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公也たちが広い地下の入り口からあふれてくるモスマンと戦っているころ、ヴァンデールは爪の方に近づこうとしていた。本来ヴァンデールであれば近づくのにそんなに時間がかかるとは思えない。彼の移動速度、出すことのできる最大加速は結構なものでそれこそ公也に近づけずに近づけるほどの速度を出せる。それほどの速度を出せるのであれば爪に近づくことは幾ら離れていようと容易に、極めて短い時間で到達することができるだろう。
しかし彼はそれをしない。いや、正確に言えば彼でもそれができない状況にある、ということだ。理由は公也が近づけないことと同じ。そもそもあの爪に近づくことは本来物理的には不可能な空間的、世界法則的な呪いによる変質や影響が与えられている。ゆえに公也は近づけない。公也の場合は<暴食>を使えば対応はできるがそれを使うことによるデメリット、問題であったりと考えるとあまり使いづらいし、本来はヴァンデールが対応すべき問題で知的好奇心、未知への興味で公也が手を出すのも勝手すぎるというかあまりいいことでもないだろう。
さて、そのあたりの話はともかく、ヴァンデールだけが近づけるのはヴァンデールがモスマンたちに対してそういう因果、運命、天啓を持っているからと言える。ヴァンデールと言う存在、その種……まあ種と言ってもこれはヴァンデールだけしか存在しない種なのでなとも言えないが、ともかくヴァンデールは己の持つモスマンの敵対者、戦う存在としての役割、運命と言えるそれによって爪の方に近づくことができる。
だが爪の方も何らかの意思があるのか、それとも本能的、あるいは何か特殊な防衛機構的な作用があるのか、ヴァンデールが近づくのを防ごうと反応する。爪は呪いの力を秘める強大な代物、当然その呪いの力でヴァンデールの動きを阻害しようとする。その呪いが波動のように放たれる。なお、この呪いはあくまでヴァンデールを標的としたもので公也達の方でモスマンを復活させているそれとは別物である。
「ふむ。なにやら無意味な抵抗をしているようだな? ふうむ、ふうむ、ふうううむ。弱っちー」
もっともそんな爪の抵抗、呪いの力もヴァンデールには無意味。ヴァンデールの強さと言うか特殊性と言うか、よくわからないその力によって呪いの力があっさり弾かれている。つまらない抵抗だ、無意味で何もできていない雑魚、ヴァンデールからすればその程度の感想しか出てこない代物である。
「この程度ならば問題なかろう。モスマン共の発生原因の一つを破壊できるともなれば我輩としては嬉しい限りよ」
爪は破壊する。ヴァンデールからすればそれ以上の目的はない。
「む?」
ヴァンデールが呪いの力を無にしつつどんどん近づいて行くと爪に異変が起こる。ぐにゃり、と爪の一部が変形し、爪から零れ落ちる。
「ほう……モスマンか」
爪から現れたのはモスマン。爪の一部から零れ落ちたものとはいえ、もともとの爪があまりにも大きいため零れ落ちたそれが変形し現れたモスマンの数は十数体にも及ぶ。
「シィィァアア!!」
「シィィゥゥ」
わらわらとモスマンたちはヴァンデールが近づくのを止めようと、またそもそもヴァンデールを始末しようという動きでもあり、ともかく襲いかかってこようとするモスマンたち。
「失せろ」
腕を一閃。それだけで近づこうとしているモスマンたちがスパっと斬られる。どう考えても剣も何もないただの腕を振った動きだけでそれが起こるのはおかしな話だが、それができるのがヴァンデール、特殊で異常な存在である。
しかし、それでどうにかなったかというとどうにもなっていない。公也たちの方にいたモスマンたちが呪いの力で再生し動けるようになったように、このヴァンデールに斬られた存在に関してもまた同じように動くことができるようにすることもできて当然。呪いの力によってモスマンたちが再生する。公也のところにいるモスマンもヴァンデールのところにいるモスマンも、何度も呪いの力で再生する。ずっと戦い続けないといけないような状況だろう。
「ううむ、何度も向かってくるか。面倒な」
流石にヴァンデールも結構面倒な相手と認識する。
「ふっ! はあっ!」
斬って駄目なら粉砕する、思いっきり殴りつけてその肉を完全に粉砕、破壊するヴァンデ―ル。流石に粉々の肉片になってからの再生は簡単ではない。そもそも呪いの力で修復するにしてもかなり特殊な作用と言うか、そもそも呪いのそれ自体が特殊で難しい。粉々になったモスマンを修復するよりは自らの身、爪から呪いによって発生させた方がいい。もっとも爪自体の身を削るということになっているためあまりいいものでもない。
「ふむ……流石に数が多い。しかも復活してくるとなると厄介だ。特にこの場では大規模な破壊もできぬからな」
徐々に数は増える。復活に時間がかかろうとも身を削り数を生み出し、それを襲わせ近づくのを遅くしたうえで復活もさせ数を用意すれば流石にヴァンデールと言えども徐々に面倒くささが増える。
「シィィィィィ」
「シァァァァァァ」
「シィァア」
「数ばかり増える。直るし厄介な。仕方ない……破壊することに問題があるのであれば、吹き飛ばすのが一番だろう。ふんっ!!」
直る、襲い掛かってくる、数の利で向かってくるのが厄介なのであれば、その数を減らす、殺しても死なない、復活するのであれば復活しないように倒せばいい。極端な話だが、例えば槍などで刺して地面に撃ちつければいくら傷が回復しようとも動くことはできない。まあそういう場合無理やりにでも体を引きちぎりながら逃げれば脱することは出来そうだが、それができるかどうかはまた別の話だ。他にも例えば思いっきり投げ飛ばすことで近づかない、近づけない状況に追い込むこともできる。もちろん時間をかければ近づけるだろうが、それでもかなりの時間稼ぎはできるだろう。
「よし、数を減らした。さて、近づくか……走っても近づく速度が変わらんから悠々と歩くしかなくてなんともなあ」
呪いの影響で近づけない、と言う感じであるため走っても歩いても移動できる距離が変わらない。近づけるのはその宿命的な性質によるものであり、別に近づくことができるほどの速さで移動しているとか、何か排斥する、距離を遠ざけるような何かがあって移動できないとかそういうものではない。特殊な状況ゆえに、ゆっくりしか近づけない。それがヴァンデールにとっては色々面倒くさい状況である。もっとも、ちゃんと近づけている。確実に、爪にヴァンデールは近づいている。




