はいない。実際この男性も剣閃の一撃を伸ばす強い攻撃をするようになっている。その程度の変化になるが、もっと力を出せば膨大な攻撃力の一撃を、超広範囲の一撃を、そもそも剣で戦うようなことをせず魔法的な攻撃、神の権能、その膨大な力によるごり押しをする方がよほどいい。それだけ神と普通の人間、普通の存在は力の差がある。
まあ公也もまた神に匹敵するような膨大な力を持つ存在、神には至らずとも結構な実力者、強力な存在ではある。それだけの力を持つ存在であれば神が全力を出してきても対抗はできるだろう。
「どうなるですかね」
剣と剣の打ち合いが続く。公也の一撃は男性に届くが男性を傷つけるに至らず、また男性の一撃は公也のミンディアーターによって防がれる。男性の一撃によって遠距離にも斬撃が走るがその斬撃が公也に届くことはなく、戦況は膠着の状態を見せている。
「なかなか死なんな」
「それはこちらの台詞だ。攻撃が当たっても効かない」
「お前の攻撃が弱すぎるんだろう?」
「………………」
公也はその言葉に否定する言葉を持たない。実際剣が届いていないのは確かだ。弱い、と言われるとそれは正しいと言わざるを得ない。もちろん公也の一撃が弱いわけではなく、神の力が強いだけに過ぎない。権能、能力、神の持つ特殊な力、それによる防護……制限なくどんな攻撃でも防ぐだろう無茶苦茶な特殊性を持つ力、まさに神が持つ特権に等しい力である。
「しかしこれでは決着がつきそうにない」
「……ならこれで戦いを終えてもいいだろう」
「何を言う。私がお前を殺すまで終わらないにきまっているだろう」
「…………そもそも襲ってきたのはそちらだ。戦闘する意思はそちらにあるのは確かだ」
剣を合わせながら、互いに言葉を紡ぐ。剣を振るい戦いながら話すというのもなかなか妙な感じがあるが、それだけ戦いの場に余裕がある状況……そもそも互いに全力で相手を殺そう、本気で戦おうとはしていない。特に男性はただ公也を殺そうとするだけであり真っ当な戦いをしようとはしているように見えない。それだけ戦いの経験が少ない……ただの力押しでどんな相手にも勝てる状況で真っ当な戦闘経験がないのだろう。
「ふっ!!」
「っ? おや?」
微かに、公也の攻撃が男性へと届く。その表面に展開された防護に遮られることなく、その防護を超えて剣が届いた。
「…………ふむ」
「…………」
「なるほど」
一気に男性の気配が変わる。
「少々侮りすぎたか」
「っ!!」
ガヅン、と金属同士のぶつかり合う、硬質な音。これまでの軽い金属同士のぶつかり合う音ではなく、車同士が衝突した時になるような強力な力で金属塊同士がぶつかり合ったかのような強烈な響きの音が鳴る。
「力が強い? いや、どちらかと言うとお前の力が特殊なのか? 魔法、魔法使い、魔力、世界の力、もしやお前は存在力にも手が届くのか? いや、そうでなくとも魔力、<希世力>だけでも私には十分届く。ただの人間ごときに私の力が破られるのは納得がいかないし不満もでるが……それだけ力を、強大なエネルギーを有しているのであれば可能性はあるだろう。お前はそういう存在だ。それだけの力を持っているのは分かっている」
「…………本気を出してきたか」
「本気? まさか。ただ、少なくともお前を今までの人間と同列には見ない、そう判断しただけだ」
剣閃、その一撃、威力は今までより格段に上がっている。その力が届く範囲、距離も伸びているがそれはあくまで周りの樹々を斬り飛ばしたり山に傷を入れる程度……場所的に上の方を狙わなければ妙な事故も起こり得ないのは公也たちからすればアンデールの民や城の方に流れ弾が向かないという点でいいことだろう。男性の動き自体は速くなっているように見えない……しかし攻撃力だけは上がっている、それがどこか奇妙に思える。まあこの世界でもモミジのように肉体強度はそこまで変化していないのに肉体での攻撃力はなぜか増強されているみたいな妙な力の変化はある。神のそれも単純に威力が増大しただけでそれ以外は特に変化がないということであればありえないことでもないだろう。
それこそ神と人の差、それは力の差と言うのも大きな要因であるが存在の差、存在の格の差、そこに要点があるものと思われる。発揮する存在の力、存在の差……普段は指先だけしか出していないのが今は腕まで出している、みたいな感じだろう。込める力、力とは存在のことでありその大きさが攻撃力となる。まあ、こういったことはこの世界の住人では理解できないことではある。わかっているのは男性の力、脅威度合いが上がったこと、それだけだろう。




