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カシス・冥精プルート・妖精たち
「はあ……」
「どうしました?」
大きくため息をつくプルート。カシスが心配そうに様子を見ている。
「あれを見てればため息もつきたくなるわ」
「別に何も悪いことではないと思いますけど……?」
「悪いかどうかじゃないの! うざったくない!? 別に私が見なければいいだけだろうけど、こう近場でイチャイチャイチャイチャされると流石に腹も立ってくるわよ!?」
プルートがため息をついた理由は地下における人同士の事情である。レクスとミーシャ、公也がどこかから拾ってきたアンデッドとそのアンデッドの恋人である二人はアンデールの地下にて匿われている。当人たちは別に誰かを害するとかそういう気持ちは一切なく、二人で一緒にいられればそれでいい。そういうことで地下でお互い愛し合いながらのんびりと暮らしている。
ただ、それを目の前で見せられるプルートとしては少々怒りがある。いや、別に彼らがどうのとかそういうわけではないのだが……何と言うか目の前でイチャイチャラブラブな様子を見せられるのは精神的に不満を持つというか、うざったい鬱陶しい、目の前でやってんじゃねえどっか行け、みたいな感情になるだろう。特に相手もいない女性の立場としては。まあ別に自身が男性でも目の前でイチャイチャされていれば怒りたくもなるだろうが。ともかく自分の性別に関係なく独り身の前でイチャイチャされれば怒る、不満を持つ、文句を言いたくなるということだ。
「あまり気にしなければいいだけだと思いますけど」
「まあそうだけど」
「そもそもあなたは精霊ですよね? そういった感情を持ち得るものなのですか?」
「そうね。持たないわけではないけど……別にそういう相手がいなくてもいい、というか一般的な生物とはまた在り方が違うから心も違うわ。ま、私にそういう相手なんていないけどね」
プルートの恋愛観は一般的な人間と同一ではない。そもそも生物の恋愛観はそれぞれで違う……いや、精霊は若干生物とはまた少し違うかもしれないが。ともかく彼女の恋愛価値観は人とは違う。もっとも人と同じにもなり得る。妖精であるヴィローサが公也に愛を向けるように、魔物であるペティエットが公也に愛を向けるように、生物種の違いは些細なものである。人の形、人に近い精神性をしている物……いや、そもそも互いに意思疎通をできる相手であれば恋愛感情を抱く可能性はあるだろう。そういう点で言えばプルートも誰かと恋愛関係になる可能性はある。ただ、当人の好みとかそういう点で特に気になる相手がいないというだけだろう。
「そもそも私は死の精霊よ。あまり生者と関わるのはお互いに良くないわ」
「そうですか」
「……あなたも呪いでしょう? 本来ならあなたも人と関わるのは良くないはずだけど」
「私の場合は公也様ですので。呪い程度であればあの方ならなんとでもなるでしょう」
「そうね……あれ、死んでも平気だったものね……」
「私を救ってくださったのです…………とてもとても、返しきれぬ恩ですし、この身のすべてを、私の何かもを捧げて……」
「ああ、はいはい。あなたはそれでいいわよ……はあ、私はいつまでここにいればいいのかしらね」
プルートがアンデールの地下にいるのは単純に公也との関わりがきっかけである。最終的に死の精霊、誰でも殺し得るその力を危険視するという理由、もともと崇められ面倒なあれやこれやがあったこと、他のところに行ってその力を利用されると惨事になりかねないという事実、それらを踏まえ公也殺しという行為を行った報復、代償としても含めアンデールにとどまらされている。既に彼女はその任期を終えた、と言ってもいいが、かといって別にどこかに行くところもないし適度に付き合いができる、欲しい物があれば貰えるこの場所で過ごす方がいろいろ気楽なところはある。もっとも、レクスとミーシャの二人のイチャラブを目の前で見せられ不満があるが。
アンデールの地下は隠された墓もあったりするが、基本はアンデッドであるレクスやカシス、プルートのような外には出せない存在を隠す場所となっている。しかしそれは隠された地下の一方。もう一方は妖精たちの住処として成立している。
「たいくつー」
「たいくつー」
「たいくつー」
「退屈でもいいじゃんよー。ここ安全なんだから」
「わかってるけどねー」
妖精たちは基本的にあまり人には好かれない……と言うか妖精自身が人の世に出て悪戯したり迷惑かけたりで人の敵、厄介者として行動居ていることが多いためどうしてもあまり妖精は好かれない……色々と叩き落されたり始末されたりする。場合によっては捕まって好事家に売られたりとかもあり、そもそもこの地にいる妖精ももともとは妖精狩りをされかけていた状況にあった。
しかし今ではここアンデールに連れてこられ地下で過ごし、安全な生活を行っている。安全面では全く問題なく、地脈の巡りがいいとか自然的な環境的にも当初はともかく今は全く問題ない状況もあり、彼ら彼女らにとっては過ごしやすい場所となっている。ただ、妖精たちにとっては刺激もなく退屈だろう。外に出て迷惑をかけると保護されているとはいえ厄介なことになる可能性もある。ゆえにあまり活動できない。
「外に出たいのは分かるけど、あれがいるんだからやめてほしいんだけど」
「あー、あれ」
「あれってなんだっけ?」
「同じ妖精のあれよ」
「…………ひいいー!!」
思い出して逃げ出す妖精もいる。あれとは妖精の仲間、彼らとは別口の妖精……妖精の中でも特殊な特別変異と言える妖精、ヴィローサである。ヴィローサは妖精の中でも主として特殊、というか最上位に等しい存在ともいえ、それゆえに他の妖精にとっては恐れる存在、脅威となる存在となっている。これは彼女の能力関連もあるし、仲間である妖精にすら苛烈に敵対的な行動を取ることもある。まともに対抗できるのは妖精でも上位でもなければ厳しい……というか普通の妖精だとまず無理だろうという点で対抗できる妖精は実質いないだろう。そんなヴィローサが公也に迷惑をかける存在は許さないためあまり勝手ができない。特にヴィローサにあれこれされた一人の妖精はその恐れが強い。そうでなくともこの地で過ごす妖精たちはその脅威を浴びせられているため怖がっている。
「安泰でよろしいよろしい」
「……でも、やっぱり外に出れないのはさびしいよー」
「おもしろくなーい」
「ある程度は許可を取っている。ただ、行動はちゃんと考えてやらなければ……あの妖精にまたひどい目に合わせられるぞ?」
「ひいいー!」
「やだー!」
「嫌ならあまり迷惑をかけないようにな。儂らもお前たちをかばうのはちょっと難しい」
「はーい……」
「外かあ。人間のいるところはやっぱり危ないかなー?」
「わかんなーい」
「森いこー! 上にあるやつー!」
「あれ森じゃないよ? いくつか木々が生えているだけだよ?」
「本物の森ほどじゃないけどあれでもいいよー!」
「あそこ結構雰囲気いいもんねー」
「…………この地も自然豊かに、過ごしやすくなったものだ。当初も決して悪くはないが、今はより良くなっている」
妖精たちがいる場所は自然の要素が満ちる。妖精は自然の化身、その存在そのものが自然を育てる助けとなる。今やアンデールは妖精たちがたくさん住み、妖精境を作り、ずっと過ごしていいたこともあり良い自然が作られている。妖精たちにも過ごしやすく、過ごす人間たちにも過ごしやすく、それ以外の生物も過ごしやすい。彼らがいなくなる可能性は彼らが保護を受けているため恐らくほとんどなく、安定した環境がこれからも維持されることだろう。




